第5話 能力(ちから)を使った日4

 今から2年前のこと。
 宗は突然の夕立に遭って、帰りを急いでいた。
 その途中、小さくて弱い“コエ”が宗にきこえた。
“まだ、死にたくない”
 思いっきり自転車のブレーキをかけ、あたりを見回した宗の目が、道路の脇にある黒い物体をとらえた。
 髪からしたたりおちる雨粒を手でぬぐいながら近づくと、どうやらそれはカラスのようだ。
 ずぶぬれのカラスに、そっと触れてみる。微かにだけど胸が上下しているのが分かった。
 生きている。
“死にたくねぇ”
 宗は迷わずそのカラスをバックから出したタオルでくるみ、やさしくバックへと戻すと、先程よりもより強くペダルをこぎはじめた。
――――― これが宗と風斗(かざと)の出会い。


「キャーッ!!」
 廊下に悲鳴が響いた。話をしていたオレとジンは、その声が真奈のものだと分かったから、急いで保健室へと戻った。ジンがドアを乱暴に開けて中へと入る。
「どしたんや、センセー!」ジンにつづいてオレも室内へ入った。
「き、木下君、宗クン」
 床に座り込んでいた先生は、オレがさっきまで寝ていたベットを指さした。少し震えた指がさす方を見ると、そこには黒いモノが・・・。
「カ、カラス!?」
 そう、それはカラスだった。
 ジンの声にカラスが振り返り、ちょうどオレと目があった。右目には白く傷跡が残っていて、開けられていない状態。隻眼のカラスと言えばオレのよく知っているヤツだ。
「カァ」
 鳴き声をあげて、そいつはオレの肩にとまった。
“ソウ、お前何やったんだ?笛の音が聞こえたから飛んできたのに、お前は居ないし。かわりにそこの白いのがいてさ〜、失敬なことにオレを見て悲鳴をあげたんだぜ?ひどいと思わねぇ?”
 白いといのは、白衣を着た先生のことだろう。事情がよく分かった。
“それはひどいな。けど許してやって。忘れていったオレが悪いから”
 そう“コエ”を送っておく。笛をトートバックごと忘れていったオレのミスだ。先生も生徒のもん勝手に見んなよなぁ。
「人なつっこいなぁ、そいつ」
 ジンが腰をぬかしている真奈に手をさしのべながら、こちらを見て言った。
「右目ケガしとるみたいやけど、いけるんか?」
 自分の右目を指さし、心配そうにジンは付け足した。
 やっぱりジンはイイヤツだなぁ。オレは微笑んで答えた。
「大丈夫。これは古傷みたいだ」
 そう、これは古傷。オレとこのカラス・・・風斗が出会うちょっと前についたもの。
 2年前、突然の夕立に驚いた風斗は木を見つけるのに必死で、前方注意を怠っていた。風斗の前にあったモノは針金でできた公園の柵。運の悪いことに、ちょうど針金が飛び出した状態になっており、気付いたがよけきれなかった風斗は、それで右目が傷ついた。突如傷を負ったことにパニックに陥った風斗は、片目では遠近感がとれず、柵につかもろうとしたがあえなく失敗となり地面へと落ちてしまった。そこに通りすがったのがオレだった。
 獣医に連れて行ったが、風斗は右目を失明した。
「そっか・・・よかった」
 オレはジンから、やっと立ち上がった先生に目を移した。
「センセー、何があったわけ?」
 オレは何も知らないといったふうに尋ねた。
「え!っとう。その・・・カラスが突然飛び込んできて・・・それで・・・」
「ふ〜ん。そんなこともあるんやね」
 まだ肩に乗っている風斗のくちばしをなでてオレは“コエ”を送った。
“日が沈んだらオレんちきて”
 エルクは首を上下させてうなづくと、外へと飛んでいった。
「何やったんやろ?」
「さあ」
 オレは肩をすくめてジンにあいづちをうった。
「そうだ、宗クン。忘れ物。これって宗クンのでしょ?」
 どうにか調子を取り戻した先生がトートバックと小説をオレに差し出す。
「ああ、サンキュー」
 受け取って、2度と忘れ物はしないと心に誓った。なんか小学生みたいだけど。
「げっ!シュウ、急げ!後5分しかない!」
 腕時計を見てジンは言った。
「やべ!今度こそじゃーな、せんせ!」


 新士高校はかわっている。全てをコンピューターで運営しているのだ。
 単位制で、自分で時間割をたてる。でも、だからといって時間割どおりの授業にでなくてもいいという自由があるところからして無茶苦茶だと思う。時間割をたてる意味はあるのか?
 玄関前にある掲示板に、どこの教室で何の教科をしているのか分かるようになっていて、3日間おなじ内容の授業をしてくれる。一日行き忘れたからと言って、まだチャンスはあるというわけだ。
 月に一回テストが行われており、得点が一定のラインを超すと単位の上乗せもあったりする。
 好きなようにやれという、自由な感じだが自分のことは自分でしろという意味でもあって、単位がとれなければ即留年。まあ、補修もあるので真面目に授業にでていれば多分大丈夫だ。
 そんな中で、授業にでているのが誰だか知るために作られた便利なカードがある。
 それが「AC」というもので、生徒全員が所有している。
 このカードには膨大な個人データーが入っており、偽装することは不可能。読みとることも難しい。
 「AC」の使い方だが、まず出席を残すことについて説明しよう。
 教室に入り、席に座る。その席にあるカード差し込み口に入れるだけ。とっても簡単だ。
 教卓の机に電子板がとりつけてあり、教師はその電子板にACをいれた生徒の名前と着席している場所が分かるようになっている。名前があっても、席に誰も座っていなければ欠席。
 名前が分かるため、教師の中には指名して前で問題を解かせるというヤツもいる。面倒くさい。
 授業が終わると、ACが自動的にでてくる。差し込んだら最後、ACは教師が掲示板のボタンを押さない限り出てこないというわけだ。
 他にもACの役割は多い。校内の銀行でクレジットカードへとかわり、食堂や購買でしようできる。図書館の利用カードへともなるし、ロッカーの鍵でもある。とまあ校内にいる限り必要不可欠なものなのだ。
 ちなみにこのACに加え、全室冷暖房ありという快適な学校である。それだけに、授業料がなかなか高い。なぜ、オレがこの学校に通っているかというと・・・コホン。オレが特待生だからだ。自分で言うのもなんだが、オレは頭がいい。全国模試5本の指にはいる頭を持っている。そのおかげで授業料をパスできるのだ。


「はあ・・・」
 隣でぐでーとジンが机にもたれている。
 ここは本館3階の一番東の部屋。保健室を出たオレたちは全力疾走で1階から駆け上がってきたのだ。
 オレは手をパタパタとあおぎながら息をついた。先生はまだ来ていない。
 そういえば、風斗の騒ぎで忘れていたが、あの少女はどうなったのだろう。家に帰ったと宮居先生は言っていたなぁ。また死のうとなんかしてねぇよな。そこまで考えてハッとした。オレは何であの子のこと心配してんだ?もうできることはしただろう?自問自答を繰り返してみる。
 あの子、どっかで会ったような・・・ないような・・・。そう、どこかで・・・。
 記憶をたどったところで、オレは中1以前を戻れない。実はオレには4〜11歳までの記憶がない。スッポリと抜け落ちている。断片的だとかそんなものすら。0〜3歳まではうやむやで、覚えているのは「クリス」のことと、「クリス」とはまた違う優しい声。
 目覚めたときに、最初に目に入ったのは白い天井だった。ぼーっとしていたオレに声をかけたのはじいちゃん。涙を流しながら骨張った手で、オレの右目の下、傷をなぞった。オレはこの傷をどこで負ったのだろう。その後のオレは、じいちゃんと共に暮らすことになる。
 うやむやといえば、あの少女の“コエ”が聞き取りにくかったような気がする。霧がかかっているみたいだった。不思議だ、こんなこと今まで無かったのに。
「・・・ュウ・・・シュウ!」
「へ?」
 隣を見てみるとジンが心配そうにこっちを見ている。
「シュウ・・・大丈夫か?石化したみたいに固まっとったけど」
「あ、ああ。大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ」
「・・・考え事ってなに?」
「え?っとう・・・な、なんでもいいじゃん!」
 オレは困って顔の前で手を振った。ジンがこう切り返してくるとは思わなかったから。
「シュウ」
 ジンは泣きそうな顔でオレに言った。
「オレじゃ、信用ならんか?」

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 04-08-27
 修正 05-01-10