第7話 能力を使った日6
4月上旬、午前7時。入学式を終えてはれて高校生となった少年は、落ち着いた雰囲気の喫茶店の入り口に1人立っていた。扉にはCLOSEの看板。少しためらいがちに、少年はその扉を押し開けた。
からん。静まった店内に、扉に取り付けられている鐘の音が響く。
「はーい。キソンでて!面接に来た子よぉ」
カウンターの奥から、語尾にハートマークでも付いていそうな声がした。昨日、電話したときに出た『店長』のものだと気付く。そしてひょっこりと顔を覗かせたのは、切れ目で端正な顔立ちの男性。どうもと会釈をすると、瞳を輝かせる。
「キミ、かわいーね」
「は?」
「でも、残念だなあ。15歳以上じゃなきゃ雇えないんだよ、ウチは。後3年は待って貰わないと。」
すると少年の中で何かが音を立ててきれた。
「オレは男 で、15 です」
「えっ、男〜!?」
素っ頓狂な声で、少年を指さしながら男は言った。不機嫌そうに少年は頷く。男は口をパクパクとするばかりだ。
「どうしたの?うわ、可愛い〜!」
奥から今度は綺麗な顔立ちの優男が出てきて、少年を見やるや顔をほこらばせる。少年は片眉を少しあげて言った。
「店長さんですか?面接に来たんですけど・・・」
すると、優男はいたずらっぽくウインクした。
「合格よ!」
「「は!?」」
そう見事に切れ目の男と少年はハモった。
新士高校より10分。家に帰るには反対方向に、その喫茶店は在る。
その店の名は「カラカラ」オレの4月からのバイト先だ。
4日前から休みをもらっていたから、こんな手紙をよこしたんだろうなぁ。
『今日は5時から。ちょ〜っと長くなるかも。すこし覚悟して来るべし』
1時間加算は確実かな。苦笑いを浮かべ、裏口を押し開けた。
「あら宗くん。お久しぶりだわぁ。葵村からの手紙は読んだ?」
入ってすぐ。コーヒーをいれている一見美女の優男が、満面の笑顔で声をかけてきた。
「お久しぶりです、店長。勿論読みました」
「そう、じゃあ今日もよろしくお願いします」
「はい。お願いします」
やんわりとした店長にお辞儀して、ロッカーを開ける。荷物を入れて、店の制服へと着替えた。
マニュアルにザッと目をとおして、店内へとはいる。
客は10人程度。接客にあたっているメイド服の似合う女性に会釈すると、軽く手を振って返してくれた。もう一度腰低くお辞儀をひとつしてから、定位置のレジ前に立つ。
時給850円。4時から8時までの4時間を平日。休日は朝から晩まで。
いいバイト先だと思う。それだけに今日も頑張らないと。
午後5時18分。
客は学生が増えてきた。下校途中の学生には寄りやすい道通りであるし、値段も手が届く範囲だ。
中には新士高校生もいて、この間声をかけられた。
「キミ、1年の弟切君でしょ?」といった感じで。
なんで、知らないヤツから声をかけられるのか不思議で、最初は動揺したが、それらしく流す方法も覚えた。
「ありがとうございました」
ひと月で身につけた営業スマイル。とても便利だ。
「ねえ、キミ」
茶髪にじゃらじゃらとした貴金属、不良ですと主張している若い男が、金を払った後声をかけてきた。
「はい。どうなされましたか、お客様」
「かわいーね、俺と今からデートしない?」
はい、無視。またこういう客かよ・・・。まれにいるんだよなあ、こういうヤツ。オレは男だって分かんねえのか?
「申し訳ございません。職務中ですので」
「そうつれないこと言わずに、さ」
でへでへと鼻の下をのばし、にやける男。気色の悪い。
はあ・・・仕方がないな。店内で騒がれるのは面倒だから、外に出てもらおうか。
「お客様、ちょっと――」
外へ出て貰えますかと続ける前に、背後から声が被せられた。
「お客サマ〜、コイツは俺のなんで、手出さないでくれます?」
振り返ると、切れ目で美顔の男が手をポキポキならせている。笑顔で怒っている様はマジで恐い。戦闘準備完了。いつでもやれます。
「え、あ、すいません〜!!」
そう言って、不良は逃げていった。・・・哀れ。
「ありがとぉございました〜」
ニコニコと男は言った。どうも先程の不良風情の表情がお気に召したらしく、ご満悦だ。
「・・・葵村先輩、一応感謝しますけど、『俺の』というのは聞き捨てなりません」
「えー、だってそのほうが早かったじゃん」
ぷーっと子どものように頬を膨らます男、葵村は、この「カラカラ」店長の息子で、オレの1つ上。同時に新士高校生で、最大の謎の部・アラシ部に所属している。
「それにお前、女にしか見えないし」
「・・・もういいです」
「そ。じゃあ、コレ着て」
ずいっと差し出されたのは・・・メイド服。この店のものだ。
「イヤです」
「さっき助けてあげただろう?恩はかえさなくちゃ」
「助けてなんて頼んでないですっ」
「うん、でもそれが何?過程より結果だよ。ウダウダ言っていたら脱がすよ」
・・・本気だ。葵村先輩は、通常ならいい人なんだけど、何かとオレに女装させようとする。思い出したくもないが、1回セーラー服を着させられた。これさえなければなあ。
脱がされるのは、絶対にイヤだったから、しぶしぶ受け取った。だからと言って、着るもんかっ。
「そういえば、先輩。手紙は自分で渡しに来て下さいよ。女性3人に頼んだでしょう?」
「うん、そうだったね。・・・ドキドキした?」
「友人が受け取ったんですよ!・・・妙な誤解を招きそうになりました」
オレが少しふてくされて言うと、先輩はぷっと吹き出す。本当に酷い。
「悪かった悪かった。時間なくてさ。それに、お前が携帯持ってないのも悪いっ」
「え、宗くんケータイ持ってないの?」
カウンターの向こうから身を乗り出してきたのは、女性の先輩。名は若葉。これまた新士高校2年生で、陸上部所属。部活に行くのは自分の気分次第というアバウトな人だ。
「そうなんだよ若葉。珍しいヤツだろ?」
「うんホントね。どうしてなの?宗くん」
「・・・どうしたも何も・・・」
首を捻って考えてみる。や、別に必要なワケじゃないんだけど。
「う〜んと、高いからでしょうか」
「あ、値段か。それなら新士高校特注の安いよ。こんなの」
ポケットから丸い機会を取り出して、若葉先輩は見せてきた。パカッと開けると、液晶画面がコンパクトでいう鏡の部分で光った。
「普通は月1500円ぐらい。私の場合は、バカみたいに高くなるけどね。安いでしょ?使いやすいし、デザインのバリエーションも多いんだよ」
「月1500!?」
葵村先輩が、おもしろいぐらいに反応を示した。テレフォンショッピングみたいに。
「まじかよ!宗、買おうっ。俺も買う!」
「え・・・あ、はい」
「よしっ、若葉それどうやって買うんだ?」
葵村先輩の勢いに、つい頷いてしまったけど・・・まあいいか。必要ないワケじゃないし・・・。
若葉先輩の詳しい説明がながれるなか、ふとガラスの向こうに目をやると、見知った姿が通り過ぎた。
淡い茶色の髪、ちっちゃな体。うつむき加減でさっさと通り過ぎてしまったけど、オレの目が正しければ今のは・・・
「ゆ・・・う・・・?」
保育園の服を着た優だった。でも、それはあり得ないことだ。優の家や、保育園から5kmは離れているし、今の時間帯を考えてもおかしい。1人で歩いているなんて考えられないことだ。
「宗、どうした?」
「いえ・・・・・・なんでもないです」
「?」
葵村先輩と若葉先輩が顔を合わせて首を傾げたが、オレは苦笑するしかなかった。
気のせい、気のせいだ。首をふって、少女の姿を頭から追い出そうとする。
それでも脳裏にこびりついているようで、離れない。
カラーン
制服を着た女子2人組が、扉を押して入ってくる。
オレは忘れることを諦めて、職務をまっとうすることにした。
後残り3時間ぐらいだ。
「いらっしゃいませ」
すっとお辞儀する。
小さな引っかかりをのこして。
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バイト編終了。
佐倉としては、葵村と若葉お気に入りなんですけど・・・ど、どうでしょうか?
次は、仁とのお話。っの前に、一騒動を予定してます。
04-12-25