第4話 能力(ちから)を使った日3

 保健室だけが、オレの学校での唯一の逃亡先。保健医ってんのは、性格は様々だけど、共通して優しくって寝床を提供してくれる。なんかのせいで能力の発動と副作用が起きる心配があるのに、オレがこうして中学・高校に来れるのは、保健室とジンのおかげだ。
 もちろん、そんなことを口にしたことないけどさ。
 眠らせてくれる安心できる場所と、目が覚めると笑顔で迎えに来てくれる少年。これでも感謝してるんだぞ。


 暗い。オレにとっては、なじみのある暗黒だ。夢とは違う空間。現実にいるよりも、穏やかでリラックスできるとても大切な世界。
“綺麗だなぁ”
 どこからか“コエ”がした。彼女ではないから、現実で誰かがオレに触れたのだろうか?
 ダレだか知らないが、オレに触れるな。そう言いたくても、まだこの世界から出られない。
“宗”
 さっきの“コエ”とは違う。誰よりもあたたかくて、オレの好きな“コエ”。物心付く前からオレの暗闇の世界にいて、自分の名前より先に覚えてしまった彼女の名前。
“あなたなら大丈夫。私が保証するよ”
 姿など見たこともないのに、安心できる。何故なんだろう。
“私はクリス。早く・・・見つけてね”
 そう言って、いつも彼女は消える。その度に、オレは胸が苦しくなる。早く見つけたい。心からそう思う。


「・・・ん・・・」
 蛍光灯がまたたいている、やさしい黄色い天井。ここはどこだっけ。
 ぼーっとした頭で考えていると、突然背後のカーテンが引かれる音がした。
「このアホっ!」
 振り向こうとしたオレは、容赦なく頭をハリセンで叩かれた。
「で!?」
 展開についていけないオレ目の前に、ハリセンを持って立っているのはジンだ。
「は?どしたんだ、ジン」
 頭を押さえて、アホといった理由を問う。
「おのれは〜。5限目始まっても授業にでてこんから、マジで心配したんやで!!」
「!」
 やっと、頭が覚醒してきた。横目でチラッと時計を見てみると、なるほど、オレが見たときより1時間も進んでいる。
「ゴメン・・・ジン」
「で、大丈夫なんか?いけるんか?いざとなったら、家まで送っていくでぇ」
 本気で心配しているのが、“コエ”をきかなくても分かったから、オレは安心させるように微笑んで言った。
「大丈夫やでぇ〜」
 するとジンは、ぷっと吹き出した。
「ヘタクソ!」
 オレも笑ってベットから下りた。
「はいはい、お2人さん。ラブラブなのは分かったから、早く出て行ってね」
 保健医の宮居が、ジンの後からひょこっと顔をだして言った。
「何言ってんや、せんせー。ラブラブって。オレらは男同士やぞ」
 けらけら笑いながらジンは言う。
「でもね、最近は性別に関係ないのよ」
 怪しく笑って、先生は言った。
「あのなぁ・・・」
 オレは唖然としながらつぶやいた。
「・・・。あっ、ラブラブといえば!」
 何かを思い出したように、ジンは手を叩いた。そして、何やらごそごそとポケットから出してくる。
「忘れとった。ほれ」
 ポケットから出してきたモノを差し出してきたから、オレは条件反射で受け取る。
「げっ」
 それは淡いピンクの封筒だった。今日は封筒日和なのか。
「げ、って何や。げ、って」
「や、ちょっとね。で?これ何?果たし状には見えないけど」
「なにをとぼけとるんや。これはな、絶対ラブレターやで」
「は?」
 胸をはって、高らかに宣言するジンに聞き返す。ホントかよ。
「昼休みにな、2年生のおねえさんが3人ほどいらっしゃってな。で、弟切に渡しといてと頼まれたんや」
「んー、なんだろ。呼び出しか?」
 裏も表も何も書かれていない。オレ宛だよなぁ。
 びりびり。オレは中の紙を破かないように気を付けて、開けた。中には2つ折りの紙が1枚。オレはそれを読み始めた。
 『今日は5時から。ちょ〜っと長くなるかも。すこし覚悟して来るべし』
 たったそれだけの内容。オレはもう一度読み直した。
「宗クンって、やっぱもてるの?」
 先生がジンに聞いている。
「うん。入学してから、オレが知っている限り3人には告られてたでぇ」
「ふ〜ん。無愛想なのにね」
「たしかにそうやけど」
 こくこくとジンは頷く。
「あ〜も〜。そこ、コソコソ言わねぇの!」
 理解し終わったオレは、紙を丁寧にたたみながら言った。
「お、読み終わったんか?」
「・・・ああ」
 見事にオレの発言は無視された。いいけどさぁ、別に。
「ラブレターだったの?」
 先生が目を輝かせて尋ねてきた。
「ん〜、まあそんなもん。そだ、ジン。次何とってんの?今日は6限目受けてく」
「うーん、古文やな。最近でてないし」
「オッケー。オレも古文にしよっと」
 頷いて、ふと考えてみる。ジンが出してきた封筒で忘れてたけど、あの少女は何処だ?
 きょろきょろと室内を探してみても、ジンと先生以外居ない。
「せんせー、あの子は?」
「あの子って誰や?」
 ジンがオレの質問に首を傾げている。
「なんか用事を思い出したとかで帰ったわよ。あっ、もちろん、大丈夫そうだったからね。ありがとうございましたってさ」
「そっか」
 ジンをあくまで無視し、頷く。大丈夫そうなら別にいい。
「でも、宗クン。何で知っていたの?あの子の事」
「秘密」
 オレは笑って答えた。そんなの答えられるわけないだろが。
 不服そうな先生に、質問攻めされる前に、早く立ち去ることにしよう。
「行こうぜ、ジン」
 髪の毛と服を整えて呼びかけた。バックを肩にかける。
「あ、ああ」
「じゃあな、せんせー」
「ちょっと、宗クン!」
 先生の言葉を無視して、オレはジンと共にそそくさと保健室をでた。
 鞄に付けてる時計で時間を確かめる。6限目まで、まだまだ時間がある。さっき行けなかった屋上に寄ろうかな。
「シュウ、あの子って誰?」
 ジンが突然聞いてきた。
「あの子って?」
「ほら、さっきせんせーと話してたやん」
「ああ・・・んー、どうやって話せばいいやら」
 苦笑して思考をめぐらす。能力にふれずにどう説明しよう。
「名前は明かせないんだけど、ある女の子が自殺しようとしていることを偶然オレは知ったんだ。で、阻止しようと思って昼休みに屋上に行ったわけ。投身自殺だと聞いたからな。
案の定、その女の子は来ていて、本当に死のうとしているのか当たり障りのない質問をして、確かめたんだ。人間違いだと困るでしょ?」
 フッと息を吐いてから、続ける。
「それで、本気なんだと確信したオレは保健室に問答無用で引っ張ってきた。だけど、保健室についたとたんに力尽きて眠っちゃったんだ。そんだけ」
 これでどうだとジンの顔をうかがうと、ポカンと口を開けたまま固まっている。どうしたんだ?
「ジン?」
 オレの呼びかけに、はっと目が覚めたように反応したジンは、興奮したようにオレに言った。
「す、すごいやん、シュウ!そんなことってほんまにあるんやなぁ。どんな子やったん?かわいかった?」
「ん〜。世間一般で言う『かわいい』に分類されんじゃねぇ?童顔で、目がでかかったなぁ」
「そうなんや」
 そうは頷いたものの、仁にはよく分からなかった。隣にいる少年は、男だというのが勿体ないほどに可愛いのだから。世間一般でってどうよ?
「なんだよ?人の顔を凝視して」
 宗は器用に片眉をあげて、仁を見た。
「な、なんもない」
 あわてて仁は言った。この親友は、妙に勘が鋭い。女顔と童顔っていうのを実は気にしているのだと思う。お前とその女の子、どっちがかわいいんだろなんて考えていたのがばれたら非常に困る。横目でチラッと見た限りでは、ばれていないようだ。
 ホッと息をつく。


 そのころ保健室では、真奈がさっきまで宗が寝ていたベットに座って、可愛らしいデザインのトートバックを手でもてあそんでいた。
「あ〜あ、逃げられちゃった。いつもなら、コーヒー出せだの言い出すのに」
 ため息をつきながら真奈は言った。真奈と宗はカフェイン中毒仲間だ。宗と、たびたび珈琲会を行っている。それにしても・・・
「これって、宗クンのだよね」
 トートバックをまじまじと見つめる真奈の隣には、小説「みちさぐり」が置いてある。
 これは彼のだと分かる。だが、このトートバックは、男の子が持つモノにしては可愛いすぎると思う。
「本人に聞けば一番なんだけど・・・忘れ物、届けた方が良いのかなぁ」
 確か、木下君は『古文』だと言っていた。3階の真ん中の教室だ。
 どうするものかと考えながら、トートバックを振ってみるとカラカラっと音がした。
 すっごく気になるんですけど。
「忘れたのが悪いんだし、ちょ〜っとぐらい見てもいいよね・・・」
 と、言い訳を口にしてから、ジッパーを開けた。
 中には透明のビニールに包まれたビスケットみたいなのと、小さなおもちゃが入っていた。カラカラいっていたのがは、どうやらこの奇妙なおもちゃだろう。
 変な形ではあるが、笛のようだ。吹くところのかわりに、ひっぱれと言わんばかりにヒモがついている。真奈は好奇心に負けて、そのヒモを引っ張った。
 しかし、何もおこらない。ヒモは掃除機のコードみたいに自動的に収納された。
「これ、なんなの?」
 首を傾げて考えていると、バサバサと羽音が空から聞こえてきた。それはどうやら近づいてくるようで、思わず窓の方をみた真奈に向かって、黒い物体が飛び込んできた。

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 04-08-21
 修正 05-01-10