Tight clearance-ほんの少しの隙間-

「暗いけど…エルク平気?」
 一段下がるにつれて闇の濃くなる階段を降りながらポコはエルクに尋ねる。
「ん?オレ暗所じぇねーけど?」
 周囲を伺いながら、エルクはこともなげに答えた。
「?ああ、違う違う。暗所恐怖症とかじゃなくて、単に視界の問題を、ね」
 少し間を空けて、苦笑を含んだポコの言葉に、エルクはかーっと顔を赤らめた。
 バレないように、そっと顔を壁に向ける。
「オ、オレは夜目がきくんだ。おめーこそどーなんだよ?」
「あはは、ボクは耳がいいからねー」
 でもやっぱ何が落ちてるか分かんないし、灯りが欲しいねと、ポコは穏やかに提案する。
「ちょっと遠回りでかつ残っているかは分からないんだけど…ランプ取りに寄り道してもいいかな?」
 ほんとちょっとだけだからと、ポコは人差し指をたてた。
「灯り…か」
 エルクは呟くと、鼻をひくつかせる。
 先ほどのモンスターが燃料を食いつくしたのか、崩壊の際に爆発でも起こしたのか、とにかく揮発性の臭いは感じない。
 これなら大丈夫か。
「ちょっと待ってろ」
「?」
 不思議そうな視線に背を向けて、右手をかかげる。いつもより小さく、ぼっと炎を手のひらに灯した。
 爆発することなく、自分のコントロール通りの炎に、エルクはひとつ頷くと、ポコへと振り向いた。
「ほら、これで大丈夫だろ―――ってどうした?」
 手のひらの炎の橙に照らされ、はっきりと、耳を押さえ、きつく目を閉じてうずくまるポコの姿があった。
「え?」
 ゆっくりと瞳を開き、エルクの姿を目にとめて、ポコはパチリパチリと瞬きを数回。
「あれ?魔法使ったんじゃ…って、え?え、えぇ!?な、なにそれ、どーなってんの?」
 ガバリと飛びつく勢いで、ポコはエルクが焦ってひっこめる前に、彼の右手を両手で掴んだ。
 そして「へー」「ほー」「すごーい」と上から横から下から、手のひらの上に若干浮いた炎を興味津々で眺める。
「おい!?」
 エルクの戸惑う声も完全に無視して、一頻り検分すると、橙を帯びた鈍色の瞳をキラキラさせながら顔を上げた。
「ね、ね、ね、熱くないの?」
 その質問にエルクは目を大きく開いた。
 予想外だ。
 呪文とも違う、生後よりずっとそばにあった力。
 すべての元凶でありながら、一族の遺産であるこの力。
 ハンターになってから人を殺めすぎたこの炎は、禍禍しさと凶悪性を含んでしまって。
 見た者は、不気味がるか、畏怖するかだったのに。
 純真で無邪気で、綺麗なものを見るような視線をうけるようなものではないのに。
 エルクは炎に視線をおとした。
「熱く、ねーよ」
「そうなの?じゃあ触ってもいい?」
 今度は完全に言葉に詰まった。目の前の少年は本当に予想外なことを言ってくれる。
 怖くない、不気味じゃないという段階なんて、ずっとなかったみたいにあっさりと。
 綺麗だと親友が言ってくれた、あの頃の純粋な炎と変わらないと言うように。
「別に、いいけど」
「わーい、ありがとう!」
 絞り出した声に、喜びで弾んだ声が返ってきた。
 炎をゆっくりとなでる。繊細なものを扱うように。
「おー、ほんとだ、熱くないね。なんか不思議な感じ」
 にっこりと笑って、今度はツンツンとつついてみせる。
「しかも全然消えないんだ」
 なるほどねと、満足したのか、ポコは手を離した。
「それじゃあ、最短で行きますか」
 任せていいんだよねと確認するポコの視線に、エルクは頷いて、少し炎を大きくさせると前方を照らす。
 そんなのも出来るんだと、ポコは軽く手を叩いて、改めて周囲を見渡すと、眉をひそめた。
「それにしてもひどい状態だなぁ」
 足元の瓦礫を端に寄せながらしみじみと呟く。
 そのセリフに何を言っているんだろうとエルクは小さく笑って口を開いた。
「おめーらのしわざだろ?」
 そして言った瞬間後悔した。
 ほんの一瞬、でもたしかにポコの瞳が曇ったのが見えた。

「…ひどいこと言うなー」

 小さく呟いて、そして困ったように笑みを浮かべる。
 なのにエルクには泣きだしそうに見えた。
「ま、そうなんだけどさ」
 軽い口調で頭をかいたポコが、背を向ける。
「さ、行こう」
 そう言って、スタスタと歩き出すポコに、エルクは立ちすくむ。

 パレンシア王を暗殺し、城を崩壊させた悪の集団。
 それがアーク一味。
(だったはずだろ…?)
 だったらなんであんなふうに、瞳を曇らせて。
 哀しそうに、何かを諦めたように笑うのか。
 ククルも。
 ポコも。

「エルク?」

 振り向いたポコに、エルクは顔を上げた。
 先ほどの表情などどこへやら、きょとんとこちらを見る瞳を見て気付いた。

 本当は随分と前からその理由を察している自分に。
 そして、それから目をそらし続けている自分に。

 きつく目を閉じる。
 認めるには情報が少なく、納得できるには根拠が薄い。
 だけどもう向きあってもいいだろう?そう自分に問いかけて。
 開いてしまった距離を縮めるために歩き出した。

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最後を埋めるのはエルクからの一歩にしたくて。
ってか原作無視しすぎww自分ww


09/08/06