阿波の狸合戦 (阿波のかたりべ 徳島婦人文化福祉ボランティアグループ より 抜粋)
(あわのたぬきがっせん)

 昔むかし、小松島の日関野に大和屋という染め物屋がありました。
もとは大きな店でしたが、そのころは商売がうまくゆかず、つぶれかかっていました。

 「おーい、もっとどんどんもやせ」
 「もうすぐとびだしてくるぞ〃‥」
 「うちわであおげあおげ」
いったい何がおこったのかな。倉の方で大さわぎです。
 「どうしたのかな?」
ご主人は気になって、さわぎの方へ行ってみました。
 「おいおい、何しとるんじゃ。火などたいてあぶないぞ」
小僧たちは、たきぎを積んでさかんに煙をあおいでいます。
 「はい。倉の縁の下に逃げこんだ狸を、いぶりだそうと思って」
 「今夜はうまい狸汁を食おうと思ってつかまえよるんです」
縁の下の狸は、けむくてけむくてもうがまんできません。
ふらふらとはい出してきた所をくくられてしまいました。
  「おお、おお、かわいい狸じゃないか。
せっかくつかまえたのにわるいが、わしにめんじてゆるしてやってくれぬか」
 「やっとつかまえたのになあー」
 「狸汁は、もう食べられへんなあ」
 「まあそういわずに、今夜はごちそぅをするから、なわをといてやってくれ」
 「さあ、もう何も心配せんと、これを食べてぐつすりおやすみ」
主人は、いじめられてすっかり弱っている狸をいたわってやりました。
 「だんな様、このど恩は一生忘れません」
狸は、感謝の心でポロポロと大粒の涙をこぼしました。

 ある日、店の小僧の一人がど主人の前に手をついて、
 「私は金長という狸です。いぜん森の中でわなにかかった時、
だんな様に助けられ、ど恩がえしをしようとここに来て、またとらえられ、
二度も助けられました。この上は、一生けんめいにこの店のために働いて、
ご恩がえしをしたいと思います」
小僧にばけて金長狸は、立派なあいさつをしました。
  「それはありがたい。しつかりはたらいておくれ」
ど主人は、とてもよろこびました。

 「おーい金長、これ並べてくれ」
 「おーい金長、これ届けてくれ」
 「はい、いってまいります」

金長は、夜も昼もなく一生けんめいに働きました。
 大和屋には、注文がどっさりくるし、つぶれそうだった店が、
みるみるもりかはんじようして大繁昌です。

 ご主人は、金長に感謝して、狸の最高の位の正一位のはたを作りました。
 「えっ。私が正一位? いや私はまだまだ若僧、そんな資格はありません」
だが、よく考えた金長狸は、自分の修業のたりなさを知って、
 「ご主人様。私を修業にいかせてください。阿波の狸と生れたからは、
総大将の津田の六右衛門狸のもとで勉強してみたいのです。あとのことは、
沖洲の高洲の隠元狸にたのみました。どうぞ、津田へいかせてください」
 「修業がすんだら、必ずここへ帰ってくるんだよ」

ど主人とのかたい約束をして、金長は津田山の穴観音とよばれる大きなはら穴へ、
六右衛門狸をたずねていきました。
さすがに胸がはずみます。金長は、勉強が大好きでした。

 「どうか、私を弟子にしてください」
 「おお、おまえが金長か。名はよく聞いておるぞ、うん、
なかなか見どころのある狸じゃ、しつかり勉強するんだぞ」

 それから三年、金長は、くる日もくる日も、朝から晩まで、化け術のおけいこです。
歯をくいしばって、何度も何度もくりかえしてがんばりました。
 「エーイ」 「ヤーツ」木の葉一枚で上手に何にでも化けられるようになり、たちまち、
成績は一番になりました。六右衛門は、若くてたくましくて頑のよい金長が、すっかり気にいりました。

 「ウムー。金長を何とか、わしの手許におけないものかなあ。
そうじゃ、わしのかわいいかの子姫のむこにしよう」
六右衛門は、金長をよんで話しました。
 「かたじけないお話ですが、おことわりします。
私には、大恩人の大和屋のど主人があり、私の帰りを待っています。
その店を守るという、かたい約束があるのです」
ことわったものの、金長には、ひそかに美しいかの子姫をおもう心があったのです。
つらい、つらい心の板ばさみでした。

 「わしのあとつぎと、あのかわいいかの子姫のむこという最高の条件を、
ことわりよって。あの若僧めなまいきな」
六右衛門の胸はおさまりません。それにどうやら、かの子姫は、
男らしい金長が好きらしいのです。ためいきをつくかの子姫のかなしそうな顔が、
あわれに思えてなりません。六右衛門は、ついにカンカンにおこりだしました。
 「うぬー。にっくき金長を、やっつけてしまえ〃‥」
金長は、そんなこととはつゆしらず、ぐっすり眠っていました。

 ドドドドドーと六右衛門のけらいが金長をおそいました。きのうまでの仲間たちです。
 「金長悪く思うな、命令なんだ」
ねこみをおそわれた金長は、着のみきのまま、穴観音をにげだしました。
追手はひつっこく追ってきます。やっとの思いで、津田の海岸まで逃げてきました。
 「こうなれば海だ。ドブン」

 金長は、無我夢中で泳ぎました。気が遠くなりかけたころ、向うの岸に、
なつかしい小松島の灯りが見えてきました。
金長は、なおも力をふりしぼって、やっと岸に渡りつきました。
こうして金長は、命からがら大和屋へにげかえりました。
 「穴観音のやつらのひきょう者め、だが、かの子姫はどうしているかな」

一方、かの子姫は、カンカンにおこっている父親と、
父親をうらんでいる金長との板ばさみになって、 
「どうか父上も、金長様も、あらそわないで」 と、死んでしまいました。
その苦しい思いが、父親にも、金長にもとどいたでしょうか。

 六右衛門狸は、
 「金長をとりにがしたのは残念無念。あわれなのはかの子姫。もうゆるせん」
この話は、阿波中の狸にバッと伝わりました。
若いくせになまいきなと、すぐれた金長をねたむ狸達と、六右衛門は、
いくら総大将でもわがままがすぎるという狸達とで、阿波の狸は二つに分かれてしまいました。
 「エイヤー」 「トー」 「なんのこしゃくな」
勝浦川原で、阿波の狸は一晩中、戦いました。あくる朝、
この辺りの人々は、たくさんの狸の死がいがあるのに、びっくりしたそうです。
 「無念じゃ〃‥」
六右衛門も、この合戦で死んでしまいました。
 金長は、助かったが大けがをしました。

 やがて、ある狸が、
 「ともに阿波に住んでいて、こんな争いばかりしているとは、
なさけないことじゃ、みんな平和に住もう」
といいだして、金長と六右衛門の後つぎの千住の太郎狸は、
手を取り合って平和をちかいました。ひどい傷をおった金長も、
二代目をつくり死んでしま いました。
 六右衛門が金長と大和屋との約束にわり込もうとしないで、
かの子姫の平和な願いを聞い・てあげたら、
たくさんの狸が死なないですんだのにと思いませんか。
今も、津田山の中腹に、穴観音は、残っています。

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