第8話 能力を使った日7

「友達って何?それに友達になって何をするんだ?」
 そう見上げてくる瞳にたじろいだ。
 そしてその質問にも。
 だってそんなことを聞くヤツはいない。
 だから返事に窮して。
「う、一緒に成長する関係やと…思う。やけん遊んだり、会話したり…」
 そう答えるしかなかった。
 友達って何?
 まだ、ほんとうの答えは出ていないのかもしれない。


「宗くん。お疲れさま」
 午後9時26分。
 予定の1時間オーバー。途中で軽くサンドイッチを摘ませてもらっただけで、胃はもう限界をこえて、逆になにも受け付けなくなっている状態。
 今時珍しい、給料手渡し制。茶封筒にずっしりと入ったもの、もちろん金の重さに充実感と疲労度が同時に押し寄せてくる。
 この瞬間が案外好きかもしれない。
「明日もよろしくね」
「はい」
 茶封筒を握りしめ、急いでロッカーで帰る準備を開始する。
 少し緊張してくるのは仕方がないかもしれない。それだけオレの秘密は重い。
 帰りにスーパー寄って、急いで家に帰って電話して…。
「それじゃ、失礼します」
 扉を押し開けて、暗闇を走る。
 背後で葵村先輩が何か言ったような気がしたが急いでいたオレには、それに対応する余裕すらなかった。



「仁〜、電話〜!」
「分ったー!今行くー!!」
 開いていた参考書にシャーペンを放り投げ、一秒でも遅ければ切れてしまう、そう思っているのか仁は転げ落ちるような速さで階段を下りる。
「う、うわわわわ〜〜〜」
 事実落ちた。
「…何やってんの、そんな急がなくても切れたりしないわよ」
「ってて、そりゃ知っとおけど。ま、貸して」
 ひったくるように姉から仁は電話を受け取った。
 もう。そう不満げに言う口調とは違って、姉の顔は笑っている。
「シュウか!遅いやんけ!」
『〜〜〜お前、声でけぇぞ』
 電話の向こうで批判を口にする宗は、きっと片方の耳を塞いで顔をしかめているのだろう。
 声だけでも案外分かるものである。
「悪い悪い。でもお前がなかなか電話してこんのも悪いっ」
「なにそれ、仁」
 ふふふとまだいたのか、姉は笑った。仁はまるで動物にするように、しっしっとあっちに行けポーズをとる。
 なんだか嬉しそうに姉はそのポースしたがった。ごゆっくり。そう耳打ちして。
『お前言ってること、無茶苦茶だぞ。相変わらずだけど』
「ならいいやんけ」
『そうじゃなくて……もういい。とにかくオレは飯食ってると思うけど、それでいいなら―』
「全然オッケーや。そんじゃ、今から行くで!」
『…うん。それじゃあな』
 がちゃりと切れる。
 その後は虚しくツーツーツーとなるだけで。
 なんだか影を含んでいる宗の言葉が気になるけれど、それもそうなのかもしれない。
 彼がとても言いにくいことを今から聞きに行くのだ。
「ねーちゃん、オレ今から出てくるな」
「今の彼女のところ?」
「ぶぼはぁっ!な、何で彼女やねん!」
 さすが関西弁を喋るだけはあって、ナイスリアクションである。
「え、違うの?だって階段転がり落ちる勢いで走ってきたからてっきり」
「う…で、でもちゃうねん!シュウや!」
「シュウ?ああ、一回家に来たことあったわね。男の子なのに、と〜っても可愛いあの子」
「そうや。そうゆうことやけん、今日は泊まってくるけんな」
「はいはい。気の迷いに流されちゃ駄目よ」
 ぷぷぷと口に手をあてて、姉は忠告した。その目は完全におもしろがっている。
「ど、どういう意味や!」
「さあねぇ〜。ほら、早く行ってきな」
「あ、ああ」
 背中を押され、半ば家を追い出された仁は、ほんの少し玄関を睨むと、闇夜へと駆けだした。



 仁の家から宗の家まで、走って10分の距離にある。
 宗の家は、純和風ですといった風貌で、たぬきおどし…じゃなくて、ししおどしがあったりする。
 一階建てで、宗の部屋、祖父の部屋、居間、台所、風呂とトイレと、小さな家だ。
 でも仁は気に入っていた。
 狭くもなく広くもない程良い畳の空間に、手入れされた庭から吹き抜ける風に癒されないものはいないだろう。
 自転車を定位置に止めて、仁はベルをならす。
 ビーと、今どきにこんなインターフォンの音。
 少し待つと、扉の向こうから「はーい、入っていいぞー」と宗の声が聞こえた。
 遠慮なく扉を開けて、靴を脱ぐ。
 そうしていると、パタパタスリッパをならしながら奥から宗が小走りでやってくる。
 手をタオルで拭いているので、どうやら夕食の準備をしていたようだ。
 現在時刻9時53分。遅すぎないか?
「悪い。オレさっき帰ってきたばっかでさ。だから」
「わぁった。ゆっくりしとくけん、気にすんな」
「…サンキュ」
 軽く宗は頷くと、また小走りで奥へと戻っていく。
 仁は居間へと入ると、言葉通り座布団をしいてくつろぎ始めた。
 居間からは台所が見える。ちょうど宗が背中をむけて何かを切っているようだ。
 その背中をぼーっと見ていると、視線に気付いたのか、苦笑を浮かべながら宗は振り向いた。
「何?お前腹減ってんの?」
「え?…い、いや、減ってへん」
 ぐぎゅるるる〜
 ナイスタイミングで仁の腹の虫がないた。
 思わず宗は吹き出し、仁は顔を真っ赤にさせた。
「ちゃ、ちゃう!こ、これは消化された時の音で!」
「いいって。軽くなんか作ってやるよ」
 おもしろいやつだなあと言っているのが分かって、仁はぽりぽりと頬をかいた。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
「おう」
 そういうと、宗は作業にもどる。
 トントンと軽快に包丁は動く。
「なあ、ジン」
 おもむろに宗は仁をよんだ。
「ん?」
 くるりとまた振り返ると、宗は複雑な表情を浮かべながら、言いにくそうに口を開く。
「…やっぱ、先に言っておくな」
 なにを?そう返そうとして仁は止めた。
 とても重要なことを、言ってくれるのだと分かったから。
 軽く俯いて、宗は息をはいた。
 仁は急かすことなく見守る。
「あのさ」
 ゆっくりと顔をあげた宗の瞳が潤んでいるように見えた。
 なにか怯えているようにも、見えた。
「オレは―」

 トゥルルルルル、トゥルルルルル

 黒電話がなった。

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 仁姉が好きな私です。

 05-03-24