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   明王朝が滅亡してのちの二十年ほどの間は、動乱に明け

   暮れた。清朝になって国家の形体は大きく変化した。明末

   から清初にかけて法帖を主体とする書道は広く行われた。

   阮元の北碑南帖論という小論文にあるように、碑は真蹟を

   じかに石に刻したものでその真実性は高いのに比べ法帖

   はいくたびかの模写を重ねて原型の失われた版本の文字

   で原型からは遠ざかっているものが大部分で碑が古人の

   隷意を伝えているのには及ばないとするのがその論旨であ

   り、確かに理にかなった説として広く支持され北碑の篆・隷

   の書の美しさの新しい発見と相まって、清の時代に大きく取

   り上げられるようになった。



金農(冬心)

 
    
鄭 板橋(1693-1765)    劉石庵(1720?-1804?)


桂馥

    
    
ケ 石如(1743-1805)      伊 秉綬(1754-1815)

      
陳鴻寿 (1768-1822)
              楊見山(1819-1896)

  
  
何紹基(1799-1873)      張廉卿(1823-1894)

      
 
    
趙 之謙(1829-1884)         楊守敬(1839-1915)


 
呉 昌碩(1844-1927)