誰よりも一番に
arc2|2006.07.29
「良いよ。お前が来るまで、ずっと待っている」
優しい蒼の瞳に見詰められて、芽生えた躊躇と照れにエルクが頬を染める。突如閃いた考えを実行する為とはいえ、やはりアークに対して申し訳ない気分になるのは致し方ない。
「ご、御免。でも、余りにも遅いようだったら…」
「お前は、来るのだろう? ならば俺は、お前が来るのを楽しみに待たせてもらうよ」
それ以上の言葉をエルクに言わせずに、アークが笑みを浮かべてエルクの口に立てた人指し指を当てる。
何か、思う所があっての事だとすぐに分かったので。その理由を聞く事なく、アークはエルクを解放した。
「それじゃ、また後でな。エルク」
「う…うん。ま、またな」
そそくさと、後ろ髪を引かれる思いでエルクが去って行った後、やはり一抹の名残惜しさを噛み締めるように、アークが人知れず溜息を吐いた事をエルクは知らない。
取り敢えずアークは、エルクに約束した通り、彼が来るまでの間、自分の部屋で時間を潰していた。
だがいつもの時間、エルクがいつも部屋を訪ねて来る時間帯を過ぎても、来訪を告げるノックの音が響く事はなかった。
遅くなっても、と先に告げたエルクの言葉がなければ、或いは彼が約束を守る人物だと知らなければ、何かあったのかと、様子見に出かけても不思議ではない刻限になっても、一向に現れる気配が無いのだから。
「ん……もうこんな時間か」
ふと時計を見遣ると、時刻は夜の12時近くを指していて。
今まで、こんな時間になるまでエルクが来なかった事はただの一度もなく、もう寝てしまったのかと不要な危惧を覚えそうになった時。
不意に、扉を叩く音が室内に響いた。
「…エルク? 開いてるよ」
声を掛けると、すぐに扉が開いて待ち望んでいた顔が姿を見せた。
「遅くなって悪い…。もしかして…寝てた…か?」
「いや、しっかり起きてるよ。少しだけ、危ぶんだけどな」
扉の鍵を掛けて近付くエルクの手を取って引き寄せると、途端に顔色を曇らせて、エルクが顔を伏せた。
「御免…」
「謝らなくて良いよ。約束通り、お前はちゃんと来てくれたのだから」
「……うん」
エルクが、ほっとしたように顔を上げてアークと視線を交わす。
「それで、遅くまで俺の所に来れなかった理由は何?」
「えっと…それは…」
綺麗な顔から眼を逸らすのは心苦しいのだけれど、ちらりと、寝台の横にある置き時計を盗み見て、時刻を確認してからエルクは再びアークと視線を合わせた。
「た…誕生日…おめでとう、アーク」
「え?」
どうやら彼にとって、この文句は予想外の言葉だったらしい。きょとんとしているアークに、エルクは笑いが込み上げてくるのを感じながら反芻する。
「誕生日おめでとう、アーク。あ、あんたには、誰よりも一番に伝えたかったから…」
「…え? 俺の誕生日って…」
遅れてアークが時刻を確認すると、成程、確かに時計の針が12時を過ぎていた。
自然と破顔する顔を意識して、照れ隠しに俯いたエルクの顔を上向かせる。
「ありがとう、エルク。俺も、誰よりも一番にお前に祝ってもらえて、凄く嬉しいよ」
「そ、そうか?」
「ああ。でも…まさか、それを言う為だけに部屋に来るのを渋られていたとは思わなかったけどな」
「うっ」
状況を全部把握したらしいアークの言葉に、エルクが顔を赤くさせて言い返した。
「し、仕方ないだろっ。だって…その前にここに来てたら、絶対に言うタイミングを逃すの分かってたし、そ、それに…」
「何?」
優しい促しの声。一言のくせに随分と甘くて優しいその音調に、エルクはどきりとして再び顔を伏せた。
今日、ポコに聞くまで、アークの誕生日を知らなかった事。何も用意できなかった自分が情けないと思った事。
何より、好きな人の誕生日に、何もあげられるものが無いと言う事。
エルクがそれらを説明した時、アークの笑みがより深いものへと変わったのにエルクは気付いた。
「アーク?」
「何もあげられない? そんな事はないさ。俺は充分に、お前から沢山のものを貰っているよ」
「で、でも、俺はあんたに、何の贈り物も用意できなかったんだぜ?」
「形に残る物、残らない贈り物もあるけれど、心から欲しいと思うものを与えてくれるのは、お前しかいないんだよ」
「俺…?」
「気持ち、だよ。エルク。幸せと言う名の沢山の気持ちを、現に今、エルクは俺にくれたじゃないか」
これがアークでなければ、すかした奴、と鼻先で笑ってやる事もできたのだが、如何せん相手はアークである。
正統派の美形に加えて、臭い科白を自覚もなく平然と言ってのけ、しかもそれがサマになるから文句の付け所がない美貌の恋人に。
エルクは、脳髄がくらりと甘く痺れるのを感じてアークの腕にしがみついた。
「お前…キザすぎだぞ」
「そうかな?」
「でも、似合ってるから許してやる」
「それはありがとう」
「許してやるから……アーク、あんたに俺を…やる」
「え……」
突拍子もない、大胆発言を噛ましてくれたエルク本人に照れはなく、自覚無しも困りものだと、心の中でアークが苦笑を漏らした。
「本当に…物凄く嬉しいお誘いだよ、エルク」
「だ、だって、俺にはこれくらいの事しかできねえし…」
「安心しろ。据え膳を目前にして拒むような、そんな無粋な事はしないから」
「す、据え膳って…」
あからさまに比喩されて、はたと気付いたエルクが自分の発言に気付いてぼっと赤面するが、だからと言って逃げる素振りは全くない。
エルクの耳元に、敢えて確認するようにアークが囁いた。
「…遠慮なく…頂くよ?」
「うっ……」
羞恥に頬を染めるも、こくん、とエルクがはっきりと意思表示を示す。
優しい蒼の瞳に見詰められて、芽生えた躊躇と照れにエルクが頬を染める。突如閃いた考えを実行する為とはいえ、やはりアークに対して申し訳ない気分になるのは致し方ない。
「ご、御免。でも、余りにも遅いようだったら…」
「お前は、来るのだろう? ならば俺は、お前が来るのを楽しみに待たせてもらうよ」
それ以上の言葉をエルクに言わせずに、アークが笑みを浮かべてエルクの口に立てた人指し指を当てる。
何か、思う所があっての事だとすぐに分かったので。その理由を聞く事なく、アークはエルクを解放した。
「それじゃ、また後でな。エルク」
「う…うん。ま、またな」
そそくさと、後ろ髪を引かれる思いでエルクが去って行った後、やはり一抹の名残惜しさを噛み締めるように、アークが人知れず溜息を吐いた事をエルクは知らない。
取り敢えずアークは、エルクに約束した通り、彼が来るまでの間、自分の部屋で時間を潰していた。
だがいつもの時間、エルクがいつも部屋を訪ねて来る時間帯を過ぎても、来訪を告げるノックの音が響く事はなかった。
遅くなっても、と先に告げたエルクの言葉がなければ、或いは彼が約束を守る人物だと知らなければ、何かあったのかと、様子見に出かけても不思議ではない刻限になっても、一向に現れる気配が無いのだから。
「ん……もうこんな時間か」
ふと時計を見遣ると、時刻は夜の12時近くを指していて。
今まで、こんな時間になるまでエルクが来なかった事はただの一度もなく、もう寝てしまったのかと不要な危惧を覚えそうになった時。
不意に、扉を叩く音が室内に響いた。
「…エルク? 開いてるよ」
声を掛けると、すぐに扉が開いて待ち望んでいた顔が姿を見せた。
「遅くなって悪い…。もしかして…寝てた…か?」
「いや、しっかり起きてるよ。少しだけ、危ぶんだけどな」
扉の鍵を掛けて近付くエルクの手を取って引き寄せると、途端に顔色を曇らせて、エルクが顔を伏せた。
「御免…」
「謝らなくて良いよ。約束通り、お前はちゃんと来てくれたのだから」
「……うん」
エルクが、ほっとしたように顔を上げてアークと視線を交わす。
「それで、遅くまで俺の所に来れなかった理由は何?」
「えっと…それは…」
綺麗な顔から眼を逸らすのは心苦しいのだけれど、ちらりと、寝台の横にある置き時計を盗み見て、時刻を確認してからエルクは再びアークと視線を合わせた。
「た…誕生日…おめでとう、アーク」
「え?」
どうやら彼にとって、この文句は予想外の言葉だったらしい。きょとんとしているアークに、エルクは笑いが込み上げてくるのを感じながら反芻する。
「誕生日おめでとう、アーク。あ、あんたには、誰よりも一番に伝えたかったから…」
「…え? 俺の誕生日って…」
遅れてアークが時刻を確認すると、成程、確かに時計の針が12時を過ぎていた。
自然と破顔する顔を意識して、照れ隠しに俯いたエルクの顔を上向かせる。
「ありがとう、エルク。俺も、誰よりも一番にお前に祝ってもらえて、凄く嬉しいよ」
「そ、そうか?」
「ああ。でも…まさか、それを言う為だけに部屋に来るのを渋られていたとは思わなかったけどな」
「うっ」
状況を全部把握したらしいアークの言葉に、エルクが顔を赤くさせて言い返した。
「し、仕方ないだろっ。だって…その前にここに来てたら、絶対に言うタイミングを逃すの分かってたし、そ、それに…」
「何?」
優しい促しの声。一言のくせに随分と甘くて優しいその音調に、エルクはどきりとして再び顔を伏せた。
今日、ポコに聞くまで、アークの誕生日を知らなかった事。何も用意できなかった自分が情けないと思った事。
何より、好きな人の誕生日に、何もあげられるものが無いと言う事。
エルクがそれらを説明した時、アークの笑みがより深いものへと変わったのにエルクは気付いた。
「アーク?」
「何もあげられない? そんな事はないさ。俺は充分に、お前から沢山のものを貰っているよ」
「で、でも、俺はあんたに、何の贈り物も用意できなかったんだぜ?」
「形に残る物、残らない贈り物もあるけれど、心から欲しいと思うものを与えてくれるのは、お前しかいないんだよ」
「俺…?」
「気持ち、だよ。エルク。幸せと言う名の沢山の気持ちを、現に今、エルクは俺にくれたじゃないか」
これがアークでなければ、すかした奴、と鼻先で笑ってやる事もできたのだが、如何せん相手はアークである。
正統派の美形に加えて、臭い科白を自覚もなく平然と言ってのけ、しかもそれがサマになるから文句の付け所がない美貌の恋人に。
エルクは、脳髄がくらりと甘く痺れるのを感じてアークの腕にしがみついた。
「お前…キザすぎだぞ」
「そうかな?」
「でも、似合ってるから許してやる」
「それはありがとう」
「許してやるから……アーク、あんたに俺を…やる」
「え……」
突拍子もない、大胆発言を噛ましてくれたエルク本人に照れはなく、自覚無しも困りものだと、心の中でアークが苦笑を漏らした。
「本当に…物凄く嬉しいお誘いだよ、エルク」
「だ、だって、俺にはこれくらいの事しかできねえし…」
「安心しろ。据え膳を目前にして拒むような、そんな無粋な事はしないから」
「す、据え膳って…」
あからさまに比喩されて、はたと気付いたエルクが自分の発言に気付いてぼっと赤面するが、だからと言って逃げる素振りは全くない。
エルクの耳元に、敢えて確認するようにアークが囁いた。
「…遠慮なく…頂くよ?」
「うっ……」
羞恥に頬を染めるも、こくん、とエルクがはっきりと意思表示を示す。