「サンマ殺人事件」

その26.
 12月に入っても、ただし君探偵事務所は暇である。不景気になると男どもの財布も堅くなり遊
ばずに早く家へ帰るのか、浮気などの調査依頼も来なくなった。
 山木は元山育代の入れたモカマタリを飲みながら机に飾ってある写真を見ていた。
 「箱入り娘作戦か、ポチの勇姿だよな」
 写真には署長表彰を貰ったときの得意げな顔のポチとその横でバツが悪そうな顔の山木が写って
いる。表彰の前日に、松本シゲミという老婆が東署へ山木が墓石を盗んだと怒鳴り込んで来たから
である。山木は上司にこっぴどく説教された後だった。
 箱入り娘作戦は署内挙げての大捕り物だった。徳島に大量の麻薬が密輸されて来るという情報を
キャッチし何ヶ月もかかってその場所が津田の岸壁であることを割り出した。
 成田空港警察から一番鼻の利く麻薬捜査犬を借り受けた。それがポチだった。東南アジアから運
ばれ岸壁に積まれていた墓石用の大理石10個の中にまるで箱入り娘のように大事に埋め込まれ、
その上から同じ大理石の粉で密封されていた。それでもポチは他の麻薬捜査犬では決して発見する
ことの出来ない末端価格100億もの麻薬を嗅ぎ出したのである。主犯格の暴力団組長下川守一以
下10数名が逮捕されて幕を閉じた、はずだった。
 しかし、当日釣りに来ていたシノミヤハーンの供述から、山木は他にもまだ墓石が隠されている
と睨んでいた。捜査本部が閉じられた後も時間の許す限りポチと一緒に周辺の墓地を調べに出掛け
た。そして、ある霊園でポチがワンと吠えた墓石をひっくり返そうとしたのである。それが松本家
の墓だった。墓参りに来ていた松本シゲミが怒鳴ってくるのも無理はない、墓石からは何も出なか
ったのである。
 箱入り娘作戦依頼、ポチの嗅覚は限界に来ていた。捜査犬の世界では10才が過ぎると引退させ
るのが常であることを思えば、まだいい方だったかもしれない。事件が解決した後も成田署からは
そちらで引き取って欲しいと言ってきた。老齢に加えて空港内のどこでも構わずウンコするのが欠
点だったからである。結局、山木が面倒を見ることになった。
「散歩に行こうか、ポチ」
 山木とポチはいつものようにゆっくりと吉野川の河川敷へ出掛けた。
            −−以下続く−−
その27.
 菜仁尾優香と海野月子はクリスマスイブに備えて出席者の確認をしていた。しかし、ほとんどが
デートがあると言って断ってきた。くず子が亡くなったため女性(?)は2人に佐倉サトを入れて
3人にしかならなかった。
 あまりにも寂しい食事会なので、料理を教えて貰ったシノミヤハーンと今は八方亭で働いている
稲田光浩を誘うことにしたが、一応は3対3の形を整えたいと思いもう一人紹介して欲しいと頼ん
だ。シノミヤハーンは、少し歳は取っているが独身の探偵さんを誘ってみると応えた。
シノミヤハーンのメールにはすぐに山木から返事が来た。暇なのかパソコンの前にいるらしい。こ
ういうときは、電話で話する方がずっと速いはずだか、、、。
 「今年は忘年会をする費用がないので、ついでに元山育代も出席させたいのですが」
 「それでは男性が1人足りなくなるので山木さんの方で誰か誘って貰えますか」
 「先日一緒にお伺いした羽ノ浦刑事でも構いませんか」
 「結構です。女性陣には私から伝えておきます」
 「場所は八方亭ですか」
 「いいえ、菜仁尾優香の家でやります。床暖房が効いてますから」
 「分かりました。家が暖かいと女性は嫁に行きたがらないのかもしれませんね」
 「それだけでもないと思いますが」
 「そうですよね、それでは楽しみにしています」
 結局、食事会は8人で行われることになった。
               −−以下続く−−     
その28.
 客が来ても知らん顔のポチが久しぶりにワンと吠えた。羽ノ浦が重そうに書類を抱えてただし君
探偵事務所にやって来たのだ。12月も中旬を迎えていた。
 「これが、佐倉戸一郎が死亡したときの資料です。こちらは大外虎之助の資料」
 「ありがとうございます。私の方はくず子が亡くなったときの資料を揃えました」
 「何か分かりましたか?」
 「ええ、それが、、くず子は癌でした。それも末期の、長くて後1年でした。そして胃の中から
は、やはり青酸カリが検出されてますね。しかし、事故死として処理しています」
 「くず子が癌、、末期の、、青酸カリ、、よく分かりましたね」
 「鑑識の助川と中瀬検死医から極秘に教えて貰いました。彼らも上からの命令に納得していない
んです」
 「そうですか、やはりこちらにも大外代議士の圧力がかかっているようですね」
 「タカさんの方は?」
 「大外には鳥吉作太郎と松鳥憲三という私設秘書が2人います。この2人が危険です」
 「鳥吉と松鳥ですか?2人とも鳥がついてますね」
 「ええ、地元では2人をニワトリと呼んでます」
 「ニワトリですか」
 「この2人が動き出すと事件が起きるんです。くず子が亡くなる前にも飛行機で徳島へ来ていま
す」
 「ニワトリが空を飛んだか、、、」
 「佐倉戸一郎がいた会議場にもくず子と共に大外に付いてきていました」
 話をしていると元山育代がコーヒーを入れてきた。モカマタリの豆が少なかったためインスタン
トを後から足したことは黙っていたのだが、、、。
 「このコーヒーは?」
 「モカです」
 「マッタリしていますね」
               −−以下続く−−