Meeting you-邂逅-

 ぴくりと聴覚が空気の振動をとらえた。

「………ククル?」
 振りかえり、神殿の方角に耳をすます。
 この国は精霊の力が強い。
 そしてアークに出会ってから、精霊の力を操る方法をゴーゲンに伝授されたポコの聴力は常人を逸脱している。超音波と呼ばれる領域までを聞き分ける。
 力を耳に集め、息を止めて集中する。
 事前に決めていた振動数によるメッセージ。
 たしかに聞き分け、照合して内容を紡いだポコは、大きな瞳を瞬かせた。
 繰り返されるメロディを何度も咀嚼して、信じられないと口を開く。
「…アタラシイ、ナカマ…?」
 そんなことありえるのだろうか。
 期待していいのだろうか。

「ここもハズレ」
 おんさを指で押さえて振動を止めた。
 おんさの音を壁にくぐらせ、反射音で隠し通路を探していたポコは心底嫌そうに顔をゆがめる。
「あーあ、やっぱりパレンシア城かー」
 正直あまり近付きたくない場所だ。敵に見つかるリスクも上がる。
 この国にいること自体、ハイリスクだというのに。
 そしてなにより、あの城にはいい思い出がないのだ。
 あの城は、あの頃の自分の象徴だ。
 今もそんなに変わらないけれど、人の後ろを歩き、顔色をうかがっているくせに誰も自分には興味がないと、そして自分は誰かと仲良くする必要がないのだと、そう思っていたあの頃。
 誰とも関わりをもたず、臆病で弱虫で投げやりで世界が嫌いで。
 あの城に行けば嫌でも思い出せてしまうだろう。
 深くため息をつく。
「でも、これってよく考えなくても初めてなんだよね…」
 初めての一人の任務だからと、自分を奮い立たせて向かうことを決めた。

 自分の相棒の欠点は隠密に向いていないことだなとつくづく思う。
 パレンシア城跡の入口まで辿り着いたのはいいが、地下へと続く道に塞がった岩を見てポコはどうしたものかと相棒の楽器を服にしまった。音をたてて目立つわけにはいかない。
「うーん………あ」
 傍の地面に突き刺さった棒を見て、ひらめいた。
(てこの原理であーやって、こーすればいいんだ!)
 そうと決まれば抜いてしまえと、手をかけ、力いっぱい引っこ抜く。

 はずだった。

「え゛…う、わわわわわわわわわっっ!!!」

 予想以上に簡単に勢い良く抜けてしまい、反動でものの見事に後ろむきに転がり出す。
 やばいと思いつつも、止まらず、そして。
 ドガァ!バキ、ガラガラガラ…
 城門に立ちふさがっていた岩につぶされたぶつかり、そしてその岩を弾き飛ばした。弾き飛ばされた岩は粉砕し、砂塵が宙をまった。
「い、ててて。あーもう、嫌んなっちゃうなー」
 ぺっぺと口の中に入った砂を吐き出し、服についた砂を払い落とす。
 ずいぶんと丈夫になった身体に、痛むところはないことを確認し、立ち上がった。
 そして、今の音で見つかってはいないだろうかと、顔を入口と反対に向けて、ポコは目を見開いた。
 そこには、ぽかんと口を開いた少年が立っていた。
 自分より少し高い背、茶色がかった天に向いた黒の短髪、赤いターバンに、銀の大きなイヤリング、緑のポンチョ。
 そんな出で立ちよりも、ポコに印象付けたのは彼の濃紫の瞳だった。
 戸惑うようにゆれたその色は、深く澄んで、どこかアークに似たものを感じた。

「お前は」「キミは」

 …………。

 二人同時に口を開いて、同時に閉めて、なんとも気まずい沈黙が流れた。
 ゆっくりと左手を挙げて、喋りますと合図してみる。
「えーと、こんなところに何の用?キミ、この国の人じゃないよね。旅人さん?」
 敵だったら、まず襲撃されていたなと今更嫌な汗を感じつつ、尋ねてみると少年は首を横に振った。
「いや…お前はここの兵士、か?」
「う、うん、元だけど」
 なんだかお互いに探り合いになってしまっているが、それは仕方がない。とにかく少年が何をしにこのパレンシア城に来たのか見極めておかねば。
「じゃあ、盗賊さん?」
「ちがう。…いや、ちがわないか?よく似たもんかもしんねーな、オレはハンターだ」
 ロマリアの次にやっかいな職名を言われて、一瞬ぎょっと身を引いてしまった。
 しまった、ばれた?と焦ってみてももう遅い。少年が眉をひそめる。
「ん?あれ、おまえ、どっかで…」
 ギクーッと引っ込みかけた嫌な汗がまただらだら流れるのを感じる。逃げる体勢を取る前に、少年があっと口を開いた。そして嫌そうに顔をしかめる。
「ポコ・ア・メルヴィルっつったか?元パレンシア兵士にしてアーク一味メンバー。懸賞金は50万GのA級首ね…ま、そんなことどうでもいいけど」
「……………はい?」
 聞き流せないまとめに、ポコが素っ頓狂な声をあげたのを、少年は完全に無視した。
「ここにいったい何があるんだ?」
「え?あ、う、その…その前に、キミってハンター…なんだよね?その、ボクを捕まえる気ないの?」
 一応A級首なんで、スルーされるのは嬉しいけどなにか悲しいような…。そう思って尋ねると、少年は不思議そうに首を傾げる。
「?捕まえて欲しいのか?」
「ややや、メッソーもないです」
 手と首をぶんぶん振って否定したら、少年は口をとがらせた。
「ならいいじゃねーか」
 それでいいのかなぁ?と疑問は残るが、口にしたところで怒られそうな予感が無性にしたからこの話はなかったことにしようと思った。
「んで?何があるんだ?」
「え、隠し通路…ッ」
 って何を素直に答えてんのボクは!と慌てて自身の口をふさぐも遅すぎて。
「隠し通路…?んなのが、オレとどう関係するっていうんだ?ククルのヤツ…」
 ポツリと呟かれた台詞に、三度驚いて、ポコはとうとう少年の肩をつかんだ。
「ククル!?え、なんで、どゆこと!??」
 ポコの腕をつかみ、どけながら、エルクは不愉快そうに顔をしかめる。
「どーもこーも、おめーの仲間のククルに、ここへ行けって言われたんだよ」
「ク、クルに会ったの…?」
 そしてパレンシア城に遣わされた…?
(ククルに会うには神殿に行かなきゃならない。神殿の周りには結界が張っていて入るにはククルの許可をとるか強行突破か…)
 チラッと少年を見れば、不機嫌さを隠すことなく腕をくんでこちらを見ている。
(強行突破…は、ないような…なんか無害そうだし…ってことは前者になるんだけど…あれ、ちょっと待って、そう言えば)
 先ほどククルから届いたメッセージはたしか。
「あ」


 なにやら試案し出したポコに、エルクは困ったなと眉をよせる。あの後、ククルの力をかりなければ、あの神殿から抜け出せないこともあって、彼女の言葉に従い、この城にやってきたのはいいものの。
 門に立ちふさがった岩を越えるか壊すか悩んでいたら、絶叫とともにこの元パレンシア兵が転がってきて岩を粉砕するという凄いものを見てしまった。しかも無傷で立ち上がるという奇跡。
 アーク一味なら仕方がないかと思える自分が少し怖い。
「あ」
 急に声を出されて、我ながらどうかと思うほど、ビクッと肩が震えた。
 しかしそれを気にすることなく、ポコは顎に手を当てて。
「あ、あ、あー…なるほど!」
「な、なんだよ!」
 ちょっと怯えた自分の声に驚くと、笑顔満開のポコに右手をつかまれた。またしても肩が震える。
「なんだ、早く言ってくれたらよかったのに。ひどいなー、キミがククルの言ってた新しい仲間なんだね?」
「は?ちょ、冗談じゃ」
 ない…と続くはずだったが、まっすぐに、にっこりと微笑まれ、うっとたじろいでしまった。
 まずい、このタイプは慣れない。
「来てくれて心強いよ!……僕一人じゃ心細くってさ」
 そう小さく呟き、視線を下げる姿は、本当に賞金首なのかと思う。何も言えず黙っていると、ポコが勢いよく顔をあげた。
 そして。
「でも、2人なら安心だね」
 ふわっと笑われ、息を呑んだ。
 地面に転がる瓦礫と同系色なのに、無機質でなく温かく輝く灰色の瞳に一瞬気を取られると、右手をひっぱられた。
「さあ、行こう!」
「お、おい」
 そんなに強い力であるわけでもないのに、なぜか振りほどくことが出来ずに。
 まめのない手のひら。小柄な割に大きい。やけに手入れされた指先が、軍服の下から覗くアンバランスさが印象的で。
 帽子の羽飾りがゆれる。振りかえることなく、自分の前を歩く。
「………ま、いいか」
 エルクは知らない。
 そう呟いた自分が、目覚めて初めて、小さく笑っていたことに。

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ブランク丸分かりですが、やっぱり私は炎音が好きだ!(聞いてない)
初対面らしさ…もちょっとだしたかったなぁ…エルクさんが不機嫌なくらいしか。。

09/04/03