第12話 能力を使った日11
「じいちゃんはこの能力があってよかったことってあんの?」
夕日に手をかざして、じっと見つめる。
真っ白の清潔といえばそうなのだけど、無機質な部屋のベットにこしかけた少年は、隣に腰掛けた老人に尋ねる。
自分と同様の能力を有している祖父へと。
「む…正直に言うと悪いことが多すぎるの」
「…例えば?」
「お前にはまだ早いが、ばあさんに触れられないのはなかなか拷問じゃった」
「え、でも触れないと」
「まあ、な。…宗はこの能力が嫌いか?」
「嫌い」
あまりにも早すぎる答えに老人は苦笑するしかなく。
ずっと手のひらを見ていた少年は、ゆっくりと老人の方へと目を向けて。
「でも、」
「ん?」
「でも、あんたの孫だって分かる証だから、複雑だ」
なんてなと軽く笑ってまた手のひらを見た少年は気付かない。
優しく暖かく自分を見ている老人に。
「ただいま〜」
そう言って玄関をくぐり抜けてきた仁に、先を歩いていた宗は苦笑して、おかえりと呟いた。
こういうときにとっさに『ただいま』とでてくる少年が少し羨ましい。
まあそんなこと口にするつもりは毛頭ないが。
靴を脱いだ優の手が自分に伸ばされたのに気付いた宗は、少し躊躇してからその手をちゃんと握ってやる。
すると少し眠そうな瞳がたしかに笑った。
その表情とは裏腹に、宗はどこか悲しそうな笑みをかえした。
やっぱりかと小さく呟いて。
「…ジン、座って待ってろよ。話の続きは…後で良いよな?」
「ああ、もちろんや」
「サンキュ、じゃあ優も座って待ってな」
そう言って優の手を離そうとするが、優はぶんぶん首を振ってそれを拒否した。
不安なのか、しっかりと自分を見上げる優に宗は仕方がないと手を離すことを諦めて、台所へと向かう。
途中にある電話で母に連絡しようとしたら、優に妨害されてしまった。
片手一本で料理なんざ出来やしないけど、まあなんとかするしかないってことで。
器用に作業を進めていく中、優は一言も喋らずにじっとしている。
手はまるで離してしまったら最後だといわんばかりにきつくきつく握りしめていた。
「ごちそーさまっ」
かちゃんと茶碗と箸の触れる音。
深夜の純和風の民家で、ごく自然な食事の終わり方、なのに空気は重い。
食事中、食後のことが気になって元気いっぱいの仁でさえ無言で、ただでさえ口数の少ない宗はいつもの5割り増しぐらい沈黙で、優はほぼうつむいていた。
ごちそうさまと兄妹もつづいて合掌し、時間がやってきた。
食器を机に置いたまま、最初に口を開いたのは、宗。
ただしそれは不安と期待で待っていた仁に対してではなかった。
「優、今日保育園で何があった?」
その言葉は決してせめるような口調ではなくて、何もかもお見通しというか、むしろ諦めというかが入り交じっていた。
優は怒られたようにびくんと体を震わせると机の下で拳を強く握り、耐えるように沈黙とおす。
そんな妹に諭すように宗は言葉を続ける。
「コエが聞こえたんだろう?」
「!」
今度は先程とは違う驚き方。バッと顔を上げて、ほんの少し口を開いて、唖然と言う表現が一番合う表情となる。
その顔をどこまでも落ち着いて宗は見つめる。その眼差しは憂いを見て取れた。
「ジン」
「は、はいっ」
突然話が振られて、その声は冷たくて仁はついかしこまって答える。
そして音を立ててつばを飲み込んで、正座して次の言葉をまった。
「オレと優、それにじいちゃんは―恒温動物の心の声が、触れることで聞こえるんだ」
「…はい?」
自分でも間抜けだと思う返事の仕方を仁はした。
しかし宗は笑わない。真剣そのもので、それが部屋の空気をかえようとしない。
優は隣に座る兄をまじまじと見つめる。
「つまり、お前が心の中で思っていることが触ることで分かんだよ、オレには」
「オレの心ん中やて?」
「ああ」
試してやるよと、どこか自嘲気味に呟いて、宗は一気に間合いを詰めると、仁の腕を掴んだ。
そして、悲しそうに顔をゆがめて宗は手を離した。
2秒ほどの短い行動だった。
「『そんな小説や映画じゃあるまいし』ってとこか。まぁ、仕方ないけど」
そう言った宗に、仁はぞっとする。
まだ信じられないけど、本能は分かっているのか?彼が言っていることは本当だと。
お前はこの4年間思ったこと感じたことがこの少年に筒抜けだったのだと。
やな汗だ、本当に。
そんなことを仁が感じたのに気付いたのだろう、宗はほんの少し微笑んで。
「帰りな。大丈夫だって、人間ってのは常識以上の変なものには嫌悪感じるようになってるから。お前が悪いんじゃない。だから、帰れ。二度と会わないから」
その言葉にカチンときた。
「はぁっ!?お前何言ってんや、阿呆!」
そう勢いよく仁は言い切った。
ご丁寧に人差し指をつきだして。
そして考える。
4年間、4年間友達やってるんだ。宗のことは知っている。
宗と静かに聞いていた優は同じようにビックリした。
「な、お前こそ何言ってるんだよ!オレのこと気持ち悪いとか思ってるくせに?!」
「誰もそんなこと言ってへんやんけ!」
「はぁ!?なんだそれは、言ってる言ってないの問題じゃないだろーが!」
「だからお前は阿呆やっていっとるやんけ。何勝手にオレのこと決めよんや!」
「じゃあ何だよ!言ってみろよ、オレにごまかしは通用しない!お前は優しいから同情してんだろっ」
「っ…この阿呆!」
ぐいっと今度は仁が宗の腕を掴んで引き寄せた。
驚いて動きを止めた宗に構わず仁はまくしたてる。
「ほら、聞いてみればいいやんけ!同情なんかじゃないってな!」
聞いた当初は宗の言うとおりだった、嫌悪だった、逃げ出したくなった。
でも4年間はそんなに薄くはない。
宗はどうして言うことになった?自分だ、自分が聞いたから。
そのときの表情はどうだった?彼はなんて言った?
そして今の表情はどうだ?それが彼の本心だと、思うのか?
ここで逃げたら、自分は確実に後悔する。
「…聞こえた」
そういって顔を上げた宗は微笑んでいた。
back / next
脱・シリアス!
なんでこうも仁が男前っぽくて、宗が乙女なのか今更不思議に思い始めました。
なんだ、これは?です。
打ち込んでて一番楽しかったのは、宗と仁の言い合いです、こういうの大好きw
さてさて、もうすぐ第1部完って感じです。やったね☆
05-07-02