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夕暮れの記憶・川(10.3×19.8cm)水彩・2015年10月 早起き(17.7×9.3cm)水彩・2015年8月 田舎(10.6×19.3cm)水彩・2015年8月 小さな入り江としずかな夕日(12.5×8.4cm)水彩・2015年6月4日 チャロとシロ(12.9×11.9cm)水彩・2015年6月4日 チャロとシロ(21.2×13.1cm)水彩・2015年6月4日 晴れた日に(4.9×16.5cm)水彩・2014年 いま自由であることよりも シロ(18×14cm)水彩・2015年4月 川べりにて日暮れる(11.8×16.8cm)水彩・2015年4月 朝の道(21×14.7cm)水彩・2015年4月 シロ(19.3×11cm)水彩・2015年4月 湾の朝(11.5x8cm)鉛筆・2013年 海と日の出(8x11.5cm)鉛筆・2013年 海みえる松林につづく道(朝)(10x7cm)鉛筆・2013年 ジャロ(8x9.5cm)鉛筆・2013年 ジャロ(8.5x11.5cm)鉛筆・2013年 シロ(9.5x6.5cm)鉛筆・2013年 チロ(8x12.5cm)鉛筆・2013年 チャロ(7.5x10.5cm)鉛筆・2013年 2012年11月・作 2012年11月・作 2012年11月・作 (2012年11月) チャロ(2012年11月) チャロ(2012年10月) チャロ(2012年10月) 日暮れ前の水田(2012年10月) チャロ1 チャロ2 チャロの死後、つまりはチャロを安楽死(こうい チャロ3 2012年5月のチャロ1 2012年5月のチャロ2 2012年5月のチャロ3 2012年5月のチャロ4 2012年5月のチャロ5 腰を痛めたチャロに対してこちらはなにもすることが出来ず 末広大橋(2012年) 末広大橋(2012年) 新町川(2012年) 夕暮れ道 更新にまた月日をあけました。描いていないわけではなかったのですが
描き時(かきどき?)にムラがあり、展覧会の前後にはたくさんの作品が
できますがその後描けなくなります。展覧会前はもっとも気持ちが沈んで、
それは、満足のいく作品が出来ない云々の話ではなく、ちょうど解答用紙
に答えを書いた後、もう一度消すと言いましょうか、そのきっかけを見失い
気持ちが沈んでくるのです。ちなみにその答えは「答えのない答え」なので
あります。ですから逆に言えば答えは全て答えになります。その答えを
消す。要はラクに描くということです。ラクとラフは違います。
これ以上でもこれ以下でもないあたりまえの絵の位置です。ココロの位置です。
2012年グループ展の作品のひとつです。もっとラクに描きたいです。 朝の光 ほぼ毎日散歩に出掛ける大谷山の山頂からの夕暮れです。 夕暮れ 犬とよく行く場所です。奥は田園です。そのまた奥に山が見えます(見えますか?下手ですみ
ません)。少しの広場になっていますが、近くにはバイパスが走り、少し前と比べて
随分殺風景な感じになってしまいました。「時代の速度は速い、それを憂いながらも今を生きてゆくしか
ない」というのは現代に生きる人のある意味小さな覚悟ですが、覚悟はあってもやはりいつも
「速いなあ・・」と思ってしまいます。すぐそばに絵本の題材とした小山があったのですが、道路が通って
崩されてしまいました。この日は山茶花を描きました。 冬 ウチの庭に出てきょとんとしている犬です。僕のところには三匹の犬がいます。
この犬が一番頼りになります。僕が一番信頼を寄せている犬です。チャロと言います(茶色いので)。
自分のところの犬は大概写真は使わないのですがこの絵は使いました。写真を見て描くのも賛否両論
ですが、それで昔はよく悩んだりしましたが最近は悩みません。というのも写真を見ようが見まいが、
出来上がるものは世間一般にいう写実とは異なっているからです。ホンモノの写実があります。
ではホンモノの写実に近づけたかというと、とんでもないです。畏れ多いです。
ホンモノの写実について詳しく言う自信もありません。だが実在します。
で、その観点からすればやはり写真では駄目でしょう。だから僕が写真を見ようが見まいが・・・
と言ったのはやはり本来は間違いではあります。間違いであっても悩まない、そういうことです。
ややこしくて申し訳ないです。ただ、描いている本人として気持ちがいいのは実物と向かい合って
描くときです。それは、是か非かに答える自信のためではなく、そんなこととは関係なく、
なにか「向き合っている実感」みたいなのがあるんです。脳の別の部分が働いて
いるのだと思います。ただ、動物はやっぱり向き合っては描きにくいですね。結構気に入っている一枚です。
庭 これも犬をよく連れていく場所です。奥は川になっています。田園沿いの道です。
何となく物寂しい感じです。そういう感じは結構好きです。
日暮れの道 これもチャロです。この犬、マジでケンカ強いです。強いだけでなく優しくて従順です。
といってもどうも僕だけに対してのようです。昔は僕もよくチャロととっくみあいのケンカをしてました。
僕も大分噛まれました。でも今はそういうことはありません。他の絵もそうですが、僕は絵を描くときに
下描きはしません。この絵は犬がじっとしてる時間が比較的長かったのでバーントシェナを含む数色で
ラフに形を捉えて、そのあと部屋に持っていって仕上げました。「あれ?ちょっとちがうな」と思って
チャロの顔を見に行っては戻って描き、また分からなくなって見に行って・・・というのも何度かありました。
描くのが野良犬ならそういうわけにいきませんが。
月日 川沿いを車で走っていて夕暮れになりました。夕暮れというのは僕の好きな時間です。
日の出前も好きなのですがなかなか起きられません。朝と夕方と一日に2回ドラマティックな
時間が流れるのですから、その1回を逃しているのは勿体無いと思います。写真をとって、
その雰囲気、存在感を思い浮かべながら、目をつぶって描きました。というのはウソですが(笑)。
でも「描く」というのは本当は目をつぶって描くようなものだとも思います。 川沿い これはシロです。何か犬ばかり描いてます。寝ている時なので余裕で描けました。
ソファーで寝ています。といっても室内犬ではないです。充分もと野良犬です。ウチの
三匹の犬は全部もと野良犬です。でもかわいいですよ。 午睡 ジャロです。トップページにも居ます。事故のため前足が一本ありません。が、走るのは今では僕より速いです。顔は3匹中もっとも凛々しいのですが、おっさんのような風情もあり、またさらにタオルなどを頭に巻くと泥棒のような顔になります。性格的には過去に人に飼われていたのだと思いますが、人に対して警戒心はあまりないようです。が、ちょっと間抜けなところもあって、鳥を見つけると捕まえられるはずもないのにどこまでも追いかけていきます。他の2匹はそのあたりは学習しています。
見られている シロはよくこういうポーズをとります。ポーズをとるという言い方は変ですが。大概ぼんやりしています、こういう時は。2008年からてんかん発作が頻発するようになり、現在投薬中です。 シロの朝 チャロが寝ています。この犬は寝ている時舌がいつも口からはみ出ています。ちょっと普通より舌が長いようです。この犬は生い立ちの事情から、実は顔がちょっとゆがんでいます、でもこの絵では少し分かりにくいですね。窓から光が入ってきて、チャロに当たっています。 ひかり 津和野への旅の途中です。名もない道中の場所で朝日がのぼってきました。朝もやがかかっています。懐かしい頃の記憶です。 遠出 数年前に近所にいた野良犬です。いかにも野良犬といった顔ですが、こういう顔は僕は大好きですね。いつも自由気ままに往来をひょこひょこ歩いていました。僕の家の前を通り過ぎるとき、いつもこちらを向いて「にやっ」とします。本当ににやっと笑っている感じなのです。だから僕はこの犬を「ニコニコ」と呼んでいました。が、年に一度の地元の大きな祭りの前に、犬捕りにつかまったそうです。何週間か姿を見せなかったので変に思いましたが、でも気まぐれな犬でもあったのでまたひょっこり現れるだろうと思っていたら、そういうことになっていたと、近所の子供に聞かされました。野良犬にしては最後の直前まで自由を謳歌していたように思います。野良犬らしい野良犬でした。ただ、やはり最後がそういう運命というのは可哀そうに思います。 のら 車で少し行くとある場所です。よく通ります。通るたびに思うことがあります。特に何があるというのではないのですが、ここから見える道(橋がちょっと見えています)の伸び具合というか、それが好きです。そんなに長い地平の果てまで続くというのでは全然ないのですが、道は雲のある空の下で、しゅっと音をたてるように向こうに続いています。絵ではうまく表現しきれてませんが。 道の向こうと空 チャロの横顔です。なかなかワイルドな顔のように見えることもあるのです。 横顔 柿です。他の絵については、ウェブ上より実際の作品のほうがいい、と多少の自信はあるのですが、この柿の絵はウェブ上のほうが相対的に見栄えがあるように思います。悲しいことであります(苦笑)。随分と前の作品ですが、UPしてみました。
柿 夕暮れです。空き箱の裏にスケッチしてその後自宅で描き直しています。
夕暮れ これも夕暮れ時の絵です。近所にて。もう少し行くとトンネルがあります。
夕暮れ 近所の橋の上にて。およそ橋の上には見えないところが難であります。
橋のうえの真昼 犬とよく散歩に行く場所の近くです。普段はあまり行動範囲が広くないです。昔ならいざ知らず。
雨上がり 雲と塔は結構トモダチみたいな関係なのです。すれ違いざまに挨拶を交わすような仲ですが、ゆったりと挨拶を交わすので何かとても天体的なことを会話しているようにも思えます。
雲と塔 かなしみと怒りとよろこびと 居て居ないもの・居なくて居るもの 夕暮れ小径 赤い空 心ノ中ノ日本 海行き トップページへ
いつも自由でいられるだろうという
キモチにまさる自由は無い。(2015年3月12日シロ逝く。15歳)
う呼び方に賛否もあるが)させてから犬の絵が描けな
くなりました。その後気持ちの緩やかな変化が起こり、
数か月後に上の3枚の絵(チャロ1〜3)を描きました。
今は居ないチャロの絵であります。どのような変化で
あったかは、ここでは述べません。分かりやすい変化
ではありませんでした。ここに綴ることでもないで
しょう。そしてこの変化も不可逆的なものではないで
しょう。色々揺れ動いていく。僕とチャロは特別な状
況で出会い、その出会いゆえに何としても避けたかっ
た別れ方を、自分は選択してしまいました。チャロと
過ごせて僕はシアワセでした。チャロもシアワセだった
と思います。(2012年9月13日0時13分記ス)
出来るのはただ、チャロを描いてあげることでした。上の5枚は
その時に描いたものです。しかし時折苦しそうに息づかいを荒く
するチャロを見ているとやはり描けたものではありませんでした。
5枚描きましたがそれ以上はやめてしまいました。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
うちの犬らは死んだジャロも含めみんなこの夕日を知っています。
ジャロの死後、チロというこれまた野良犬で、犬捕りにやられた
けれども引き取りに行って今は我がフレンドとなった犬がいます。
チロにとってもこれから一番多く見る夕日になるのでしょう。
色んな場所で見せてやれないのが残念ですが・・。
久し振りの更新(2011.7)となりました。更新一発目から画像ピン
ボケしてます(><)。
.... ジャロが永眠しました ....
トップページ及びギャラリーのなかにもいるジャロが
今日2009年7月9日午前10時15分に永眠しました。
享年約8歳、うちへ来て約6年間いっしょに暮らしました。
昨日(7/8)、4匹目の犬チロと遊んでいる時に胸を強打し
その後不整脈が起こったままおさまらず、約14時間後に
心臓のほうが尽きました。
いまだに信じられず、実感もわかず、
死を受け入れる精神を追い求めてきたはずの自分が
ここにきて乱れてしまいました。
ジャロは顔つきも性格もかっこいい犬でした。
温厚で、おとなしく、声と体は大きいけど、
人懐っこい犬でありました。
ちょっと間抜けなところもいれてそのすべてが
大好きでした。
ジャロは竹林に埋めました。そこで「じゃあな、ジャロ」と
最後の別れをしたとき、
風がびゅうっと吹いて頭上の竹の葉をいっせいに揺らしました。
あまり感傷的になるのは嫌いですが、
常日頃から、何かが死んだとき、「次(に生まれくるとき)は、雲に、風に」
と祈っていたので、それがなんだか本当にそうなったような気もしました。
最後に短時間ですが
ジャロの実物映像(http://www.youtube.com/watch?v=_STJbMAAcpg&feature=plcp)を以下(↓)に貼っておきます。
映像が見れない場合はこちらのリンク先まで→ジャロの実物映像