きっかけは、通り魔だった。

つまらない失敗がきっかけで、俺はアキラより随分と帰りが遅くなってしまった。
後でまた会えるのというのに、心が急いているのが解る。
思いがけずてこずった失敗を全て直し終わって、帰路に着くにはもうすっかり日も暮れ、
星も無い闇が広がっていた。


「・・・あ〜あ・・・。駄目だなぁ・・・俺ってやっぱり・・・。」
情けなくなり、深いため息をつく。
アキラは仕事の飲み込みも早く、技術面での失敗はほとんどしない。
俺は真面目だと自分では思うが、どこかで失敗ばかりしている。
アキラには迷惑かけっぱなしだ。アキラを守りたい・・・なんて思ってはいるが、
実際アキラに守られているように思えてしかたがない。
「情けないよな・・・・。」
油ですす汚れた手を見つめる。
アキラに何か美味しいものを・・・アキラに格好いい服を・・・といつも思うが、
少ない給料で生活するのがやっとで、
またアキラが必要以上に世話をやかれるのも嫌がっているのがよく解った。

同じでいい、とアキラはいつもいう。
ケイスケと同じでいい、と。

でも俺は、アキラにはいつも笑っていて欲しい。
アキラには俺より美味しいものを食べて、俺より満足な生活をして欲しい。
本当は、油でなんて汚れてほしくない。きつい労働なんてしてほしくない。
確かに一緒に仕事をして、一緒の時間を過ごせるのはこの上なく幸福だと解っている。
でもアキラには、アキラには・・・・・・満ち足りていてほしいといつも思ってしまうのだ。
生活で苦労を、させたくない。
「やっぱり・・・俺が頑張らなきゃな。アキラの為に。」
油まみれのひどく汚れた手を、ぎゅっとにぎりしめた。



顔と手の汚れを水道で手早く落とし、
急ぎ足で自転車に乗る。
空は重い闇が覆っていた。星も見えない・・・・・雨になりそうだ。
工場から会社まで、自転車で30分ほどかかる。
街頭も消えた暗闇の道をひたすらアキラを思ってこいだ。
「こんなに遅くなって・・・・・アキラ心配してるかな・・・。」
遅くなるかも、と言ってアキラが手伝うといったのを頑なに断ったのは自分だ。
アキラには早く帰って休んでもらいたい。
自分のせいで、アキラをさらに疲れさせたくは無かった。
帰ったら、もしかしてアキラは何か作ってくれてるかな・・・。
穏やかな幸せに胸が温かくなるのが解る。
自転車のペダルをいっそう強く踏んだ、そのとき・・・・・・。

遠くで
叫ぶ声が聴こえたような気がした。
気のせいだと、思えばそれまでのような、かすかな・・・・・。
「誰か・・・・・・・・・・た・・・す・・・。」
一瞬と惑い、考える。
自転車を止めた。
かすかな声はもう聴こえないが、そちらのほうへそろりと自転車を移動する。
気のせいであって欲しい。
ただの聞き間違いであってほしい・・・・・。
早く帰らなければ、家ではアキラが、心配して待っているのだから・・・・・・。

いつもの帰り道と違う角を曲がり、ゆっくりと声がしたほうへ自転車を押した。
「あ・・・あの・・・。」
恐る恐る声を掛けた。
「あの・・・・・誰か、いますか?大丈夫ですか?」
ひゅ、と見知らぬ男が、こちらにナイフを向けて襲い掛かるのを、どこか遠いところで立っているような気持ちで聞いた・・・・・・。





どれくらい、たっただろうか・・・・・。

気がつくと、一人、道の真ん中に立っていた。

つん、と錆びた鉄のような独特のにおいが鼻をつく。
何か、とても気持ちが良い。
この高揚感・・・・・どこかで、味わったことがある・・・・・・どこかで、そう、どこかで・・・・。
そして目の前を見つめる。

この景色・・・・
この匂い・・・・・・・・
そして、俺は・・・・・・・・・

手を見た。

生臭い、におい・・・・。
これは・・・・・・・・・・・?


べっとりと、血まみれの手が、ナイフを握り締めていた・・・・・。

頭の中で、狂ったような笑い声を聴いた気がした・・・・・・・。

















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