「・・・アキラ・・・俺・・・アキラに会えてすごく幸せだった。」
恥ずかしそうに・・・・
照れながら・・・・微笑んで
ケイスケが俺に告げる。
「・・・ケイスケ?・・・何最後みたいなこと言ってるんだ。まだ始まったばかりだろ?
俺も・・・お前も。」
少し困ったように、俺も笑う。
こういうとき、どういう表情をすればいいのか判らない・・・・・。
ケイスケが・・・・
ただ黙って・・・・それからまた寂しそうに微笑んで
静かに首を振った。
「ごめんよ・・・・アキラ。俺・・・・もういかなきゃ。
だって・・・・俺・・・これから本当に・・・罪の償いをしなくちゃならないんだ。
・・・・行かなくちゃ・・・・・俺が・・・・・殺してしまった人のところへ。
・・・・・アキラ・・・・・ありがとう。俺・・・・・・アキラに会えて本当に・・・・。」
「ちょっと待てよ、ケイスケ・・・!」
ケイスケの腕を掴む。
「馬鹿なこと言うな・・・お前は・・・生きるって・・・俺に約束したじゃないか。
俺の為に生きると・・・・言ったんじゃなかったのかよ。」
心臓が・・・・激しく高鳴る。
ケイスケが・・・行こうとしている。
俺を・・・置いて?
あのときの・・・ように。
いや・・・今度は本当に・・・・?
本当に・・・・行ってしまうつもりなのか・・・・
そんな寂しい・・・泣きそうな笑顔を残して・・・・・・・。
「行くなよ、行くなっ、ケイスケッ・・・!!!」
俺の言葉に
困ったように・・・優しく笑んだ。
まるで小さな子供をあやす様に・・・・。
気がつくとケイスケを掴んだはずのその手は・・・・
何も無い空を掴んでいた。
「アキラ・・・・アキラっ・・・・!!!」
ケイスケの声に飛び起きる。
「・・・・・・ケイスケ・・・・・?」
動悸が治まらない。
目の前の心配そうな顔をしたケイスケをじっと見つめた。
「ごめん・・・起こして。でも・・・すごくうなされてたから・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
夢・・・・だったのか。
それにしても・・・・・・・
目の前のケイスケの手を思わず掴んだ。
肌の温かさが、手に伝わって・・・思わずほっとする。
「・・・・ケイスケ・・・お前・・・・。」
「なに?・・・変なアキラだな。」
手を離そうとしない俺に、いつもの笑顔で笑った。
「・・・・・・・。」
そのまま・・・・抱きしめようとして・・・・
恥ずかしくなって、手を離した。
「・・・でもどちらにしても、そろそろ起こそうと思ってたところなんだ。
朝から雨が降って・・・・工場まで行くのにいつもより少し時間が掛かりそうだから・・・。」
外を見ると、冷たい雨が斜めに窓をぬらしていた。
雨。
午前8:00
工場へ行く。
いつものように工場は稼動していて
俺たちは与えられた仕事をそれぞれの分担でこなして行く。
変わらない日課。
流れていく・・・・昨日と同じ平穏な時間。
今朝見た夢のことなど
すっかり忘れてしまって。
工場長にあれこれと指示を受けながら
仕事を覚え、責任も増えて。
そうやって日々過ぎていく。
今日という日もまた。
「・・・・おい!ケイスケ!」
一日の作業を終え、帰ろうとした俺たちの背後から工場長の声が掛かった。
「すまんが・・・この品物だけ、もう一度作業場で調べ直すのを手伝ってくれ。
どうもうまく動作していないようなんでな・・・・。
これでは、明日の出荷に間に合わん。
お前なら以前俺が教えたから・・やり方は知っているだろう?」
「わかりました!・・・じゃぁ、アキラ、先に帰ってて。」
ケイスケがこちらを向いて優しく笑った。
なぜだか・・・動悸がする。
重いものが胸に落ちた気がした。
「・・・俺も手伝う。」
「大丈夫だよ。・・・これ何人もいる作業じゃないから。」
「いや・・・・じゃあそこで待ってるから。」
「・・・・?でも・・・・。」
いつもなら「そうか」、と言って帰りそうな俺の言葉に
困ったようにケイスケが笑う。
やり取りを見ていた工場長が、笑って言った。
「アキラ、悪いが、ケイスケ一人で充分だ。お前のケイスケを借りて悪いが。」
「っ・・・。」
工場長の言葉に少し頬が赤くなるのが解る。
「じゃ・・・俺、先に帰るから。」
「うん。じゃ、アキラ・・・また後で!」
ケイスケが笑って・・・・・
工場長の後をついていった。
こちらを振り帰らずに・・・
歩いて行くケイスケをしばらく見つめる。
やがて胸に落ちた重いものを振り払うように
早足に・・・自転車置き場へ向かった。
午後5:45
一人帰宅する。
日常。
風呂に湯を入れる。
きっとケイスケは油で汚れて帰ってくるだろうから。
冷蔵庫には、昨日買った卵が二つ。
チーズと
少しの野菜。
飲みかけの牛乳。
何か買ってくるか・・・・。
めんどうだな・・・。
胸の内で呟く。
相変わらず食事を作るということにどうも違和感があって。
うまいとかまずいとか、
思う以前にただ義務的に食べる癖が抜けなくて。
要するに空腹感が満たされればそれでいいと思う気持ちがどこかにあって。
けれど・・・・
ケイスケはそうではないのだろう。
俺が作るものをにこにこと笑って食べてはいるものの
口に含んだきり笑顔が少し困った顔になって、・・・やがて一気にかきこんで食べることが多い。
ソリドだけでいいと思う俺とは違い、
料理を作ったり、食べることがとても好だと言っていた。
時折・・・・
何故一緒にいるのだろうかと思う。
馴れ合いで?
仲間が欲しい?
そうでは無い・・・・
きっと
そうでは無くて・・・・。
感情がうまく言葉にならなくて・・・もどかしい。
傍にいたんだ、とケイスケは言う。いつも・・・・。
ただ俺のそばにいたいから、と。
では、俺は?
俺は・・・ケイスケと一緒にいるのは嫌じゃない。
傍にいなければ寂しいと思う。
これからも一緒に生きていければいいとも。
けれど俺は
ケイスケの傍に居たいとか・・・、傍に居て欲しいと
・・・・・そう望んでいるのだろうか。
強く・・・欲しているのだろうか・・・?
ケイスケの隣で誰がいたとしても
それが俺で無かったとしても
俺はもしかすると、
何も思わないかもしれない。
俺は・・・・
俺の気持ちは・・・・?
はっと気がつく。
風呂の湯が・・・・
溢れて外に流れ出していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
午後7:00
時計の音だけが聞こえている。
とりあえず買い物をして
色々試行錯誤して料理を作って待っているのにケイスケはまだ帰ってこない。
以前にもこういうことがあって・・・
不安な気持ちが蘇り
どきりと心臓が鳴る。
やはり、俺も残るべきだった・・・。
冷めていく食事を見つめながら思う。
迎えにいくか・・・・。
立ち上がりかけたそのとき、
ドアを激しくノックする音。
?
「アキラ!!!」
声は工場長だった。
すぐにドアを開ける。
「大変だ、ケイスケが・・・・・・・工場の作業場から落ちて・・・・。」
頭が・・・・真っ白になった。
「ケイスケは・・・・?!」
「今・・・・工場のすぐ隣の病院に運ばれた。え・・・おいっ・・・アキラ!!!」
そこまで聞くとドアも閉めず
工場長を残したまま、雨の夜道に飛び出していた。
・・・・・・・・・・・・
「・・・アキラ・・・俺・・・アキラに会えてすごく幸せだった。」
雨に濡れながら・・・・
今朝見た夢が・・・・
脳裏に蘇る。
寂しそうに笑うケイスケが・・・・。
「・・・・行かなくちゃ・・・・・俺が・・・・・殺してしまった人のところへ。」
駄目だ。
行っては駄目だ。
こんな風に
日常が終わるはずない・・・。
こんな突然に・・・・。
「すみません、今・・・ケイスケという人が運ばれたと思うんですが、どこに?」
髪から落ちた雨の雫もそのままに、
病院に入ってすぐ見かけた関係者らしい人に尋ねた。
「あぁ・・・大怪我で運ばれた・・・。あのかたなら、今大変な状態で集中治療室に・・・・。」
「どこですか!?」
「三階の・・・・あ、あなた、今絶対安静で立ち入り禁止ですよ!それにそんな姿で・・・!」
濡れて雫の滴る服のまま
三階へと走る。
(ケイスケ・・・・)
『じゃ、アキラ・・・また後で!』
帰るときのケイスケの笑顔が・・・浮かんでくる。
あれが最後なんて嫌だ。
あの笑顔が最後なんて絶対に嫌だ。
今朝見た夢の・・・
寂しい笑顔が・・・・胸に突き刺さるようで。
・・・・手を離さなければ良かった。
掴んで引き寄せて・・・抱きしめればよかった。
何を・・・
俺は迷っていたのだろう。
何の為にとか
理由とか
理屈で
一緒に居るのでは無かった。
こんなにも・・・
ただこんなにも・・・・・・・・・
ケイスケに傍にいて欲しいのだと、
俺も一緒にいたいのだと・・・
はっきり伝えないまま
いかないでくれ・・・。
ケイスケ・・・・
「ケイスケ!!!!」
集中治療室のドアを開けて飛び込む。
白衣を着た医者らしい人が静止しようと手をあげた。
「君・・・?・・ここは立ち入り禁止だぞ。・・・それになんだねその姿は。」
ずぶぬれになった俺の姿をじろりと眺める。
「すみません、ケイスケは?怪我をしていると聞いて・・・、
家族なんです・・・・たった一人の・・・・・。・・・ケイスケっ・・・。」
「・・・・・アキラ?」
ひょっこりと・・・
医者の間から包帯だらけのケイスケが顔を覗かせた。
「・・・・・・・・・・・ケイスケ・・・。」
肩の力が抜ける・・・・。
「ごめん・・・心配かけて・・・。あはは、死に掛けちゃった・・・。」
人目もはばからず・・・・
ケイスケにしがみついて、抱きしめていた・・・・・。
・・・・・・・・・・・
バランスを崩して高台から落ちかけた工場長を助けようとして
自分が落ちてしまったらしい。
後から駆けつけた工場長も
ケイスケにひどく感謝していたが・・・
同時にその命知らずな行動に怒っていた。
自分が死に掛けてまで、俺を助けなくてもいいのだと・・・。
本当に一歩間違えればケイスケは死んでいた。
運が良かったのは一度突き出した柱にあたり、それがクッション代わりになったからだ。
医者もよく助かったものだと驚いていた。
「・・・本当に運が良かったな。」
医者のとりあえずの治療が終わり、工場長も家に帰って
やっと二人きりになった病室で・・・・包帯を巻いて横たわるケイスケに話しかける。
降り続いていた雨もすっかりあがって・・・・
窓からは真白い朝陽がいっぱいに差し込んでいた。
「・・・・アキラ・・・・怒ってる・・?」
工場長のように怒っていると思ったのか・・・
ケイスケが少し首を傾けて俺に問いかける。
静かに首を振った。
「いや・・・けれど、無謀だ。・・・お前あんな高いところから落ちたら・・・・・。」
(あの夢の続きのように・・・・)
背筋がぞくりと冷たくなる。
小さく頭を振った。
「確かに・・・凄く怖くて足がすくんだけど・・・・・・
落ちかけた工場長を助けないわけにいかなかったし・・・・気がついたら・・・俺・・・。」
「・・・・・後先考えず助けてた・・・かよ。・・・お前らしいな。」
クスリ、と苦笑する。
大丈夫だと・・・
安堵して気がつく。
自分が・・・もう迷っていないことに。
「・・・・でも。」
ケイスケが笑う。
「良かった、怪我をしたのが俺で・・・。
もしこれが逆でアキラになにかあったりしたら・・・。」
横たわったまま・・・目を閉じて俯いた。
「・・・・俺・・・生きていない。」
「・・・大げさだな。」
笑う。
本当だと言うように、ケイスケが見つめた。
「俺・・・アキラの言葉、すごく・・・嬉しかった。
アキラがあんな風に思ってくれているなんて・・・・思っていなかったから。」
「何だよ。」
慌てていて・・・何を言ったのか、はっきりと覚えていなかった。
「家族・・・っていうやつ。」
「?・・・・あぁ・・・・。」
ぼんやりと思い出す。
病室に飛び込んで思わず口にした・・・・。
「・・・・あの言葉を聞いただけで・・・俺もう、死んでもいいくらいだ・・・。」
「・・・・・・・・・ケイスケ・・・・。」
ベッドの上のケイスケに俺の影がかかる。
そっと、
唇に触れた。
ケイスケが驚いたように目を見開く。
「ア・・・・っ・・・!??・・・アキラ・・・・・!?」
「・・・もう・・・・・・・・・死んでもいいなんて言うな。
・・・・・・お前がいないと、・・・俺が寂しいだろ。・・・家族なんだから。」
照れくさくて、顔をそらす。
「え・・・・?あ・・・・・うん!
お・・・俺・・・・・・俺・・・・・・絶対に・・・アキラを置いて死んだりしない・・・!
アキラ・・・アキラ・・・・・愛してる・・・・・っ痛・・・いてててって・・・・。」
俺を抱きしめようとして・・・苦痛で顔をゆがめる。
それでも嬉しそうに・・・本当に嬉しそうにケイスケが笑った。
・・・顔を真っ赤にしながら。
知っているようで・・・気がつかなかった。
毎日過ぎていくと信じている日々も
今日と同じ明日があるという保障はどこにもないのだと。
大切な人に伝えられる想いも
今日、そして今でなくては
伝えることが出来ないのかもしれないのだと・・・・・。
だから・・・
これから少しずつ少しずつ・・・・
出来るだけ伝えていこう。
掴んだ温かい手を離さない様に・・・・・・。
絶対安静中で動けないケイスケの手を握る。
ケイスケも俺の手を握り返してきて・・・
伝えたいたくさんの言葉を飲み込んで
俺はまた静かに・・・・・
ケイスケの唇に触れた。
END