「サンマ殺人事件」
その8.
シノミヤハーンの経営する食堂「八方亭」は徳島市の郊外にある。モンゴル生まれの中国育ち、
コックとして東京に4年間いたが訳あって四国へ流れ着いた。もう20年以上になる。料理の腕は
確かだが、3度の飯より釣りが好きで、店を放ったらかしにすることがあり、よく女房に怒鳴られ
ている。
店の名は和洋中そしてモンゴル料理もなんでも出すことから「八方亭」と名付けた。すぐ横は行
列が出来るほど有名な中華そば屋だが負けずにラーメンも出している。それでも食事時は忙しく、
きょうも、うどん、ハンバーグ、サンマ定食、バッテラ、カレーライス、ジンギスカンなど次々と
注文をさばいた。
客足が途絶えると厨房の片隅に置いたパソコンのスイッチを入れるのが習慣になっている。Hな
サイトを観ていると又怒鳴られるので最近はもっぱらインターネットを楽しんでいる。
「あれっ、稲光からのメールだ。どれどれ」
そこには、近々帰郷するので料理の見習いをさせて欲しいと書かれてあった。彼と稲光の父とは
東京にいたときの知り合いだった。
「いつでもいいから帰っておいで」
そこまでキーボードを打ったとき、後ろで大きな声がした。
「あなたっ、お客さんよ!トンカツ定食1つ」
「あいよっ、トン定1丁!」
シノミヤハーンは慌ててリターンキーを押した。
--以下続く−−
その9.
「おい、おい、ポチ、そんなにがっつくなよ」
ただし君探偵事務所の所長山木正一は老犬にえさをやりながら言った。ポチは16才なる。人間
ならとうに80才は過ぎているが食欲だけは旺盛である。しかし歯が悪くなったためドッグフード
を水に浸してから与えているので時間がかかる。好物のサンマも身をほぐしてから口元へ持ってい
ってやる。
不況のあおりからか、事件の依頼も少なくなった。今、受けているのは1件だけである。そのた
めか、1人いる女性職員も寝ぼけ眼で出勤してきて自分の席でパンを食べ、ゆっりと化粧をしてい
る。
電話1本鳴らないのだから仕方がないな、電話といったらスナック「さかな」のママくらいだか
らないほうがましだな。そんなことを思いながらポチの背中をなでていると突然けたたましく電話
が鳴った。
「先生、電話です」
「誰から」
「松本さんて方からです」
「マツモト?」
「ええ、松本シゲミさん。先生を出せって怒鳴ってますけど」
「わ、分かった。今行く」
山木は嫌な予感がした。今日はいいことない日だな、独り言をつぶやきながら受話器を手に取っ
た。
−−以下続く−−
その10.
「もしもし、あなたは山木さんかいねえ?」
「はい、山木ですが」
「私はマツモトですの、マツモトシゲミです。覚えてますかいなあ?」
「えっ、ええ、よく存じ上げております。」
「わたし、マツモトでんの。マツモトシゲミ。あんたヤマキはん?」
「はい、ヤ・マ・キですよ」
「わたしは、マツモトです。あんたヤマキさんかいね?」
電話の主は、70をだいぶ過ぎているはずだ。いつも、同じ事を繰り返すのが癖だ。仕方なく山
木は次の言葉を持ちだした。
「分かりますよ、松本さん。また墓石の話でしょ?」
「あっ、そうそう。そうでんがな。あんた、うちとこの墓石返してんか」
「わたしは、墓石など知りませんよ」
「いいや、私は見たんじゃ!あんたが犬に引かせてうちの墓石を盗むとこをな」
「いい加減にして下さいよ、私の犬は柴犬で16才にもなるよぼよぼですよ」
「よぼよぼとは何じゃっ!失礼なっ!」
「いやいや、松本さんのことではなく、うちの犬のことです」
「もしもし、あんたは山木さんかい?わたしはマツモト。墓石を返しなはれ」
「知らんもんは知らんっ」
「あんたには墓石のたたりがあるぞえっ!」
1年に数回こんな会話が1時間近く続く。ジンクスでこの人の電話があるとろくな事がない。ほ
うほうの体で受話器を置いた時には10時を少し回っていた。山木は再びポチに向かう。
やっと朝食と化粧を終えた事務員の元山育代がパソコンを見ながら言った。
「先生、メールが届いてますけど。佐倉サトさんて方から」
「佐倉?いいから読んでみて」
「それが、なんか暗号みたいなんですけど」
「いいから読んで」
「はい。えーと、サンマが床を泳ぐ。ニワトリが空を飛ぶ。歳を取っても箱入り娘。ちゃん、ちゃ
ん。以上です」
「そ、そうか。ちょっとポチを連れて散歩に行ってくるよ」
山木はポチの首輪に散歩用のロープを繋いだ。ポチは嬉しそうに尻尾を振りながら、よよたと歩
き始めた。
「はーい。いってらっしゃーい」
奥で元山育代の眠そうな声がした。
−−以下続く−−
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