・・・やっときたな。

俺の顔をした男が嬉しそうに笑う。顔も服も、血で真っ赤に染まりながら。

「分かってる。俺は・・・・お前のせいだけにしない。
お前を生み出したのは俺だから・・・。」


・・・・・そうだ。お前は、俺だ。けれど、知っているだろう?
俺はお前より強い。お前が弱く、自信が無くて、
倒れそうなのを奮い立たせてやったのは、俺だ。


アキラよりも、強い力を与えてやったのも、俺だ。
なぁ・・・・・早く死ねよ・・・・・・目障りなんだよ・・・・・
何もかも忘れたふりをして・・・幸せそうに生きるお前がさぁ・・・・・



奴が両手を広げて叫んだ。


「俺は・・・・・」


声が震える。
もう一人の俺は、強い。力も、そして、精神も。けれど・・・・・

「俺は・・・・・・・・罪を忘れているわけじゃ無い。
もし俺の命で、殺した人に罪滅ぼしが出来るなら
俺は今すぐにでも、この命を差し出すつもりだ。けど・・・。」


・・・・・何言ってんだよ・・・・臆病なくせに・・・・・・
もっと・・・・・叫べよ・・・・・怖いんだろう・・・・?泣き叫べよ・・・・・


「・・・・・けれど、俺は死ねない。お前に、アキラを渡すことなんて、絶対に出来ない。
たとえ俺がどうなっても・・・。
お前だけは目覚めさせるわけにはいかない。」

本気で・・・・・・勝てると思ってるのか?・・・・・臆病なお前が・・・。
俺はお前の本当の欲望をただ満たしてやっているだけだ・・・
お前が本心はそう望んでいることをな。


「・・・・・・。」


恐ろしい視線が、こちらへ向けられる。恐怖で、足がすくむ・・・。
ぞっとする。本当に・・・これは俺なのか?
同じ容貌をした、この毒を吐くような男は。


「俺はもう、以前の、俺じゃない。・・・・・・・・俺は・・・・・もう守りたいものを持っている。
例え力がなくて、弱くて卑怯で、情けないやつだったとしても・・・・・。」

もう一人の俺が、大きなナイフを持ってゆっくりと・・・こちらへ近づいてきた。
その姿が、先日の通り魔の姿と重なった。


お前はもう罪を犯してるんだよ・・・・・アキラは、俺がめちゃくちゃにしてやった。
気持ちいいよなぁ・・・・それもお前が望んだんだろぉ?まともなふりしてさぁ・・・。
本当は殺したくて殺したくて、たまらないいんだろう?


アキラの泣き叫んで命乞いする姿が、見たいんだろう?
なぁ・・・・もういい加減に気づけよ。



本当に楽しげな顔をして、俺の顔をしたもう一人の俺が笑う。


知らないと思ってるのか?いい子ぶっているお前が、
本当は俺がアキラにすることを、心の奥底で喜んでいたことをな。



「・・・・・・違うっ・・!」
・・・奴に呑まれてはいけない。
前を見据えた。
さらに近づいてくる。
そして
息がかかるほど、すぐ傍へ来て、止まった。


お前・・・面白いこと言うよなぁ・・・・・。

覗き込んで、暗い瞳で、笑った。

何が違うって?俺は、お前なんだよ。
何だよその目は・・・。俺を殺したいのか?
俺を殺すと・・・・・お前一人の精神じゃ・・・
この罪悪感に耐え切れなくなって・・・・・・死ぬぜ。

俺がいたから、お前の弱い精神は持っていたんだ。
お前が生きていられるのは、俺のお陰ってわけだ。



体が痙攣する。恐怖で、血の気が引いていくのが解る。


俺はお前を殺してもなんとも思わない。だいたい俺は罪なんて感じない。
俺は楽しくてたまらないんだ・・・
泣き叫んで、命乞いをする、哀れな奴らを見るのがな。
それにどんな醜い奴だって・・・血は・・・ほら、綺麗だろう?


目の前の恐怖に動けない、一歩も。
汗が滲む。



・・・突然

もう一人の俺が・・・・・俺を抱きかかえるように引き寄せる。
強烈な熱さを身体に感じ思わず後ずさった。

「・・・・・・っ!!!」

強い力で、ナイフが、腹へめり込まれる。


鮮血が、迸る。
ぎりぎりと引き裂かれる肉の痛み。
激痛で、意識が飛びそうになった。
力が抜け、目の前が暗くなる。
声にならない悲鳴。
・・・・・・・絶望・・・・・・・・。



・・・一生懸命に生きていると思っていた。
ただアキラが好きで、アキラと幸せになりたくて・・・・・・
自分はアキラと普通に、生きていけると信じていた・・・。
アキラと平凡な日々を・・・一緒に暮らしていけるのだと。
笑ったり、泣いたりしながら、静かに生きていけるのだと。
でもそんなことは、出来るわけがなかったんだ・・・・・。



あははっははは・・・ははははは!
お別れだな、ケイスケ・・・!


霞れゆく意識の中、目の前の俺が笑う声が聴こえる・・・。

臆病な・・・俺・・・・・
やはり、何も変わらない、アキラに迷惑かけてばかりの・・・・・
弱くて、卑怯で、駄目な・・・・俺・・・・。



「何度も言わせるな。俺は・・・・・お前がいるから・・・。」
崩れかけて・・・はっとする。


「生きているんだって忘れるな。
それが好きだっていう言葉で表現できるものだったら、何度も言ってやる。
・・・・俺はお前しかいない・・・。好きだ。」






瞬間・・・・・・・・・・・・・







勝ち誇った顔をして笑う目の前の俺を、強く抱きしめた。
驚いた表情で、奴が俺を見つめる。
俺が出来ることは抱きしめるだけだった。
ただいつもいつも、・・・それだけだった。


はなせ・・・・っ!!


強い力で、もがく。
ナイフを、腹から引き抜いた。




俺を殺したら、・・・お前の精神が壊れて・・・・・お前も死ぬ。
かまわないのか?





「・・・・・・かわまない。」



俺は死んでしまっても・・・・・・・・。




アキラ・・・・ごめん・・・
もう会えないかもしれない・・・・・アキラ。



アキラ、アキラ、アキラ、アキラ・・・・・・・・・。
・・・・・愛してる・・・・・・・・。
・・・・・・・もう・・・・・・・逃げない。




お前っ・・・・?
離さない俺を、驚愕の瞳で見つめる。
目を閉じ、さらに強く、もう一人の俺を抱きしめた。


・・・・・・



やめろーーーーーー!!!




絶叫する。
腹から抜いたナイフをもう一人の俺自身へ深く、刺し貫いていた・・・・・・・・・。









・・・・・・・・・・・・

















・・・・・・・・・・・・・・・
闇の中で随分時が過ぎた気がする。
物音はしない・・・・・。
奴の姿は、もうどこにも無かった。

・・・まだ生きている。
夢の中で目覚めて、悪夢が覚めていないことを知る。


両手についた、血・・・・・・。
そしてえぐられるような痛み。
腹からは大量の血が流れ出しているのが解る。


俺を殺すと・・・・・お前一人の精神じゃ・・・
この罪悪感に耐え切れなくなって・・・死ぬぜ。


奴の声がまだ耳に残って鋭く響く。

横たわりながら・・・そっと目を開ける。
息を呑んだ。じっとりと、汗がにじむ。
おびただしい・・・・・・死体が転がっている。
俺自身が・・・・・・犯した罪。




少し目を細めた。
目を・・・・・閉じてしまったら、どんなに楽だろう・・・・・。
もうこのまま、全てを忘れられたら。





・・・・・・・・・・。




涙が・・・・・・止まらない。





・・・・・悲しい、悲しい、悲しい、悲しい、悲しい・・・・・・・・・。



悲しみで、
死んでしまそうだ。


アキラ


アキラ
アキラ


俺は・・・・・・
俺はもう、笑えないのかな。

アキラ
俺はもう、このまま・・・
目を覚ましてはいけないのかな・・・・。

アキラ
俺は本当は
生きていてはいけないのかな・・・・・。













・・・・・
ごめん・・・・

アキラ・・・・・
俺・・・・もう・・・・・

駄目・・・みたいだ・・・・・・。




徐々に呼吸が弱くなっていくのを感じる。
意識も・・・・遠のいていく・・・。




でも俺・・・・・逃げなかったよ。






俺がこのまま目覚めなかったら

アキラはどう思うかな・・・・

ほんの少しでも・・悲しんで
くれるかな・・・・・・


迷惑ばかりかけて
いつも怒らせてばかりで、いらいらさせて


ごめん・・・・・・・

アキラ

アキラ
アキラ
アキラ
アキラ
アキラ・・・・

血以外何も見えない

何も見えない・・・・・・・・・
何も見えないよ・・・・・・・・。



アキラ・・・・・・





死んでいくって・・・・・・
こういうことなのかな・・・・・・・・



アキラ・・・・
ごめん・・・・信じてっていったのに
・・・・約束・・・・守れそうに・・・・・・ない・・・。




(ケイスケ・・・・・)




アキラ・・・?



(ケイスケ死ぬな・・・)








アキラ?・・・ごめん・・・・俺・・・・もう立ち上がれないよ・・・・・。







(俺を置いて・・・・行くな。)





アキラ?





(目を覚ましてくれ)



・・・・・



(・・・・生きてくれ)










・・・・・・・・・・・・・
















・・・・・・・・・・・・・・・・?










これはなんだろう・・・・・。
とてもあたたかいものが、俺の頬を伝う。
優しい・・・・・・・・とても、甘い匂い・・・。

なんだろう・・・・・・・。

・・・・・・雨・・・・?










なんて優しい匂い・・・・・・・





それでこのおびただしい血の匂いが
消えることはないけれど



なんて優しい・・・・・・・



優しい・・・・・このまま濡れていたいくらいだ。


知らなかった・・・・
こんなに優しい雨があるなんて・・・・・
・・・・・・・・



雨が、俺を包む
ただ黙って、空から降ってくる、桃色の雨。
優しい・・・・・雨が・・・・こんなにも。
・・・静かに身体を濡らしていく。
溶けて・・・・・しまうそうだ・・・・・。



この優しい、雨に。







何もかも・・・・・・全てが・・・・・・
染まっていく・・・・・・。







優しい雨の色に・・・・・・。










アキラの色に・・・・・。













・・・・・・・・・・・・・アキラ・・・・・・・・





















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