第6話 能力(ちから)を使った日5
「君がジンくんか・・・。宗がよく話しているよ」
「え?」
優しそうに目を細めた老人がオレに言った。その言葉が妙にこそばくって、嬉しかった。
老人は、ベットに寝ているシュウの頬にある傷を指でなぞった。
「この子はね、特殊な病気のせいで長い間眠っていたんだ。今、宗が寝ているのも病気のせいなんだけど・・・。その病気っていうのが、人との接触によるストレスによっておこるものでね。そのせいか、人とは距離をおくようになってしまった」
老人はオレの目をじっと見て、話をつづけた。
「心配性のじじいの頼みを聞いてくれるかい?この子・・・宗の助けになってほしいんだ」
「助け?」
何の?そう言おうとしたけど、やめておいた。オレの知っているシュウは助けなんて必要しない強い人間なのに。
「そう、助け。いつかきっと、必要になる」
深く頷いて、目の前の老人は言った。
「お願いできるかな?」
「え・・・あ、はい」
よく分からないけど、シュウには恩があるから了承しておいた。
「ありがとう・・・。このことは内緒にしといてくれるかな」
「はい」
シュウは知らない、オレと老人の間で3年前にかわされた約束。
「オレじゃ、信用ならんか?」
ずっと言いたかった。シュウと初めて会った3年前から。
目の前に居る小柄な少年は、ふと痛そうな顔をする。
彼の祖父に言われるまで、よく見ていないと気づかない程度だけれど。
本人も自覚していないんじゃないかなぁと思う。
心配して声をかけると、何もなかったように笑顔で振り返る。その笑顔もいたいたしくって・・・。
いつか言ってくれると期待してきたけど、結局言ってくれなかった。
でも、彼には祖父という頼れる存在が居たから大丈夫だと思ってた。
でも今は・・・。
「信用?してるさ」
笑顔でオレは答えた。
「じゃあ、なんでや?何で話してくれんのや?オレは頼りにならんか?」
ジンの切実な言葉にオレは素直に驚いた。
「ジン?何かあったのか?」
「話をそらすな!オレは本気で心配しとんやで!」
いやそらしたつもりはないんだけど。
にしても、ジンがおかしい。オレが隠し事してるのが気にくわないのか?
いやそんな初々しいカップルじゃあるまいし・・・
「え〜と、ゴメン」
「なんで謝るんや!」
「え?だってジンが怒ってるから」
「・・・だ〜、もう。お前なぁ、オレの気持ちを理解してくれや」
「へ?」
ジンとは長い付き合いだけど、気持ちと言われましても・・・。
「あの〜、分かんないんですけど・・・」
オレが困ったようにいうと、ジンが頭を抱え込んだ。
なにやらブツブツ呟いている。
そして、オレの目をじっとみやると、
「お前の助けになりたいんや」
と一言。
ドクンと大きく鼓動がした。
助け?何の?まさか、オレの能力を理解しようとでもいうのか?
「え?シュ、シュウ!?」
「ふぇ?」
なぜかジンがあたふためきだした。
な、涙!?
オレは今、無茶苦茶狼狽している。なぜなら突然、シュウの目から涙がこぼれたからだ。
本人は気づいていないらしく、ふぇ?とまの抜けた声をあげている。
「なんで・・・泣いて・・・」
「え。あ・・本当だ」
ぐいっと乱暴に拭って、笑う。
「あー、うん。心配すんな。お前が助けになりたいとか言うから」
「は?」
「いやさ、なんていうか・・・素直に驚いたみたい」
自分でもよく分からないのか、困っている。はぁと溜息がひとりでにでた。おいおい。
「なあ・・・話してくれや。きっと危険信号やって!それにさっきの言葉はオレの本心や!端から見てるオレの身になって、ちったぁ頼れ・・・」
う〜んとひとしきり悩むと、シュウは寂しそうに微笑をたたえた。
「頼ってるって」
「いんや。頼ってへん。例えば・・・病気の事とか」
「病気?」
「ああ。お前隠してんのかもしれんけど、病気持ちやろ?」
「あー、それはお前が聞かなかったから」
「とぼけるな」
最後はすごみをきかせて言ってみた。聞かなかったからだと?はぐらかしていたくせに。はあとため息をつく。
「3年前の友達条理第15ヶ条、覚えとうか?」
友達条理というのは、シュウとの約束事みたいなモノ。3年前に友達がなになのか知らなかったシュウに教えてやったやつだ。
「へ?何で突然」
「いいから」
「えっと・・・『隠し事はできるだけしない』だったっけ?」
「そう。しとうやろ?」
そう切り返すと、シュウは焦って言った。
「できるだけだろ!?」
「お前はしすぎなんじゃ!」
「うっ・・・」
すごんだシュウが少しかわいそうだが、シュウのおじいさんとの約束を守るためにもここは譲れない。
「言え!言ってしまえ!じゃないと友達やめるで」
「な、なんでそうなるんだよ!困るから!」
「お前のおじいさんとの約束なんや!」
思わずそう言った。しまったと口を押さえても後の祭りで。
「・・・は?約束だと?」
「あ〜、ゴメン。忘れて」
そう言うと、キッと睨まれた。美人が睨むとすっげー怖いんですけど。
これでは先程とは立場が逆だ。
「う・・・。分かった言うから!」
観念して、オレは話した。その時あった事を隠さずに、だ。
話を聞き終えたシュウは複雑そうで。
「・・・お前あほ?」
「何でやねん!」
「いやだって、そんな妙な約束よくしたよなと思ってさ」
それには苦笑いを浮かべるしかない。
そして、シュウは黙って考える仕草をし、小声で言った。
「分かった・・・。話すよ」
「ほんとか?」
「ああ」
深く頷いたシュウはまた寂しそうに笑った。
「でも、覚えておいてくれ。オレが話さなかったのはお前にけーべつされんの嫌だったからって」
「軽蔑?」
「ああ。・・・嫌われるの覚悟で話すよ」
「嫌われるって・・・」
なんじゃそりゃと続けようとしたけど、シュウがシッと短く言ったから黙る。
・・・なんや。
っと思っていたら、教室の扉が開いた。年老いた教師が1人入ってきたのだ。
隣に座っているシュウはというと、筆箱やノートを出してきて勉強モードへと入っている。
オレは続きを言う事を諦めて、自分のバックに手をかけた。
焦った。
隣にいる赤のバンダナを巻いた少年を横目にオレは思った。
さて、どうしよう。友達をやめるとまで言われたからなぁ。それに約束って卑怯だろ。
オレにはオレで、絶対に言ってはならないっていうじいちゃんの遺言があるんですけど。
・・・言いたくない。
だって言ったら、この少年はオレから離れていくだろう。
それは悲しいコトだから。
でもなあ・・・。
授業なんて全然聞かずに悩んでいると
「弟切!」
呼ばれた。ハッとして教卓を見ると、教師がこっちを睨んでいる。
「目を開けたまま眠っていたのか?器用なヤツだ」
嫌味ったらしく言いすてる。オレはぐっと堪えて、ジンを見た。
ジンも呆けているようで、目は正面を見ているのだが聞いては居ないだろう。
オレと同じように悩んでいるのか?
憶測だけど、そう考えたら軽くなった。
そうだ。ジンはこういうヤツだった。
相手の悩みだとかを真剣に受け止める、優しいヤツだ。
大丈夫。自分に言い聞かせる。こいつは離れていかない。
「弟切。41ページを読みなさい」
「はい」
自己暗示が効いたのか、教師のいつもならカンに障る口調を何とも思わなかった。
*
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。オレはまだ放心状態のジンの頭をノートでぺしぺし叩いた。
「あ・・・。シュウ。へ、あれ?授業は?」
「とっくに終わったよ」
「ウソやん!」
狼狽しているジンがおもしろくて、オレは声を上げて笑った。
「ハハ、ホントにお前はおもしろいなぁ」
すると、ジンは急に口調を改める。
「そうや、シュウ!話してくれるんやろ!?」
「あ、ああ。まあ、落ち着けよ」
とりあえずジンを宥めておく。
「あのな。オレの話は、とっても長くなるから今日は無理」
すると、ジンは不満そうに反論した。
「今日中に聞きたい!」
「んなこと言われても、オレはこれから3時間ほど用があるんだよ」
「じゃあ、その後でええから」
ジンは必死に言葉を並べてくる。
強情なヤツ。
「あーはいはい。分かった。用が済んだら電話するから、オレんち来て」
オレが折れると、ジンは瞳を輝かせた。
「よっしゃ!待っとるで」
「了解。そんじゃまたな」
オレはバックを肩にかけて、ジンに手を振った。時間はあまりない。
「おう!」
ジンが軽く手を振ったのを見てから、教室を後にした。
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04-10-12
修正 05-01-10