Starting afresh-向き合った心-

「城の地下で、炎の精霊に会った」
 そう言った濃紫の瞳に宿る光が、本来の彼が持つ力なのだろう。
 目覚めた時とはまるで別人だ。
 これが気高い炎の精霊の力を受け継ぐ者。
 アークが救いたかった力を守れてよかった。ククルは心からそう思う。
「アンデルの狙いは、ここにある封印です。私の身など、どうなろうと構わない。でも私がここを動くわけには…封印を守るための結界を解くわけにはいかない」
「オレが行く」
 はっきりとした声に、ククルは口を閉じた。
 間違いなくひとつ壁を越えたエルクの顔をじっと見つめる。
 その視線の意味に気付いているのだろう、視線をそらすことなく、口調を変えることなく、続ける。
「ククル、オレはずっと復讐を果たすためだけに生きてきた。自分のことなんてどうでもよかった。復讐を果たしたら死のうとすら決めてた」
 15歳の少年が何の感情を含ますことなくそう口にした。
「そのくせあんた達への疑いが揺らいだとき、自分の積み上げたものにしがみついて、目をそらした。それに気付いたとき、分かったんだ。オレは過去を言い訳につかって死にたがっているだけなんだって!『復讐を果たしたらようやく死ねる』って思ってるだけなんだって!」

「みんな…生きろって!こんなオレに言ってくれていたのに…!」

 それは悲痛の叫びだった。心の一番柔らかい部分をえぐるような叫びだった。
 ククルは目をそらさない。エルクもまたそらさない。
「問題なのは過去じゃなかった…オレ自身にあったんだ」
 ぎゅっと手に持つリーフの珠を握りしめた。自分を信じて、渡してくれた元兵士の姿が不思議と浮かんだ。
 少し潤んだ瞳に、松明の炎が揺れる。
「だから、行く。復讐じゃなく、もうミリルやジーン、ピュルカの民のような犠牲者を出さないために」
 その決意が、過去との決別が、どれほどの勇気のもとで導き出されたのかククルは量ることしかできない。
 けれど。
 ククルは微笑む。
「ありがとう。必ずみんなを助けて…戻って来て下さい」
 エルクはしっかりと頷いた。



「おかしいなぁ、ここの地下牢にみんな捕まってるって聞いたんだけど…」
 隠し通路を抜け、敵がいないことをいいことに、ポコは敵陣を悠々と歩く。
 後ろをついてくるぴょこぴょこと響く足音を確認しつつ、壁のスイッチをおもむろに押すと、開かれた扉に身をくぐらせた。
 広いのに意図をもって作られている印象をうける一方通行の通路に眉をひそめる。
「ヂーク、」
 不信感をもって振り向くと、気配を感じる間もなく背後の扉から軍服姿の兵士が出てきた。
「げっ!」
「き、貴様、何者だ!?」
 慌てて退路へと走るも、タイミングを計ったように衛兵達が現れた。
「ま、まっずい〜!!」
「大人しくしろ!」
 そう言われて大人しくする者は一味にいない。
 そう思いつつも、完全に挟まれてしまったポコは、上着の中に手を突っこんだまま頭を急速回転させた。
 どっちを倒す?いや、倒せるのか?
「何事だ?」
 唐突に聞こえてきた声に、ビクッと自分の体が震えた。目を見開き、声のする方向へ思いっきり首を回す。
 緑の特徴的な服装。エルクと同じ色を纏いながら、自分の胸に広がる感情は正反対だ。
「…アンデル!!」
「おやおや、これはこれは、元スメリア精鋭部隊のポコさんではありませんか」
 その声も、にやりと口角を上げる笑い方も、何もかもが気に食わない。
「こんな所で会うとは、奇遇ですなぁ」
「相変わらず、とぼけた話し方をするね」
 我ながら皮肉めいた笑い方だと、思う。仲間には絶対見せたくないなとも。
「アンデル、村の人達をどこにやったの!?」
「フフフ、無事ですよ…今の所はね。丁度良い、貴方にもククルをあの場所から誘い出す餌になってもらいましょう」
「ククルは来るもんか。こっちには強い味方が出来たんだからな」
 口に出してみて、目に浮かぶのは、泣き出しそうに申し訳なさそうに笑う姿だ。
 彼は、強い。戦闘能力の高さ以上に、その精神が。
 過去と自分に向き合い、乗り越えた、その心が。
 城に行くのを嫌がって、言い訳を並べて後回しにしていた、自分なんかよりずっとずっと。
「ほう、勇者殿にお仲間が…それは楽しみですなぁ。では、私は用があるのでこれで…」
「待ってよ、逃げるの!?」
「逃げる?」
 鼻で笑い、小さく呪文を唱えたかと思うと、ポコの周囲に、精神的なダメージを与えるための雷魔法が落ちる。
 分かっているのに、身がすくんだ。自分には勝てないと本能が叫ぶ。
「少しは、口の利き方に気を付けてほしいものですな。連れて行け!」
 アンデルの指示に、両サイドからガッチリと拘束される。
 歩けと、足を小突かれる。
 その不快感も加えて精一杯の皮肉をこめて、ポコは笑ってアンデルを睨みつけた。
「どこに閉じ込めようと無駄だよ。彼がきっと助けに来てくれるからね」
 そして自分の発言へのアンデルの表情の変化を見ることなく、ポコは連行に従った。



「パレンシアタワーか…」
 高くそびえ立つ塔は、精霊の国と呼ばれる静かで低い建物ばかりのスメリアで、非常にちぐはぐに見える。
 その周囲を取り囲む壁もまた同様の印象だ。
 ぐるりと周辺を確認してみて、ポコが抜け道を探していた理由が分かった。
(正面突破…か)
 正面に配置された関門しか出入りできる場所はないようだ。
 そのわりに見張りの守衛は1人と、ガードは甘いが。
 ハンターに下調べは必須。だが罠だろうかと考える時間すらも今はない。
 エルクはポンチョを翻し、詰問所の中に守衛が入って行く動きに意識を集中させつつ歩きだす。
 もうすぐで突破だというところで、塔の中にちらちら見える守衛がやけに浮ついた雰囲気を持つことに気付く。
(ポコのやつ…バレずに上手くやってる…ってことか…?)
 それにしては、雰囲気がおかしいような…。
「誰だ!? ぐっ!!」
 横からの声と掴みかかってくる影、その鳩尾に、反射的に一発拳を叩きこんだ。
 声もあげずにどさりと横たわる守衛を、苦々しげに見下ろしていると、塔の中から1人こちらへと向かってくる姿に気付く。
 慌てて、守衛と自身を詰問所に押し込んだ。
 外の様子を窺いつつも、この状況は非常にいただけない。
(どうする?)
 ポコと合流するまでは目立たずにいたいところだ。
 もう一度、気絶させた守衛を見下ろして、その体格が自分とそう変わらないことを感じた瞬間、どこかの推理漫画よろしく、ピンっと頭に光が灯る感覚をもった。
 正直言ってやりたくない、ビジュアル的にやりたくないが。
(迷ってる暇はない!)
 エルクは守衛に手を伸ばした。


「おい、交代の時間だ」
 扉を挟んで聞こえた声に、結んだ紐から手を離す。
 コホンとひとつ息をついて立ち上がる。
「おい、聞こえないのか?」
 自分の服装を見渡し、顔をしかめる。
 何もかもそうだが、特に帽子の先端が後ろに垂れさがるデザインが不思議と不愉快で。
 そんな帽子を深く被り直して扉を開けた。
「はい」
 大切なのは印象。エルクはまっすぐと兵士を見る。
「…何でしょうか?」
「見張りの交代だよ」
 目の前の兵士は自分に露ほども疑問を抱かなかったらしい。
 突発的で無計画だったが、無事に守衛に成り代われたようだ。
 ひとまず安心っと内心息を吐く。
「分かりました。で、見張るのは?」
「アーク一味のポコを捕まえたので、それを見張れとの事だ」
「何だって!? それは本当なのか!?」
 そう言ってしまって、慌てて口を押さえるも、それが墓穴だと気づく。
(しまった…つい)
 当然見逃してくれるはずもなく、驚愕の視線を見せる兵士に、思わず舌打ちした。
 2度3度も失敗を積み重ねると自己嫌悪にも陥れない。
「誰だ、貴様は!?」
 だから。
「仕方ない」
 前に進むしかない。
「?!…ぐっ…!」
 気絶させない程度に腹に一発。
 崩れる兵士の胸倉を掴み上げる。
「で、ポコはどこに捕まっているんだ?」
 シュウを真似して冷やかに問い詰めると、兵士はヒッと短く悲鳴を上げた。
「た、タワーの…地下に…」
 そう言っておそるおそる両手を上げる兵士から手を離す。
「ポコは地下牢か…」
 タワーを見上げ、小さく悲鳴を上げて昏倒した兵士を見下ろすと、守衛と同じように詰問所に押し込む。
 そうして背中に垂れさがる帽子の先端を掻きあげると、エルクはタワーへと歩き出した。

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前半エルクの台詞は私的解釈な原作無視。
エルクの「殺したいのなら殺せばいい…しかし、仲間を助けるまでは待って欲しい」を受けてみました。
中盤捕まる前のポコは、本当に珍しいくらいアンデルに食ってかかりますよね。だから好きです^^
さーて、エルクがようやくシリアス脱出…かな?笑


09/09/03