「サンマ殺人事件」

その14.
 地下の安置室はひんやりとしていてマーケットの鮮魚売り場のような空気が流れている。部屋の
前でポチが大きく吠えたのを制しながら山木はドアをノックした。
 阿波大学医学部助教授で警察の検死担当医でもある中瀬秋行は自信ありげに言った。
「死後硬直、それに胃の内容物から判断して午後8時頃に間違いないな。詳しいことはそこに書い
 てあるよ。」
「ありがとうございます。その前に仏さん拝ませて貰っていいですか?」
「ああ、いいよ」
 中瀬はまるでマグロでも扱うかのように機械的に安置袋のファスナーを降ろした。
「この男は、、、やっぱり」
 厚い化粧もなく、髪もポニーテールにしているが、その顔には見覚えがあった。
「そうだよ、オカマのくずちゃんだよ。本名小松縞夫、本籍地青森県」
「青森?」
「ああ、明日家族が引き取りに来る」
「・・・・・」
「それよりポチ、久しぶりだな。私のこと覚えてるかい?」
 ポチは嬉しそうに尻尾を振った。
「箱入り娘作戦のときの活躍は凄かったな。末端価格にして100億だもんな」
「ええ、でも今は特別なものを除いてほとんど嗅覚がありません」
「そうかもしれないな。特に麻薬捜査犬は10才を過ぎると感覚が麻痺してしまう」
 山木はそっとファスナーを元に戻し、静かに合掌した。中瀬に礼を述べ、署の外へ出ると何度も
大きく深呼吸をした。愛車を停めてある駐車場まで5分ほど歩いて、やっと吐き気が納まった。 
                −−以下続く−−
その15.
「生まれは西津軽郡木造町か、、、その後黒石市。徳島へ来る前は八戸市か」
 山木は助川から貰ったコピーに目を走らせながら呟いた。
「女房と子供2人を置いて、徳島へは4年前に来ている。でも、なぜオカマなんかに?」
 続いて中瀬から貰った検死報告書のコピーを手に取った。 
「胃の内容物か。アワビ、サザエ、伊勢エビ、、、いいもの食ってんな。まるで磯料理だ。それに
 大量のアルコール検出か。ん、まてよ」
 山木は急いで助川と中瀬に電話をし、外へ飛び出した。車のエンジンをかけようとするとポチが
よろよろと付いてきた。
「分かったよ。じゃ乗れよ」
 辺りはすっかり暗くなっていた。気の早い商店ではクリスマスツリーに明かりを灯しているとこ
ろもある。ラジオをつけると大相撲が武蔵丸の優勝で幕を閉じたことを伝えていた。
「この店は第1と第3日曜日の2回しか休まない。商売熱心だな」
 ポチがワンと吠えた飲み屋の入り口にはオカマバー「紫」の看板が立っていた。
「いいかポチ、絶対に店の中でウンコしちゃあダメだぞ」
 そう言って、ドアを開けると中から大きな声でデュエットが聞こえてきた。
              −−以下続く−−
 くず子がいたら中に入れて貰えたのにな、、。結局ポチは「紫」の看板の横に繋いでおくことに
なった。ママの小田桐子に注意されたからである。
 店内のボックスは一杯だったのでカウンターに案内された。それにしても、カラオケから聞こえ
てくる声は同じ大きなダミ声ばかりであった。歌い終わるたびに店中の客が一斉に拍手をする。ま
るで貸し切り状態だった。山木はバーボンを注文し、バーテンにチップを渡しながら尋ねた。
「あの男は?」
「代議士の大外虎之助ですよ。3日くらい前からこちらへ来てるみたいです」
「大外?あの汚職疑惑に何度も登場してくる代議士か。確か選挙区は青森だったな」
「そうです。ああやって、徳島へ来るたびに取り巻きを連れて、、。うちもお客さんですからガマ
 ンしてますけど、いい迷惑ですよ」
 どうも、あまり店の者には評判は良くないらしい。
「よく来るのかい?」
「ええ、青森と徳島とどんな関係があるのか知りませんけどね、別の目的じゃないですかね」
「別の目的というと?」
 山木はさらにチップを渡そうとして辞めた。財布が空に近かったためだ。しかし、バーテンは続
けた。余程、大外が嫌いらしい。
「くず子ですよ。2人は出来てたんです。あの男、オカマが趣味なんです」
 山木は、そっとステージを見た。大外は若いオカマの夕子を相手に唄っていた。
「さぁみぃしぃさぁにぃ まけたぁ」
「いいえ せけんにぃ まけたぁ」
 さくらと一郎の昭和枯れすすきである。
「さくらと一郎か、サクラトイチロウ、佐倉戸一郎、、、、」
 山木は、もう一度ステージを見つめた。
                −−以下続く−− 
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