「サンマ殺人事件」

その23.
 シノミヤハーンに別れを告げ2人が八方亭を出たのは午後1時を回っていた。
 「お昼の稼ぎ時に悪いことをしたな」
 「しかし、彼も胸のつかえが取れたかもしれないな」
 そんなことを話しながら2人が車に乗り込もうとすると、別の車から決して若いとは言えない女
性が2人降りてきた。2人ともけばけばしい化粧をして超ミニスカートをはいている。1人は眉毛
をマジックインクで描いたかのように黒光りさせている。多分薄眉毛なのだろう。もう一人は左目
が二重で右目が一重である。すれ違うと香水の匂いがぷんぷんした。しかし、外見とは裏腹にサン
マがどうのこうのと言いながら八方亭の中に消えて行った。
 「山木さんはこの事件で刑事を辞めたんですね?」
 助手席から羽ノ浦が尋ねた。
 「ええ、でも1年ほど悩みましたがね」
 「それで探偵事務所を?」
 「何かと便利ですから、、、。ポチも引き取りましたしね」
 「新しい事実は発見しましたか?」
 「ええ、墓石は20個でしたよ。でもある政治家の圧力でそれを周りが隠している」
 「ある政治家?」
 「大外虎之助という男です。実物を見たのはつい2日前ですが」
                        −−以下続く−−
その24.
 何事もなく一週間が過ぎた。12月ともなると、さすがに四国も肌寒くなる。地元のスキー場で
も積雪情報を伝えるようになってきた。
 酒販店の勤めを終えた佐倉サトは、久しぶりに自炊がしたくなり帰りにサンマを買った。故郷で
は活けすから飛び出さんばかりのサンマが手に入るが、こちらでは24時間は経過している。それ
でも、故郷の味が懐かしかった。
 −−俺はサトをいつまでも待っているよ−−
 別れ際に婚約者の江藤裕之が言った最後の言葉だった。結婚式の日取りも決まり、もう少しで幸
せを掴むはずだった。しかし、サトの方から婚約解消を申し出てしまった。こうやって、故郷を味
わっていると、彼との楽しかった日々が走馬燈のように脳裏を駆けめぐる。
 それを捨ててでも、サトにはしなければならないことがあった。父を殺した犯人を捕まえるため
に、、、。
 3年と少し前、父の佐倉戸一郎は地元の代議士達との会食中に突然心臓発作を起こして死亡した。
以前に不整脈から心筋梗塞を患い入院したことはあったが、退院してからは順調だった。しかし、
運び込まれた救急病院の話では、常備していた心臓の薬を一度に限度以上服用したための発作と診
断された。
 サトは信じられなかった。父の戸一郎は、常々心臓の薬は青酸カリが入っているので定められた
量以上は飲んではならないと言っていた。娘の花嫁姿を見るまでは元気でいるからと楽しそうに言
っていた。そんな父がなぜ、、、。
「パパは発作なんかで死んだんじゃない。あいつに殺されたんだ、、、」
 いつまでも待っているよ、−−−理由を話したときの江藤裕之の返事は最高に嬉しかった。
 サトは買ったばかりのCD「白い恋人達」を聴きながら窓の外を見た。彼は今どうしているのだ
ろう、、、。
                −−以下続く−−
その25.
 部屋の親方を経由して正式に廃業届を出し、本名の稲田光浩に返るのは15年ぶりであった。荷
物といっても大部屋暮らしの元稲光にはバックが一つ多いくらいだった。これを両手に提げリュッ
クを背負えば、後は何もない。部屋から国技館までは15分ほどだった。少し立ち止まって深々と
一礼した。
 「終わった、、、」
 夢やぶれて去りゆく若者の上に雪が舞った。
 「徳島へ帰ったら料理人として1から出直そう」
 東京から徳島津田港へはフェリーの直行便がある。10数時間かかるがこれが一番安い。稲田は
2等船室でこれまでに来た友達からの手紙の束を解いた。
 「同窓会か、みんなに会いたいな」
 1人の友からは、いい加減に廃業して同窓会の幹事でもしろと冗談交じりに記してあった。それ
ぞれが一人前の大人になっているだろう。そんな場に自分のような敗北者が行っても良いのだろう
か?
 稲田は別の手紙を手に取った。シノミヤハーンからのものであった。手紙の末尾に太い字で書か
れている一行を何度も読み返した。
 「胸を張って帰ってこい」−−−−−−
 疲れていたのかもしれない。深い眠りから覚めると、ぷーんと木の匂いがした。木材の積み降ろ
しをしている岸壁のすぐ横にフェリーの発着場がある。
 「帰ってきた、、、」
 稲田は、土産の人形焼きの数を幾度も確認してタラップを降りた。
               −−以下続く−−