「アキラ」


誰かが・・・・・俺の名を呼んでいる。
すぐ傍で・・・・・懐かしい、美しく、張りのある・・・・・・・声が。
空ろな思考で混乱した頭を整理する。
長い・・・長い夢。
俺は・・・・どうしたのだろう?またこれは、いつもの夢の続き、目覚めたら・・・すべて壊れてしまう
シキが目覚めるという、儚い夢の続きでは無いのだろうか。
目をあけるのが怖い。もうこのまま・・・幸せな夢の中で、まどろんでいたい・・・・。

「・・・アキラ」
もう一度、強く声がする。
硬く目を閉じ・・・そしてゆっくり開いた。
緩やかな青い月光と共に・・・目に差し込む、美しい赤。
赤い瞳が・・・・・・強烈な・・・・赤が・・・・・視界を捉えて離さない。
「・・・・・・シキ・・・。」

目の覚めるような、真紅の眼差しをしたシキが、薄い色のカーディガンを羽織って立っていた。
少し痩せて、どこか以前よりも大人びて見える、・・・意識を持った、シキの姿。
こんな・・・・姿だったのか?
静かで・・・動じない。
このように、美しい姿をしていたのか?
背中がひどく痛む・・・・。かなり深い傷を受けたのだろう。
気がつくと、ベッドで治療された姿で横たわっていた。
どこから調達してきたのか、薬品の匂いが鼻を掠める。
手を少し持ち上げると、綺麗に包帯が巻かれていた。


シキが目覚めなければ、確実に、俺も、シキの命も無かった。
・・・・・あるいはもしかしたら、その方が幸せだったかもしれない。
シキが、目覚めた。
それは、トシマを出てから、俺とシキの旅の
ひとつの終わりを意味していた。

孤独で、悲しくて、残酷で・・・・・・・壊れそうなほど、もろく幸福だった旅の。
そしてまた、新たな始まり。
止まった時計が、静かに動き出したように。


「・・・生きていたか・・。」
アキラに言っているのか、シキが己自身に言っているのか。
恐ろしいほどの迫力で、ただ落とされる視線。
以前にも増して深く・・・悲しいような赤が、アキラを凝視している。
しかし何もかも焼き尽くすような狂気の赤ではなく、今は、美しい宝石のような静かな赤を宿していた。





「・・・・・・・・シキッ・・・!」
背中の痛みをこらえ、思わず手を伸す。
「・・・なぜ俺を生かしておいた、アキラ。」
問い詰めるような、シキの声が部屋に低く響く。
シキの・・・・・声。忘れることなど出来ない、美しい、この声。
「俺の生きながら死んでいく姿が見たかったか。」
「ちがうっ・・!」
思わず、叫んでいた。

「俺は・・・あんたに生きていてほしかった。」
痛みを忘れて起き上がる。
「あんたの声が・・・・・聞きたくて、もう一度だけでいい、聞きたくて、ただそれだけで俺は・・・・・。」
すぐ傍に座ったのシキの頬に手をやる。
夢ではないことを確かめたくて。

思いがけない行動に、戸惑ったシキの表情が浮かんだ。
懐かしい、感情のある表情。

「・・・・・っ・・・。」
強く目を閉じる。
込み上げるように涙が溢れた。
・・・・・・あたたかい・・・・シキの、頬が。
胸が・・・・ひどく締め付けられる。
長い、長い、長い・・・・・・夢。

シキの頬が温かい・・・・・。
それだけで、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。
これは・・・・・・夢では無い。
夢では無いのだ・・・・・。
シキが、頬にあてたアキラの手を掴む。
そのシキの手を逆に握り返し、今度は自分の頬にあてた。

頬に触れる、シキの指の感触。
もう、滑り落ちることの無い、シキの・・・・・・手。
「シキ・・・!」
精一杯の想いで抱きしめる。
「・・・・・・ばか・・・っやろう・・・・!」
シキが眠ってからの色々な記憶が、次から次へと、浮かんでは消えた。

「シキ・・・・本当に・・・シキ、だよな。俺のことが、わかるんだな?」
シキの目を覚まそうとして、叱咤激励した日々・・・。
それもむなしく日ごと闇に堕ちていく空ろなシキとの、悲しい・・・・けれど幸福だった日々。
「長い・・・・・・夢を見ていた。だが、もう夢を、見ることは無い。」
その表情がどこか悲しそうに見えた。
「闇より、光のほうが、・・・・・苦しいとはな。」
シキがアキラの頬に手をあてる。
「シキ・・?」
「・・・・あたたかいな。」
信じられない思いがして、今何が起こっているのか、しばらく理解できなかった。


シキが・・・・・・俺を・・・・・・・抱きしめている?
シキが、俺を・・・・・。
「・・・・っ・・・!」
目を閉じてシキを強く抱きしめる。・・・・・涙が止まらなかった。
今まで、これほど泣いたことは無かった。
涙がこれほど痛いとは知らなかった。
抱きしめられ、シキに触れたところ全てが、痛いように感じる。
触れたところから、あたたかい血が流れ出すように。
・・・・・それなのに
どうしてこうも幸せなのだろう?
このような苦しみが、どうして。
ブラスターでも、トシマでも感じなかった生を、
どうして強く、今、感じるのだろう?
この苦しみの深さが、この罪の重さが、より鮮烈で、激しい生を感じさせるとでも言うように。


求めることよりも
ただひたすら与えることのほうが
幸せだった日々・・・・・・
今はもう解る
何故自分がシキの傍を離れなかったのかを。
それは俺自身の生きる理由であったから。
俺はただ・・・与え続けたかったのだ。
透明で、見えない、確かな・・・想いを。


命そのものを抱きしめるように
そして溢れる血を確かめるように
抱きしめたその手を、ずっと離せなかった・・・・・・・・。
















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