「サンマ殺人事件」

その11. 
 徳島を流れる吉野川は四国一の水量を誇る一級河川である。昔は四国三郎と呼ばれ台風の度に河
が氾濫していたが、現在では提敷も整備され穏やかな河に変身している。可動堰問題の住民投票で
有名になった第十の堰は山木とポチが散歩している河口付近から10qほど上流にある。
「きょうは淡路島がよく見えるなあ、ポチ」
 山木はポチに言ったが、ポチは既にウンコ状態にあり恍惚の顔をしている。この状態で1時間く
らいじっとしているときもある。
「お前も歳取ったな、これまでよく頑張ったもんな」
 しばらくポチのウンコに付き合うことを決めた山木は別のことを考えることにした。
「あのメール気になるな。特に歳を取っても箱入り娘の文が、、。大事に至らなければいいけど
 な」
 その時、ポチのワンワンと吠える声がした。老犬になったポチは最近では特定のものにしか吠え
なくなってきていた。特にウンコ状態の時にはほとんどのものに反応しない。
 山木が顔を上げると目の前をサングラスをした1人の男が自転車で駆け抜けて行った。すれ違う
とき、ある独特の匂いがした。
 「この匂いは、、、」
 ポチは、ウンコ状態のまま自転車が小さくなるまで吠え続けた。
                −−以下続く−−
その12.
 次の日の朝。土曜日なので事務の元山育代は休みである。正一は1時間かけてポチにエサをやっ
た後、コーヒーを沸かし地元新聞を広げた。何気なく見ていると、社会面の隅の方に申し訳なさそ
うに載っている記事に目が止まった。
「事故死か?吉野川で水死体:昨夜11時頃吉野川にボラ釣りに来ていた人が大橋の下に浮かん
でいる男性の水死体を発見した。所持品などから亡くなったのは徳島市のバー従業員小松縞夫さん
40才と判明した。検死の結果、死後3時間ほど経っており外傷や遺書などはないことから警察で
は事故死とみて調査している。」
 正一は新聞を閉じ、ぬるくなったカップを見やりながら煙草に火を付けた。
「あそこは転落事故なんか起きないところだがな。そうだ、久しぶりに東署へ行ってみるか」
 腰を上げかけた正一は今日は土曜日だということに気が付いた。
「きょうは、元ちゃん休みだもんな。お前を置いておく訳にもいかない。一緒に行くか」
 10年も乗っている愛車ゴルフのドアを開けるとポチが前足をもつれさせながら乗り込んできた。
                −−以下続く−−
その13.
 ただし君探偵事務所から阿波東署までは車で10分足らずで着く。山木は2階にある鑑識課を訪
ねた。名ばかりの応接室でただのお湯みたいな日本茶をすすっていると、眼鏡の奥に厳しい目をし
た男が入ってきた。課長の助川弘武である。
「やあ、助ちゃん久しぶりだね」
「気安く助ちゃんなんて呼ばないでよ。もう君はここの人間じゃないんだから」
「相変わらずだな。形容詞も副詞もない。それに変な東京弁も」
「ふんっ。何か用なのかよ?僕は忙しいんだから用件だけにしてよ」
「分かったよ。実は今朝の新聞の記事なんだけど、吉野川の水死体、、」
「それがどうかした?君が来るとろくなことはない」
「もっと詳しく知りたいんだ」
「あれは事故だよ。もう捜査も打ち切った」
「仏さんは?」
「地下の安置室、検死した中瀬先生がいるはずだ」
「ありがとう。行ってもいいかな?」
「僕は関係ない。じゃ、これで」
 助川課長はバタンとドアを閉めて出ていった。机の上には調書のコピーが置かれてあった。
「4年前とおんなじだな」
 山木は懐かしそうに周りを見渡しながら部屋を後にした。
「中瀬先生まだいるかな?」
                  −−以下続く−−
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