第11話 能力を使った日10

 自分と正反対の彼女。
 どこまでも仏頂面の自分に対して彼女はどこまでも明るい。
 誰とでもすぐに話すことが出来る人なつっこい性格。
 見る人の笑顔を引き出す、太陽みたいな笑顔はいつも浮かんでいて。
 ころころと変わる表情と、大人びて見せようと時々すましたりする。
 そんな彼女がどうして自分を好いてくれているのか、近くに寄ってくるのか。
 そうやって…微笑みかけるのか。
 今でも不思議なこと。



 飛び込んだ優を兄・宗はがっちりと受け止める。
 しかし何かに驚いたように、腕に飛び込んできた妹を慌てて引き離してまじまじとその顔を、涙でぐしゃぐしゃになりながらもきょとんと見てくる顔を見つめ、今度は包み込むように、抱きしめる。
「優、大丈夫か?怪我とか…してないよな?」
 心配そうに尋ねる兄に、優はにっこりと涙を浮かべながらも笑って首を縦に振った。
 よかったと宗は安堵の笑顔を見せると、やっと優の後ろに見える結宇に気づき、目を見開いた。
「…君は…」
 するとやっと後ろを追ってきていた人物…宗と同じくらいの年齢だろう少年だ…が到着し、優を見て安堵の表情を浮かべ、これまた結宇を見ると目を見開き驚いた。
「お前…結宇か!?」
「ジン、お前知ってるのか」
 宗は少年に驚いたように尋ねた。少年は結宇を見たまま頷く。
 黙って成り行きを見ていた結宇は少年を見つめ返すと、微笑んだ。
「仁…お久しぶり」
「やっぱ結宇か!ほんま懐かしいなあ!」
「ええ、本当に」
 懐かしそうにお互い笑みを浮かべて話す少年・仁と結宇に、兄妹は困惑したように見つめる。
 その視線に気付いた仁は恥ずかしそうに笑ってみせると、兄妹に教える。
「えとやな、シュウ。こいつは…」
「こんばんは、弟切さん」
 結宇はにっこりと宗に笑いかけた。宗はどうもと軽く頭を下げる。離さないのか優を抱いたままで。
「へ?お前ら知り合いなん?」
 間抜けな声を上げた仁に宗はまあなと苦笑を浮かべて答える。
 そして結宇に向き直った。
「それより…えと…」
「結宇ねぇちゃんだよ。優とね、おんなじ名前なの」
「そうなんだ。とにかく、優を…なんていうか、その…ありがとう。助かった」
「いえ」
 にっこり微笑んだ結宇につられて、宗も軽く笑った。
 なにやらほんわかとしてきた宗と結宇の会話が終わるのをそわそわと待っていた仁は、今がチャンスと仁は尋ねる。
「結宇は今どこ住んどんや?」
「この公園の隣よ、あのマンション。ここの自動販売機に買いに来たら、優ちゃんに出会ったの。ね」
「ね〜」
 涙を拭って嬉しそうに言う優に、宗は不思議そうに優と結宇をみくらべた。
「どした、シュウ?」
「…いや。さあ、優。帰ろう?」
 そう言ったとたん、優の動きが止まった。水を打ったがごとく。
「優?」
「…いやっ!」
 完全な拒絶。首を振って、その顔は真っ青で。
 むしろなにかに怯えている?
「ゆ」
「やだよ、おにーちゃん!あの家はいやなのっ!!!」
 食い込むぐらい指に力を入れて、宗の腕を掴む。
 それにはさすがに宗も一瞬顔をゆがめたが、パニック状態に陥りつつある優を宥めるほうが先決だと考えて、反射的に離させようと伸ばした手を引っ込める。
 がたがた震えて、せっかくぬぐった涙以上に大きな瞳からは滴がおちてくる。
 どうしようもなくて戸惑う仁と結宇の視線を感じつつ、宗もまた困惑して。
 ぎゅっと先刻よりも強く抱きしめた。
「!」
「…大丈夫、大丈夫だから」
 囁いて、ぽんぽんと背中を叩いた。
 びっくりして開かれた目がゆっくりゆっくり閉じて、ヒックと嗚咽がきこえた。
 それでも宗は、肩口が涙で濡れていくのを感じつつも手を止めずにぎこちなくも宥めつづけた。
 ほっと互いに溜息をついて、仁と結宇はどうしたものかと首をかしげ、見守ることに決めた。
 街灯がやさしく灯す公園で、少女の声だけが暫しの間響いていた。



「それじゃあ私はここで。またね、優ちゃん」
「…うん」
 泣き疲れたのか、うとうとと優は瞼をこすりながら、それでもちゃんと手を振った。
 失礼しますと、丁寧に頭を下げて結宇は彼女の住まいへと去っていった。
 心配だからと最後まで家におくろうとした仁の優しさも丁重に断って。
 消えてしまった後ろ姿に背を向けて、仁は自転車を押しながら、宗は優を抱いたまま歩き出した。
「なぁシュウ」
「ん?」
 優を抱えた腕を組み替えて、宗は何やら真面目な顔をした仁を見上げる。
「いつ、結宇と知り合ったんや?」
「ああ、今日学校でだけど?」
「!学校で!?」
 噛みつかんばかりの食いつきに、宗と優は同じように驚く。
 その2人の表情に気付かないのか、仁は宗の肩を押さえた。
「ってことは、あいつオレらと同じ高校ってことかっ!?」
「だ、だろうな。制服着てたし」
 だから落ち着け、優の目が覚めちったじゃんかと宗が続けると、やっと気付いた仁は頬を少し染めて申し訳なさそうに小さくなった。
「ならあいつも教えてくれりゃあいいのに…」
 消え入りそうに呟いた仁に、今度は兄妹が顔を見合わせる。
 そして今は見守ってあげましょうと肩をすくめて見せたのは、優だった。
 いつもの調子に戻っている。
 うすく微笑んで、今なら聞けるかなと宗は自分の出せる精一杯の優しい口調で尋ねることにした。
 せめたりなんかしない、怒ったりなんかしない。だから。
「優、なんであんなとこにいたんだ?」
「…」
 口をつぐんで、先程と同じようにぎゅっと宗の腕を掴んで。
 これはタイミングを間違えたかと宗は顔をしかめる。
 どうにか今の質問をなしのほうこうでうやむやにするべく、まだいじけてるような仁に話題をふった。
「なあジン、そいやオレらまだ飯食ってないよな」
「あー、そやったそやった。優ちゃんは飯食った?」
 ふるると首を振った優に、仁も立ち直ったらしくそっかそっかと嬉しそうに言った。
 相変わらず仁は場を和ますことにたけているなと宗がこっそり思ったかはさておき。
「なら急いで帰りますか」
 そう言って少し足を早めた。

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 05-06-29