第3話 能力(ちから)を使った日2
弟切 宗。入学式のときから、独特の雰囲気をもつ少年だった。小柄な身体に利口そうな目。無茶苦茶かっこよく、否むしろ可愛いのに、どこか人を寄せ付けないオーラをまとっている。それが第一印象。その少年が式中に突然倒れた。式辞をよんでいた校長の驚いた顔が忘れられない。あれはおもしろかった。担任に抱きかかえられ、連れてこられた弟切はどこも異常なく、ただただ眠っているだけだった。
「はあ!?」
つい思わず、オレは驚きを口に出してしまった。振り返って“コエ”の主を見る。
「えっ!?」
オレの背中を叩いた人物は、先刻の少女だったようだ。オレが必要以上に驚きを見せるオレに驚いている。ムリもないだろう。まあ、オレも驚かされたのだから、お互い様ってコトで。
にしても、ホントにこの子の“コエ”だったのだろうか。よーく少女を見てみると、いつのまにやら左手に封筒を持っている。さっき探していたのはそれだったのだろう。“コエ”によると、それは遺書だ。マジかよ・・・。
「ああ、ゴメン。驚かせてしまいましたね。で?何か用ですか?」
オレは丁寧にきりだした。営業スマイルをそえて。
「えっと、そのう・・・屋上に行くんですか?」
この子は何を言っているんだ?ここは3階から屋上へと続く唯一の階段。つまり、屋上にしかつながっていないというのに。
「そうですが、なにか?」
あくまで笑顔で答える。
「屋上は、女子がたくさん集まっていますよ。今から・・・えっと・・・集会を開くんです」
落ち着きなく、少女は言った。手と手をむだにこすり合わせたりしている。
「へぇ。じゃあ、やめときます。ありがとう」
「いえ。・・・そうだ、コレを伊藤先生に渡しといてくれませんか?」
すごすごと、封筒を差し出してくる。
「は?何でオレが・・・」
封筒を指さしてオレは言った。
「お願いします」
少女は頭を下げた。さっきの“コエ”といい、あまりいいものじゃなさそうだ。私はうさんくさいです。と封筒が主張しているような気がする。何よりこの子の先ほどからの態度がおかしい。何かは分からないけど、やばいことをするような予感がする。
「中身は何?」
聞いてみることにした。めんどくさいが、この子が何をする気なのか知ってやる。じゃないと、その何かがあったときに後味が悪い。
「えっと・・・それは・・・と、とにかく渡してくれませんか?」
口ごもった。あ〜あ、弱ったなあ。能力使いたくなかったのに。周りに誰もいないことを確かめて、
「ゴメン」
その子の手を握った。
「え?」
オレの行動は・・・ま、おかしいだろう。変人扱いかなぁ。
そう考えてから、オレは集中して“コエ”から情報を即座にいただいた。情報を整理するとこうだ。
――――少女はこの学校の先生と付き合っていた。オレが“コエ”から“きいた”かぎり、なかなか上手くいっていたようだ。そう感じていたのが少女だけだったとしても。1年ほどで、その男の態度は急速に冷めていった。少女はなんとかしようと手を尽くしたがムダに終わる。ついに男は少女に暴力をふるうようになった。1年前の優しかった顔がそれは鬼のように。それでも、少女は男が好きだった。でも先生は、彼女のクラスメイトに手をだした。それを知った少女は生きることをやめる決断をくだす。決めると、行動の早い少女は遺書を2枚書き上げた。1つは男に、もう1つは自分の部屋に。遺書には先生のコトを書いた。男に渡すのは、少しでも苦痛を与えるためだ。で、遺書は自分の自殺決行の直前か直後に届いてほしいので、誰かに渡してもらうことにした。
先生が受け取った遺書を処分したとしても自宅にも遺書があり、その遺書には、先生に遺書を渡したことを書いてある。校内で投身自殺。それだけで報道は騒ぐのに、遺書で原因が教師だと分かると、もう教師を続けていくことはできないだろう。
そう、これは復讐なのだ――――
「・・・君は間違っている」
手を離して、オレは言ってやった。クソ先公め、と心の中で舌打ちしながら。この子が聞きたいことを。言って欲しいことを。
「えっ?」
突然何なの、と言わんばかりの顔だ。てか、事実“コエ”はそう言っているのだろうな。
オレはそれを無視してつづける。
「キミは馬鹿で単純だけど・・・純粋だ。あの男のために死ぬ必要なんかない」
「なんで・・・」
瞳に涙を浮かべながら、少女は救いを求めるようにオレを見上げてくる。オレは、少女の持っている封筒を奪うと、破り捨てた。少女は、呆然とそれを見る。
「とにかく、オレについてきて」
もうそろそろ、やばい。3回も能力を使ってしまったし、その内の1つは(さっきの)身体に負担をよりかける。後何秒でアレがくるのだろう。
オレが階段を下りだしても、背後で足音がしない。振り返ってみると、思ったとおり、少女はさっきの場所から一歩も動いていない。やっぱりなぁ。オレは舌打ちをし、焦りと苛つきも加わって、少女の手を強く握った。少女はビクッと震えたが、抵抗しない。
“なんなの、この人?なんで知っているの?何で?”
それをいいことにオレは、一階まで走った。途中で、何人かの生徒に不審な目で見られたが、無視だ。それどころじゃない。少女もどうにかついてくる。息をきらししつつも、目的地・保健室前についた。この少女を、まだ1人では放っておけない。その点、保険医に任せておけば安心だ。信用できる。あ゛ー、眠い。
オレが保健室に飛び込むと、ラッキーなことに保健医以外、誰もいない。もうすぐ、5限目が始まるからだろう。
「どうしたんだ?」
「詳しくは後で話す。この子、ここにおいといて。で、話きいてやって。オレは寝る。おやすみ」
早口にまくしたてると、オレはベットに飛び込んだ。よくもったなぁ、自分。と思ってる間に意識がとおのいていった。
「えっと、あなたの名前は?」
保健医歴5年、生徒の憧れのお姉さんといったふうな20代半ばの女性、宮居真奈(みやい
まな)は優しく少女に尋ねた。
大きな目に、小さな顔。髪の毛は茶色で(多分地毛なんだろう)、長い。さっきまで、泣いていたのだろうか。目が充血しているそのさまは、迷ってしまった小動物を連想させて守ってあげたくなる。宗と並べると、かわいらしいカップルの誕生だ。
その弟切 宗は、突然この少女を連れてやってくると、真奈に指示をだして奥のベットへと早々と向かって眠ってしまったようだ。そのベットは、彼専用といっても過言ではないほどに、宗はよく保健室を利用している。ここ4日ぐらい見かけないなと思っていたら・・・。
あまりにも、頻繁に来ては睡眠をとっていくので、真奈は尋ねてみたことがある。病気かなにかなの、と。すると宗は、泣きそうな顔で小さくつぶやいた。『病気・・・だろうなぁ・・・』初めて見せる、泣きそうな顔に驚いたのと、彼の言葉の意味をはかりかねたので、え?とききかえすと、ふと我にかえったように宗は言った。
『あっ、ごめん。えっと、生まれつきの精神的な病気なんだ』寂しそうに苦笑して言う彼に、これ以上聞くことが出来なかった。
「さなえ・・・佐苗 結宇(さなえ ゆう)・・・です」
不安そうに視線を空中に彷徨わせながら、少女、結宇は言った。
その声に、真奈は現実へと引き戻された。
「なんて呼んだらいい?」
とりあえず、不安を解消させようと聞いてみる。
「あ、なんでもいいです。友達からは、呼び捨てですし」
「じゃあ、結宇ちゃん。おとぎり、弟切 宗クンとは、どーゆう関係なのかな?」
できるだけ、優しく聞いてやる。
「おとぎり?ダレですか?」
「え!?」
真奈は心底驚いた。キョトンと目をしばたかせている結宇は、本当に分からないようだ。
「あなたをココに連れてきた子のことだよ?」
「ああ、あの人が弟切っていうんですか・・・」
「・・・」
真奈はすごく嫌な予感がした。宗クンは、どーいうつもりでこの子を連れてきたんだろう。
「よければ私に話してくれない?名前も知らない男と保健室に駆け込んできた理由を」
廊下でチャイムの音が響く。5限目が始まるようだ。騒がしかった校舎が静まっていく。
俯いた結宇は、ポツポツと話し始めた。
――――付き合っていた人と別れて、生きていても仕方がないと思って、今日学校で投身自殺をしようとしていたこと。遺書を誰かに渡そうとして、ちょうど目についたのが宗だったこと。彼の肩をたたいて声をかけると、宗が心底驚いたような声を上げて振り返ったこと。驚いている自分に『君は間違っている』と真剣な表情で言ったこと。
その言葉に動揺している自分を、宗はここまで引っ張ってきたこと。
「不思議な人です。弟切さんって・・・。」
結宇は最後にこう言った。真奈も深く頷いて同意する。
「・・・私きっと止めて欲しかったんです。あの人に・・・・あ、あの人っていうのは、私の付き合っていた人のことです。でも・・・結局何も・・・。弟切さんは、私が1番望んでいた言葉をくれたんです。バカなことしているって怒って欲しかったんです・・・」
泣きそうになりながらも、結宇は独り言のように言葉をつむぐ。
「そうか・・・。じゃあもう、死のうとは思わない?」
「はい。遺書も弟切さんに破られてしまったし・・・」
へぇ、と相づちを真奈はうちながら思う。
(宗クンやるじゃん)
「で、これからどうするの?」
「えっと、家に帰ります。遺書を自分の部屋に、もう一つ置いてきてしまったんで。母が気付く前に、処分しないと」
その瞳には、来たときの数倍の輝きを持っていた。大丈夫そうだと一息ついて、真奈は言った。
「そうだね。急ぐの?」
「いえ。母が帰ってくるのは5時位なので、大丈夫です。えっと何か?」
「宗クンがここにおいとけって言っていたからね」
結宇の質問に真奈は答えて、奥のベットを見た。結宇もその視線をたどって、同じように奥のベットへと目をむける。
「宗クンは眠ったが最後、半時間ぐらいは起きないからね。周りの音に全く気付かずに眠り続けるのよ」
真奈は椅子から立ち上がり、ポットと紙コップ等がおいてある机へ歩きながら言った。
「そうなんですか!!ホントに不思議な人ですね」
「ふふ。そうだね」
真奈は紙コップをひとつ手に持って、相づちをうつ。
「宗クンが起きるまで、お茶会でもする?結宇ちゃんはコーヒー好きかな?」
「あ、はい。大丈夫です」
「そう。よかった」
そう言って棚を開ける。
「・・・ゴメン、コーヒー切れてる。昨日使っちゃったみたい」
「あ、謝らないで下さい。私なんでもいいですよ」
「結宇ちゃんはそう言ってくれてもねぇ。宗クンが」
ふう、とため息を真奈ははいた。弟切さんがどうしたのだろう?と結宇は不思議に思ったものの、尋ねなかった。
「ああ、そうだ。職員室に買い置きがあった!ちょっと取りに行ってくるね」
「え・・・あ、はい。」
「大丈夫。宗クンはぐっすり寝ているから」
真奈の言ったことを多少理解して、少し頬を染めて結宇は頷いた。
「じゃ、待っててね」
真奈は、保健室から出て行った。スリッパの音が静かな廊下に響く。やがて、聞こえなくなり、静寂に包まれた。
結宇はふっと息を吐いた。そして、奥のベットを見やる。そこには、命の恩人と呼べる人が眠っている。結宇は、そろそろとベットへと向かった。
ベットで眠っているのは、男の子に形容するのはどうだろうと思ったけど、地上に降り立った天使だ。布団を少したぐり寄せて、抱き枕のようにして抱えている。一定の間隔で寝息をたてて、安らかに眠っている。
数十分前に、確かにこの人に自分は救ってもらったのだ。そう考えて、疑問に思う。何故、この人は私が自殺しようとしていることを知っていたのだろう。誰も知らないことなのに。誰にも相談しなかったのに。
が、結宇は即座にこの疑問を消した。考えても分かるわけがない。気にはなる。でも、救ってもらったのが事実だから。
ベットの横にある窓を開ける。涼しい風が優しく吹いてきた。カーテンがなびく。
「ん・・・」
ごろりと宗が寝返りを打った。結宇は起きてしまったのだろうかと少し慌てたが、どうやらそうではなかったらしい。
ちょうど自分のほうを向くようになった宗の顔を見て、結宇はそっとその頬に触れてみる。ひんやりとした柔らかい肌だ。ついでに、自分とは違う漆黒の髪をひとふさ持ってみる。きれいだなぁと素直に思った。
と、はっと我にかえった。私は何をしてるんだろ。顔が熱くなる。見なくても真っ赤だと分かる。だって、あまりにもキレイだったから。と言い訳を考えて、急いでさっきまで座っていた椅子へと腰を下ろした。
すると突然、扉が開いた。結宇はビクッと反応して、そろそろと扉を見る。
「ん?どしたの結宇ちゃん。顔真っ赤だよ」
扉を開けて入ってきたのは、真奈だった。手にはコーヒー瓶を持っている。
「えっ!な、何でもありません!」
結宇は慌てて言った。
「まさか、宗クンが何かした?」
「いえっ!弟切さんならずっと眠ったままです!」
頬を真っ赤に染めたまま結宇は主張する。
「そう。でもそろそろ起きる頃だと思うんだけど」
「そうなんですか。あっ、私用事を思い出したんです。すみませんが、弟切さんが起きたら『ありがとうございました』と伝えてくれませんか?それでは失礼しました!」
そう早口にまくし立てると、結宇はどたばたと保健室を出て行った。
「ちょ、結宇ちゃん!?」
真奈は急いで結宇の後を追おうと廊下にでたが、すでに小柄な少女の姿は見えなくなっていた。
「どうしたんだろ?」
真奈は首をかしげるばかりだった。
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新キャラが出てきました。保健医のイメージの結晶です。宗とはカフェイン仲間♪
そしてもう1人、ヒロインとなるであろう佐苗優ちゃんです。
女の子って感じにしていきたいのですが・・・難しい。
男の子の方が書きやすいですね。莢は別ですが(笑
女の子入れると華やかでいいな♪
04-08-10
修正 05-01-10