私の庭のばら物語 「バラの原点 」                                                                                       Nonohana-garden

**--** 庭に咲くバラの名前を調べていると、疑問に思うことが次々と出てきます。ここでは、今までに分ったことを紹介しています。**--**

第1話 「バラの原点」

ノイバラ 野薔薇
Rosa multiflora Thunberbarg
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吉野川の川原のノイバラ

Rosa multiflora Thunb.
1775年に来日したツュンベリーによって、ロサ・ムルチフローラの学名を与えられた。
muliti- 多くの、flora-花 たくさんの花がつくの意

英名 Multiflora Japonica

和名 シロイバラ、サカヤニンドウ、コモチイバラ、シロイゲ、サクライバラ、
グイ、マガリグイ、ユキサホバナ、アシマトイなど、全国にいろいろな呼び名
を持つ。

〈営実〉ノイバラの実
果実の乾燥させたものを漢方では〈えいじつ〉と呼び、日本でも、便秘、浮腫の
治療に用いる

バラはトゲ

私の田舎では、(バラ)という言葉は、棘のことでした。
「バラに気ぃつけよ」と、大人は子供たちに、声をかけます。自然と向き合った暮らしの中では、トゲのある植物は、怪我をしないためにも、注意が必要なものでした。

そして、〈バラに気をつける〉というのはこの場合、ノイバラのことではなく、サルトリイバラなどの、刺のことです。
サルトリイバラは、この葉で包んだ(かしわもち)を作るために、やわらかい春の新葉を採ったものでした。

イバラの語源

バラの語源についてよく引用されるのは、『万葉集』(770年代成立)の、うばら、うまらですね。

また、最初の文献は『常陸(ひたちの)国風土記』の、うばら、うばらきとされていて、それが、イバラ→バラと変わったとされています。他にも語源に関しては古代日本語、アイヌ語、梵語説などいろいろあるそうです。
(びやら)(ばいら)古代日本語
(ばらき)古いアイヌ語
(マラ)サンスクリット語(梵語)
とげのある植物を指していると考えられる

その万葉集に出てくるという歌は、このようなものです。
巻第16に

  枳棘原苅除曽気 倉将立 
   屎遠麻礼 櫛造刀自
   
からたちのうばらかりそけくらたてむ
       くそとおくまれ くしつくるとじ

これは頭音や、末音を揃えて物の
名を選ぶという趣向の歌です。

カラ、ウバラ、クラの末音
クラ、クソ、クシの頭音を揃え
ています。

これは、「カラタチの針のある木を、刈り退けて倉を建てようと思うので、用足しはどこか遠くでしてください」と詠まれている歌です。おおらかですね。

このカラタチには、サルトリイバラの説もあって、とにかく、棘のある植物の意味で使われていることは間違いありませんが、ノイバラのことではありませんね。

続いて、巻20に出てくるものが、バラの語源としてよく引用される歌です。宇万良がノイバラとされています。

 美知乃倍乃 宇万良能宇礼尓 波保麻米乃
  可良麻流伎美乎 波加礼加由加牟

  
みちのへの うまらのうれに はほまめの
    からまるきみを はかれかゆかむ

意味は「道ばたのイバラの先にはいまつわる豆のように まつわりつくあなたに別れていくことか」と、別れを詠んでいるのですが、
はかれかゆかむで、引き剥がされるように、という表現は、面白いですね。

「はほまめ」は、つる豆のことと言われています。
今でも川原などて、ノイバラの茎にからみつく様子が見られますが、覆いつくほどに茂ります。
奈良時代にも今と同じように、ノイバラに絡み付いて茂っていたのかと、親しみを感じます。

この歌のように、枝先まで伸びてからみついているとしたら、その季節は秋でしょうか。
もしかして、実が鈴なりになっている枝を見たのでしょうか。
いろいろ想像は広がりますが、いずれにしても花を詠んだものではないようです。

この歌の後注には、「右の一首は天羽の郡の上丁丈部鳥」と、作者の説明があります。
天羽郡
(あまはのこほり)とは、現在の千葉県君津郡、の南部一帯を指す古称だそうです。
現在でもノイバラが多く野生しているのでしょうか。
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つるまめの花 2004/09/11

宇万良は東国のノイバラ

万葉集に詠まれた宇万良が、東国のノイバラだったということは、私には興味ぶかいことでした。
千葉県のあたりは、昔はイバラの茂る広々とした荒野が広がっていたのでしょうね。

ノイバラの分布は、ほぼ日本全国で、川原から高い山まで、どこにでも普通に見られる、と本に出ています。
そして、その野バラの中にも、東国にはアズマイバラ、日本海側にはミヤコイバラ、太平洋側にはヤブイバラ、少し高い場所にはモリイバラ、富士山麓にはフジイバラなどと、場所を選んで住み分けるバラが、ノイバラに混じると言います。

でも、私の子供の頃を思い出してみると、ノイバラの茂る道は、たった一箇所でした。
そこは、国立療養所のある造成された土地で、周りの田畑には見当たりませんでした。

今でこそ休耕田や道路際、川原などに見かけるようになりましたが、ノイバラの茂る場所というのは、人の手の届かない、荒れた土地です。
一昔前は、かなり手入れが行き届いていたので、触ると痛い、茂みになって邪魔な植物は、さっさと処分していたのかなと、考えたりします。

ムバラの実 営実

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ノイバラの実〈営実〉

そんな棘だらけで迷惑な植物が、重宝されることはあるのでしょうか。

中国では、ノイバラは「多花薔薇(たかしょうび)」と呼ばれ、花も実も、葉も根も利用すると聞きます。

日本でも、新芽を山菜として食用にする地方があるようですね。
ふっくらとした新芽は、タラの芽のようでもあり、おいしそうに見えます。一度試してみたいものです。

また、江戸時代の本草書には(営実)ノイバラの実がたびたび登場します。
これは、中国の本草書を和訳して、日本のノイバラの実(ムバラノミ)に当てたもので、実際薬用に利用され、その効果が確かめられていたようです。

イバラの城

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ノイバラの刺と新芽

さて次は、イバラで作った城の話です。

茨城県の、県の花はバラですが、名前の由来には本当にバラが関係しているようです。

『常陸(ひたちの)国風土記』という、当時の地誌、物産などを集めた記録に、イバラのことが出てきます。
それが、文献上最初にバラに関する言葉が見られるもの、とされています。

それには、その昔、国巣(くず)という種族の中に、山の佐伯、野の佐伯という人々がいて、
他の種族となじまず横行し、人殺しなどもするので、黒坂の命が策略を講じて、この賊を平らげる話がでています。

その手段として〈茨刺(うばら)・茨城(うばらき)が登場します。
その方法とは、黒坂命(くろさかのみこと)は、この賊が住みかの洞窟から出て、遊びに出かけた隙に、
「茨刺(うばら)を穴(あな)の内(うち)に施(い)れ」ておき、佐伯等を追い込みます。
逃げ込んだ賊は、「衝(つ)き害(そこ)疾(な)はれて死(し)に散(あら)けき」と、
ノイバラの刺でやっつけられたと書かれています。

また、
「茨をもちて城を造りき この故以
(ゆえに)に、地(くに)の名を便ち(すなわち)茨城(うばらき)と謂う 」とも、紹介されています。

しかし、ノイバラの刺を武器にするとは、なんとものどかな時代だったようですね。

*風土記は713年に元明天皇の詔で、
各地の地誌、物産の記録として編纂

『常陸国風土記』は養老年間
(717-724)に成立

野バラ姫

「イバラの城」と聞いて、連想するのは、グリム童話の「野バラ姫」です。
野バラに囲まれた城の中で、眠り続ける有名なお話ですね。

「ねむっている美しい野バラ姫の伝説が、お国じゅうにひろがり」聞き伝えた王子たちが、力ずくでお城に入ろうとするのですが、
「野バラは、まるで手がありでもするように、しっかり抱き合ってしまうので」、
その中に引っかかった若者は、体を抜くことができず「むごい死に方をするのでした」

つまり、イバラの城に入った人は、身動きができなくなって出られなくり、傷だらけになってそのまま死んでしまうという話です。

これは、日本の茨城県の昔話の(茨)で城を築いたこと、よく似た発想かもしれません。
洋の東西で、バラの刺のタイプは違っても、棘に対するイメージは、同じのようです

※「完訳グリム童話」岩波書店

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西洋の野バラ〈ロサ・エグランテリア〉の棘

野バラ姫のお城を囲んでいたばらの棘は、
こんな感じだったのでしょうか。

漢字の薔(しょう)

ここに、とても気になる記述があります。
『日本庭園の植栽史』の、平安初期の庭に、野バラが植えられていた、という記述です。

花を観賞したのかどうかは不明ですが、『文華秀麗集』の淳和天皇の詩に、
「竹、薔(しょう)(のいばら)・松、梧〈あおぎり〉」が読まれているとあります。

薔(しょう)という文字は、漢和辞典には、
「ばら、観賞用の植物、水辺に生える植物」などと出ています。

うばら、うまらではなく、漢字を当てているところに中国文化の影響が見られ、日本のノイバラとは考えにくいのですが、もし、ノイバラを庭に植えていたのだとしたら、とても楽しくなります。

当時は、遣唐使などによったもたらされた文化が、非常にハイカラだった時代です。
この〈薔〉が、中国から伝来の野生のバラか、もしかして園芸種のものであったか、
日本の野バラを植えて、薔の字を用いたのか、たいへん気になるところです。
「日本庭園の植栽史」飛田範夫著

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2006/02/27 「野の花ガーデン」のんのん