目次に戻る | 前のページ | 次のページ |
がらり。 脱衣室で澪を部屋に連れて行く方法を考えようとしていた純は、いきなり戸が開いたのに驚いて、目を見開きました。 「兄貴っ、いつまで入ってるんだよ。」 「どわっ!涼っっ!」慌ててしゃがみ込み、澪を隠そうとする純。 「こ、これはなっ・・・!」 「男同士で何を恥じらってんだ?」 「い、いや、これには深い理由が・・・。」 必死に弁解しようとする純。呆れて見ている涼。その傍らを、飛び出した澪が走り抜けて行きます。 「ま、待てっ澪っ!」 「何だよ『みお』って?」言いかけた涼は、立ち上がった彼の姿に思わず顔をそむけました。「兄貴、早くパンツ穿けよ。」 「・・・え゛?」 「さっさとそれをしまえっての! 早く来いよ、みんな待ってんだから。」 そう言うと涼は、くるりと向きを変えて行ってしまいます。その後姿を、純は茫然として見つめていました。 「澪、お前・・・」急いで服を身に着け、部屋に戻った彼は、裸のままベッドの上で跳ねている女の子に尋ねました。 「もしかして幽霊か?」 「違うよ。」 澪は、シーツの上にぺたんと座り、ちょっとむくれて見せます。 「そ、それじゃ妖怪・・・?」 「ばか。」 きょろきょろとあたりを見回していた澪は、ぴょんとベッドから降りてクローゼットに駈け寄ると、戸を開けて中から純のワイシャツを引きずり出します。そして、潜り込むようにして袖に手を通すと、にっこり笑いました。 『あぅっ、可愛いっっ』(をぃ 余った裾と袖が、だらんと垂れています。開いた前を隠すように、胸のところで組み合わせた腕。その間から覘く白い肌。少女としての膨らみさえもないのに、何故か純はどきりとしました。決していやらしい気持ちではなく、それでいて胸が高鳴るのです。こういうのを『萌える』というのでしょうか(うぁ 「純、何してるの? 早くいらっしゃい。」 下から、母親の声が聞こえます。純は慌てて立ち上がり、澪に言いました。 「と、取り合えず僕が朝食を食べてくるまで、ここで待ってろ。いいな?」 「ああ、いいよ。」 ひらひらと手を振る澪に見送られて部屋を出ると、彼は首をかしげました。 「あれ? 何であいつが僕の部屋を知ってるんだ?」 「おーい、兄貴っ。」 下からまた涼の声がします。彼は一つ首を振り、頬をぴしゃぴしゃと叩いて階下に降りて行きました。 「遅かったのね。お味噌汁、冷めちゃうわよ。」 「ごめん。」 食卓につくと、母親が言います。父も弟も、待ちきれなかったのか、もう食べ始めています。今日はアジの開きに香の物ときんぴら。味噌汁の実は蕨とぜんまいでした。海苔と佃煮がテーブルの中央に置かれています。父親の傍らには、読みさしの朝刊がありました。 「上で何してたんだよ?」涼が佃煮をご飯に乗せながら尋ねます。 「今日の兄貴、何か変だぞ。」 「そ、そうかな。」 「風呂場で恥じらったりして、変にオカマっぽかったし。」 「ば、ばかっ、何言ってんだ。」 「散歩で何か拾ってきたのかよ、捨て犬か何か?『みお』って何だ?」 「な、何でもないっ。」 純は、それ以上の追求をかわそうと、アジの開きにかぶりつきました。 バリバリと骨を噛み砕きながら、これからのことを考えます。 澪をどうするか。とにかく、このままにしておくわけにはいきません。幽霊か妖怪かは分かりませんが、あの子にも親がいるでしょう(多分)。どういう経緯であんな所をうろついていたのかは、また後で聞いてみるにしても、親は心配して捜しているでしょう。何とか早く、親元に返してやらなくては。しかし、どうしたらそれができるのでしょう。 唸りながら食べている純を見て、母親が心配そうに尋ねました。 「どうしたの純? 体の具合でも悪いの?」 「あ、いや、別にどこも悪くはないけど。」 「そう・・・それならいいんだけれど。このところ、部屋に引きこもってばかりいるから。」 母親がため息をつくと、父親がためらいがちに言います。 「その・・・な、純。」 「え?」 「そろそろまた、就職のことを考えてみないか? いつまでもこのままというわけには・・・その、いかないだろう?」 「うん・・・分かってはいるんだけど」純は、箸を止めて答えました。 「どうしてもそんな気になれなくて。・・・ごめん。」 純がそれきり口ごもると、父親も黙ってしまいます。ややあって母親が別の話題を取り上げ、涼がそれに乗って、その話はそのままになりました。 |