「サンマ殺人事件」
その47.
−−4ヶ月余後の桜が満開の四国徳島−−
小さな探偵事務所で長身の男がキーボードに向かってメールを打っていた。
=サトお姉さん、ご無沙汰です。稲光こと稲田光浩です。僕は今ただし君探偵事務所に籍を置い
ています。あれからいろいろ考えたのですが、シノミヤハーン夫妻とも話し合い調理人の道を諦め、私立探偵の見習いをすることにしました。くず子さんがお父様に憧れたように、僕もクリスマスの
出来事が忘れられず探偵というものに憧れてしまいました。でも、現実は厳しく最近の仕事といっ
たら迷子犬の捜索ばかりです。それでも、うちの先生は独特の嗅覚を持っているのか、迷子犬を探
すのがとてもうまくなかなかの評判です。
僕がやって来たときは一人先輩がいて、何とその人は優香姉さんだったのです。何でも勤めてい
た会社が倒産したため、タダでもいい、コンピューターが得意の二言で押し掛けてきたみたいです。先生は元山さんの代わりが出来て喜んでいますが、優香姉さんはいつも朝は眠そうな顔をして鏡に
向かって眉毛を描いています。
それから、ポチは2月末に17才の誕生日を前に亡くなりました。多分事件の解決を見届けたか
ったのでしょう、飛行場で誰にも吠えなくなってからはずっと散歩も出られない状態が続き、やが
て先生に看取られて静かに息を引き取りました。先生はポチを山の婆さんちの畑にある眺めのいい
桜の木の下に埋めてやりました。もう長い間花を咲かせたことのない老木ですが、今年はきっとポ
チが咲かせてくれるだろうと言ってました。
それからというもの、先生は「ただし君風味」とかいう変な名前のホームページ作りに没頭して
います。また「サンマ殺人事件」という連載小説も同時に載せると言って仕事そっちのけで毎日パ
ソコンと格闘しています。ちらっと見たんですが掲示板のアイコンもピンクの子豚をはじめいろん
なものを作っています。多分近々オープンすると思いますが楽しみにしていて下さい。
それでは、ご夫婦仲良くいつまでも幸せにお過ごし下さい。イナビカリより=
−−以下続く−−
その48(最終章)
山木はポチが眠っている場所に向かって一人山道を歩いていた。背には山の婆さんが作ってくれ
たおにぎりと番茶そしてポチが好きだったサンマをしょっている。
歩きながら、その朝自宅のパソコンに届いたサトからのメールを思い出していた。
=先生お元気ですか?そちらは桜が満開の季節と思います。徳島にいた3年間はいろいろとお世
話になりました。それに、あの日の先生からのクリスマスプレゼントには本当に感激してしまいま
した。本当にありがとう。
私達は年が明けてすぐ結婚しました。花嫁衣装を着て父の墓前に報告をしに行ったときは涙が止
まりませんでした、、、。今は主人と2人で弘前城の下で小さな酒屋さんを営んでいます。そちら
より1ヶ月近く開花が遅れますがお城の桜はとても美しく全国でも指折りの名所となっています。
ぜひ一度お越し下さい。
自営業のため月に2回くらいしか休みが取れませんが、毎日徳島にいた時の人達とメールでお話
しするのが楽しみになっています。あの人達の温かい心がなければ、私は3年もいられなかったと
思います。今も感謝の気持ちで一杯です。
また、羽ノ浦刑事は弘前署の署長に昇格しました。時々、私の店で一杯引っかけては相変わらず
クレオパトラの話ばかりしています(実は何度も聞かされて飽きています)。
それから、ニュースがあります。サトは結婚してまだ4ヶ月なんですが、今妊娠5ヶ月目に入っ
ているんですよ。主人には内緒ですが、私はこのまま1ヶ月の早産として生もうと思っています。
勿論主人のことを愛していますし、私達の子供としてまた私自身の心の支えとして立派に育ててい
くつもりです。先生は誰の子供だか分かりますか?
また、ポチのことは稲光さんから教えて頂きました。ご冥福を心よりお祈りいたします。
優香さんも先生のところで働いているみたいで何よりです。
最後になりましたが、ホームページの完成を楽しみにしています。お身体に気をつけてご活躍下
さい。 桜の里にて、江藤(旧姓佐倉)サトより=
山木は誰もいない畑の中にある桜の大木の下に立った。見上げると、何年も枯れ木同然だった老
木が今年は満開の花を咲かせている。太い木の元に小さなシートを敷き、ポチの写真と並んで腰を
下ろすと、裾野にはポチが大活躍した津田の岸壁や毎日一緒に散歩した吉野川の提敷が手に取るよ
うに見える。写真の中のポチはそれらを眺めて喜んでいるようにも見える。
山木はおにぎりを1つ口に頬ばった。婆さんの梅干しがしょっぱかった。慌てて番茶を口にした。
「もう少し一緒に居たかったよ」
ポチの前に置いたサンマの黄色い口元に桜の花がひとひら舞い降りた、、、、。
−−サンマ殺人事件 完−−

