どこまで走っただろうか?

もう随分走った気がする。
車椅子を押す手は寒さでかじかんで、もうあまり感覚が無くなっているように思えた。
うっそうと茂る木々を抜け、とりあえず隣町へ出る抜け道へと急ぐ。
この寒さの中、あまり長時間シキをつれまわしたくなかった。
雨は・・・・雪に変わっていた。
道の終わりが見える。
逃れられた安堵で、ほっと息をついた。

しかし・・・・・・・・。
それはすぐに、はっきりとした緊張へと変わる。
無意識に日本刀に手をかけた。
雪で霞む木々の間に、数人の屈強そうな追跡者が先回りし、姿を隠そうともせず立ちふさがっている。
焦っていた。油断した。
後ろに、4,5人、前に6人・・・・・・。
雨に濡れたせいではない、ひんやりとした汗が、背中を伝うのが解る。
これまでのような雑魚とは違う、腕の立つ集団だとわかった。
持っている気配が全く違う・・・・・・。
目の前の白い景色がぐらりと揺れた気がした。


かちり、とつばが鞘を離れる。

その重さが、シキそのものだった。

咄嗟にシキの、手を握った。冷たい・・・・・・。

どこまでも一緒にいたかった。この世界がシキといるだけで愛おしく、たまらなく幸福だった。
「シキ・・・・どこまでも・・・一緒だ。」
じりじりとにじりよる追跡者との張り詰めた空気の中
瞬時にシキの顔色を見る。
・・・・・・眠り始めてから、少しも変わらない、無表情のシキ。
あの雨の中、グンジからアキラを奪い取ったような強烈な意識はもう微塵も感じられ無い。


・・・忘れられたのだ、俺は。
シキの生きようとする力には、なれなかったのだ。それでも・・・・・・・・。
それでもいい。俺はシキに・・・・何かを求めていた訳では無かったのだから。
彼を、死なせたくは、無い。絶対に。自分が、どうなろうとも。
負けるわけにはいかない。
死ねない、俺は・・・・・。俺は絶対に死ねない。

シキの車椅子をかばうように立つ。


目前から、同時に背後からも狂ったような叫び声を聴いた。
日本刀を持つ手が、雪になった世界を切り裂く。
アキラの黒いコートが、風に舞うように跳ね上がり・・・・・・
白い雪が・・・・・赤に染まっっていった。





・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・シキ・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・

シキ・・・・じゃない・・・・・?

青、青・・・・・・。

これは?

いつもの夢だ。そうだ。また逃げ延びたんだ。
暗い部屋で見る、あのいつもの悲しい夢だ・・・・・・・・。

青・・・・・・・・・・

ケイ・・・・・スケ・・・・・・?

青い・・・・つなぎ・・・・・・。

(ケイスケ・・・・。)
逃げない。今日は、もう・・・・・・。俺は・・・・・・。



(シキ・・・・・・)

(・・・・ごめん、守れなくて・・・・ごめん・・・・・)

俺は・・・泣いているのか?










(・・・・・・・好きだよ・・・)



少しずつ近づく、青いつなぎ・・・・。
意識が遠ざかる・・・・。遠いところで、風を切る、日本刀の音を聴いたような気がした。
近づいた、青いつなぎの・・・
刹那
抱きしめられた。
(・・・!)
優しい、余りにも、優しい。
なのに、悲しそうな瞳の・・・・・・・
ケイスケの笑顔が、俺を抱きしめていた・・・・・・・。

(俺は・・・・・死んだんだな・・・・・。)

夢なら、覚めないでくれ。
どうか、もうこのまま・・・・・・。

(背中が、焼けるように、熱い・・・・・・・・・・。)

頬に、何かが触れる。
唇に、暖かい・・・・・・なにかが・・・・。

声が・・・・・聴こえる・・・・・・・・・・・
懐かしい、胸の奥が震えるような、声が・・・・・・・・・・・・・

(ケイスケ・・・・?)
<<・・・・・・誰のものでもない・・・お前は・・・俺のものだ・・・・>>
張りのある、美しい、この声は・・・・・。

強く、抱きとめられる。
背後を切りつけられ、薄れ行く意識の中で見たものは・・・・・・・・。


降り積もる白い世界の中
恐ろしい炎を揺らめかせた
一度も忘れたことなどない。忘れることなど、出来ない。
・・・・・強烈な真紅の色彩・・・・・・。
まるで雪に咲く椿のような・・・・・鮮やかな・・・・・。





「・・・・・・・・アキラ・・・・・・・」












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