「ケイスケっ!」



「・・・・・アキ・・・・・・ラ・・・・・・・?」


アキラの顔がすぐ前にあった。

「ケイスケ?ケイスケ・・・・・大丈夫か?」
びっしょりと汗をかいていた体を、ゆっくりと起こす。
一瞬安堵した表情を見せたアキラの顔が、次の瞬間強張った。
緊張した面持ちで、俺を凝視しているのが分かる。
目が覚めたのは・・・・どちらなのだと。

生きて・・・いる。
涙が、止まらない。
目が覚めたのに、心が死んでしまったように、苦しい。
アキラ・・・・アキラ、アキラ。
「アキラ・・・・・・。」
涙で、アキラが見えなくなった。
「ごめん・・・・・・俺・・・・・アキラ・・・・ごめん・・・・。」
どうしたらいいか解らなくて。
ただ・・・・自分が情けなくて。
自分は・・・生きていたのだ。
けれど、心の痛みは少しも消えない。
むしろその恐ろしい痛みが、生きていたことでさらに増しているように思えた。
気がおかしくなってしまいそうな、悲しみが、痛みと共に怒涛のように溢れた。
嗚咽が漏れる・・・。つっぷして、泣いた。
少しして・・・・・・・
ふわりと抱きしめられる。
「ばか・・・やろう、ケイスケ。お前はいつもいつも・・・。」
ほっとしたようにアキラが囁く。
「ごめん、ごめんよアキラ、ゴメン・・・・。」
悲しくて・・・アキラを直視できない・・・・・。

「ケイスケ・・・・。」


さらに強く抱きしめられる。
「お前の顔がどんどん青ざめて・・・・・。」

「・・・・・・。」


「何度呼びかけても返事が無くて・・・・・・。」
アキラの声が・・少し擦れている。
「・・・傍によると・・・・息をしていなくて・・・・・。触れると・・・冷たくて。」

そこにある体温を確かめるように・・・胸に額を押しつけて。
「・・・・・・お前が・・・・そのまま・・・・死んでしまうかと・・・・・思った・・・・・・。」
ぽとりと、抱きしめられたアキラの手からナイフが床に滑り落ちた。
驚いて、アキラを見つめる。
苦しそうに眉根を寄せ、目を閉じて俺の胸に顔をうずめる、アキラ。


「・・・・・・アキラ・・・・・。」
こんな表情のアキラを、始めてみる。
ずっと長い間、アキラだけ見続けてきて
始めてみる、アキラの・・・・・。




「ごめん・・・・・・泣かないで、アキラ・・・・。」



涙が溢れる。


アキラからは



・・・あの甘い・・・・優しい雨の匂いがした。










神様・・・・・
目を閉じて、祈る。
生まれて初めて、何か俺たちを生み出したものに。


これから・・・・・・
俺が、この人のために
ただこの人のためだけに
・・・・・・生きることを、赦してください。

俺が笑うのは
この人が喜ぶから。
ただこの人の喜びの為に
俺が笑うことを、赦してください。


そうしてもし・・俺のこの命が
全てこの人の幸せの為に尽くすことができたなら
俺は死んだ後
どんな辛い罰も受け続けます。

だから・・・・・・・
だから、今は
この人の為に俺が生きつづけることを
どうかどうか赦してください・・・・・・・。

この愛しい人が
俺が生きていくことを望んでくれる間は・・・。



「アキラ・・・・。」
「・・・何だよ。」
アキラが少し照れたように見つめる。
「俺・・・・あの力・・・無くなってしまったみたいだ。」
しばらく黙って見つめていた後、アキラが言った。
「・・・力なんて無くたっていい。お前はお前でいればいい。」
アキラの体温を感じるように、ぎゅっと抱きしめる。
触れたアキラのやわらかい髪からも、あの優しい匂いがした。
頬を伝う涙を拭い・・・・・大きく息を吸い込む。


「俺・・・またアキラの弁当が食べたいな。」
「・・?」
アキラが体を起こし、少しあきれた顔で見つめた。
「弁当なんて・・・・・いつでも作ってやるよ。」
じっと見つめると、恥ずかしくなったのか目を逸らす。
少し赤い・・・・・アキラの眼。
もう・・・・・泣かせたりは、しない。
絶対に・・・・。



どんなことがあっても、俺は・・・・生きよう。
ただこの腕の中の、ぬくもりのためだけに。
ただそれだけの為に、俺は生きると決めたのだから。


この手が血で汚れていることを
この胸の痛みとともに
一生忘れないで。


俺は・・・生きていく。
・・・もう決して、逃げない。



力はもう・・・いらない。
俺は俺のまま、生きていくと決めたのだから。






そうして俺はきっと
世界で一番幸せな顔をして、笑った。







「・・・・・・・ただいま、アキラ。」













many thanks 2007.10 UP
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