熱、38.5度。


風邪を引いてしまった。


年末から少し嫌な咳が出るな・・と思っていたら、
初詣から帰るとそのまま倒れこんで、もう3日にもなるのにひどい高熱が続いている。
正月ということもあり医者はどこも休みで
しかたなく市販の風邪薬を飲み、おとなしく家で寝ているしかなかった。

「・・・・アキラ、何か少し食べる?」

氷枕を用意しながら、ケイスケが声を掛ける。

「・・・いや、いい。」

身体がだるく、何も食べる気がしなかった。
無理やり食べても気分が悪くなるばかりで
せっかく奮発したお正月料理もほとんど口にしていない。
俺に悪いと思うのか、ケイスケもその料理には少しも手をつけていなかった。


「・・・ケイスケ」

何か声を出すと、そのまま咳き込んでしまうそうなのを我慢して話しかける。
ケイスケに聴こえるように、少し身体を起こした。


「アキラ、まだ起きたら駄目だ!」

ケイスケが氷枕を持って飛ぶように走ってくる。


「・・・お・・れに、気にせず、お前は料理食べろよ。楽しみに、してたんだろ?」

少し微笑んだ。
普段余り高いものを買えないから、せめてお正月だけはと
二人で食べたいものを考えて買った料理だった。
もともと食べることに余り興味は無かったが、
それでも初めて食べるような料理は楽しみで。


けれど・・・こんな具合では、少しも食べたいとは思えない。
ただケイスケには、俺のせいで気を使って欲しくなかった。
俺よりケイスケのほうが、正月に遊びに行く予定や、
正月に一緒に食べようと用意していた料理を子供みたいに楽しみにしていたのだから。


「・・・ブラスターも見に行きたかったんだろ?
俺に気にせず行ってこいよ。今年、また復活したんだろ。」

もう全く参加するつもりはなかったが、それでも新しくなってまたブラスターが行われるというのを
少し見たかったし、年末からケイスケが楽しみにしていたのを知っていた。

「・・・俺は行けないけど、お前の話を聞くから。だから、行ってこいよ。工場のやつらも、見たいと言ってただろ?
あいつらと・・・一緒・・・にっ。」

そこまで言うと、急に咳が込み上げてきて、
げほげほ咳き込んだ。
慌ててとめようとする。
ケイスケには俺に気を使って、行かないとか食べないとか
我慢して欲しくなかった。


すぐしゃがみこんでケイスケが俺の背中をさすろうとする。
俺はそれを振り払うように押した。


「行けよ。いいから、俺に気を使うな。俺ももう熱は下がってきているし、心配ない。
安静にしていれば、すぐ治るから。」


ケイスケがただ黙って困ったように見つめている。

「・・・いいから。俺はお前が俺がこんなだから行かないというほうが、嫌だから。」

そして精一杯笑顔を作った。
ケイスケが笑って見に行けるように。


「ほら、そんな顔をするな。せっかくの休みだしはやく用意・・・っ・・・?!」


悲しいような、照れたような
もじもじした顔をしたケイスケが



しばらく俺を黙って見つめていた後・・・・・・






突然俺に抱きついてきた。


「え?・・・・・お・・・おいっ・・・離せ・・よっ。風邪が、うつるぞ!」


突然のケイスケの行為に思考がついていけなくて混乱する。


「ほら、早く・・・。」

そういってケイスケの胸を押した手を、ぎゅうと強く握り締められた。




「へへ・・・・。」
照れたように笑って、ケイスケがそのまま布団の横に滑り込む。
そのまま俺はケイスケの胸に強く抱きとめられ、
布団の中で抱きしめあう形になった。


「おいっ・・・・っつ!ケイスケ!」
思わず怒りが込み上げる。
こんなときに。
何を考えているんだ?!



「・・・・アキラ・・・俺。」


俺を胸にきつく抱きしめて、ケイスケが呟く。
その顔の表情は見えないけれど。





「・・・・・・・・生まれてきて、良かったなって思うんだ。」





「?・・・・何だよ、それ。」



「うまく言えないけど・・・・・・俺、今、本当に、そう思うんだ。アキラが俺のこと想ってくれてるってだけで。」


・・・・なんだ?


なんだよ。


うろたえる。



なぜなら、ケイスケの声が






・・・・・・・・・涙声だったから・・・・・・。





「ば・・・かだな。
それより、離せよ。俺の話、聞いてたのか?」


ケイスケの腕の中でもがくが、ケイスケは少しも離そうとする気配は無い。
この3日でかなり体力が落ちた俺の力で押し出せるわけも無く
ただ抱きとめられたケイスケの胸に、顔をうずめているしかなかった。


「・・・アキラ」

真剣な声に思わずドキリと心臓が鳴るのが解る。
そしてそのまま、ケイスケは顔を包むように、俺の両頬に手を持ってくると
自分の顔を摺り寄せてきた。


「ばか・・・・やろ、風邪が、うつるって・・・っげほ」
むせて、咳が出る。
押し出そうとしても、力が入らない。


ケイスケは優しく俺の背中を撫でると
何を思ったかそのまま唇を重ねてきた。


「?!?・・・お・・・い!?ケイス・・・っ」


湿ったケイスケの唇に、思わず咳が止まる。
しばらく・・・・・我を忘れて、お互いの唇を求め合った。



はっとする。
慌てて唇を離すと、ケイスケの身体を精一杯押す。
何故だか名残惜しい気がした。



「・・・・頼むから・・・風邪が・・・っ、ケイスケっ・・・・!」



うつって欲しくない。
ひどい風邪だと知っているから余計に。


少しも動じないとでも言うように、涙で真っ赤になった目をしたケイスケがにこっと笑った。
本当に幸せそうな顔をして。


「・・・・・ありがとう、アキラ。」


ただそれだけのセリフが、ひどく俺を動揺させた。鼓動が高鳴り・・・・顔が赤面する。

そして俺の咳をまるで吸い込みたい、俺の苦しみを少しでも知りたいとでも言うように
また唇を寄せてきた。




「・・・ケイスケ・・・頼む。」
身体をよじる。
ふと・・・・・・
顔に落ちてきた・・・あたたかいものに、痺れるような感じがして、顔を上げた。




「・・・・・ありがとう・・・・アキラ。俺が・・・生まれてきて良かったってっ、・・・思わせてっ・・・くれて・・・。」




ケイスケが、俺の頭をかき抱くようにして、泣いた。
身体を震わせて。
ケイスケの涙が後から後から・・・・・・
俺の頬に落ちる。




何度も
きっとそう何度も
トシマを出てから
自問していたのかもしれない。
辛い葛藤を
続けていたのかもしれない。
幸せな笑顔の奥深くで・・・・・・・・。







震えるケイスケを
抱きしめて
俺はもう
何も言えなくなっていた。




俺の胸ももういっぱいになっていたから。
ケイスケの体温を
ずっと感じていたかったから。





そうして・・・・・・・
そのまま二人ともどこにも行くことはなく正月休みも終わる頃
咳が止まらないケイスケの体温計は
38.5度をさしていた。








2008.1.2 UP
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