欲しいもの
arc2
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「ねえ、エルク。今、何か欲しいものってあるかい?」
 シルバーノアの一室の中。
 唐突に訊いてきた部屋の持ち主の顔を、エルクは殊更まじまじと眺めた。
「うーん……別にねえよ」
「何もないの?」
「だってさ、欲しいものを欲張ったらキリがねえし、それに無理に望まなくたって」
「何?」
「な、何でもないっ。い、いいからもう寝ようぜ、アーク」
 ふと言葉を切って、エルクは言葉を濁すように自分の隣、その寝台の上を叩いた。
 その場所は恋人であるアークの寝る場所だが、エルクの顔が赤い事に気付いたアークが、ふっ…と笑って横になろうとしていたエルクの躰を自分の方に引き寄せた。
「わっ」
「気になるな…。教えろよ、エルク」
 寝台の上で胡座を掻くアークの腕の中に引き摺り込まれたエルクが、ぼふっと更に頬を紅潮させてその場で固まってしまう。
 耳元で囁くのは反則だ、とエルクが心密かに罵りながら。
「明日はお前の誕生日だから…お前が望むものなら何でも叶えてあげたいと思ったんだけど」
 つと視線を伏せて、アークは声の調子を抑えた。どこか艶めいた、甘い響きを含ませた口調で。
「本当に、何も欲しいものは無いのかい? エルク」
「な…ないよ」
「本当に?」
「……だ…だって欲しいものは、もう手に入ってるから…っ」
 だから望むものなんか無いんだ、と掠れた声でエルクが言う。
 くすっと小さく微笑んで、アークは俯くエルクの顔を上向かせた。
「嬉しいな。欲しいものって…俺なんだ?」
「く、口に出してわざわざ確認するな、ば…っ」
 不意に押し付けられたアークの唇に、続く筈の文句を塞がれて。
 驚く暇も与えられず、エルクは思うさまアークに口付けを堪能されて甘やかな吐息を零した。
「手に入っているから、なんて言うな。想いに底なんて無いんだから、もっと欲張って良いんだよ。エルク」
 愛しげに小さな躰を抱き締めて、アークは腕の中の存在に自身の顔を映し見た。
「お前が望むなら、俺は幾らだってその願いを叶える。全てお前に捧げるよ。エルク」
 見詰め返す濃紫の瞳に視線を重ねてアークが言うと、エルクが照れ臭そうに再び顔を俯かせた。
「余り甘やかすんじゃねえよ……馬鹿」
「俺が、そうしたくてやっているだけだから。お前は何も気にしなくて良いよ」
「だ、だからキリがないんだよっ。あんたの所為で俺は…どんどん欲張りになっちまってるのにっ」
「欲張ればいい。望むだけあげるから、もっと俺に甘えて。俺だけを見ていれば良いから…」
 顔を俯かせているのでその表情は見えなくても、耳まで赤くしているエルクの様子を見れば、エルクが今何を考えているかアークにはすぐに分かった。
「形の残る物は、他の人からもあげられるけどさ。だけどエルクが心から欲しいものをあげられるのは、俺しかいないだろう?」
「…………そこでぬけぬけと言い切るな」
 恥ずかしい奴、と言い足して小さく唸るエルクを、
「本当の事だろう?」
 そう言って、アークが優しい笑みで黙らせる。
 けれども、明日のエルクの誕生日に関して、しっかりとエルクへの贈り物をちゃんと用意しているアークは、やっぱり抜け目がなかったが。
「エルク」
「…何だよ」
「お前が欲しいものを言わないのなら、逆に俺が欲しいものを言っても良いか?」
「えっ!? な、なな何を言うつもりだよっ!?」
 ぎょっと慌てるエルクを逃がさないように捕まえたまま、ふっ、とアークが笑みを零してエルクの顔を見下ろした。
「一緒に…寝ようか?」
「…ね、寝るだけだぞ」
「うん。だから、お前が安心できる温もりを分けてあげるから」
 楽しそうに言葉を紡ぐアークに押し倒される形で、そのままエルクの躰がアークの腕の中に抱き込まれる。
 エルクが何よりも安心できる、彼の腕の中へと。
「あっ…」
「エルク…ずっと側にいるから、安心してもうお休み」
「うん…。おやすみ…アーク」
「うん。おやすみ、エルク」
 夢路の中でも俺を出してくれると嬉しいな、と心の中で付け足して。
 眠りにつく恋人を腕の中に閉じ込めたまま、アークも同じように眼を閉じる。



 ――エルクが望むもの。
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