花に添えた想い
arc3後|2006.07.29
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「うーん…。どうしよう」
 アレクは悩んでいた。
 群れを成すモンスターの囲みを突破して活路を見出し、待ち合わせ場所のノアリスの森入口付近でモンスターに襲われていた依頼人を、今しがた無事に保護したばかりだと言うのに。
「あの、ハンターさん? どうかしたの?」
「え、ああ、何でもありません。少し考え事をしてました」
 怪訝に思う依頼人に笑顔で応じて、アレクはぺこりと軽く頭を垂れた。
「それではクレスさん、行きましょう。場所は、このノアリスの森の奥で合っているんですよね?」
「うん。僕が目的の物を探す間、モンスターから守ってくれれば充分だから」
 そう答えた依頼人――クレスの淡い琥珀色の瞳が、優しい光を湛えてアレクを見ていた。

 今回アレクが請けた仕事内容は、依頼人が目当ての物を探し易いようその身辺を護衛する事である。
 クレスの話によると、何でもノアリスの森の奥深くにしか咲かない大変珍しい花があるらしい。
 その花を手に入れたいと願っても、いつモンスターと遭遇するか分からない森の中を一人で挑むのは、流石に危険を伴う。その為クレスは、その間、自分の身を守る護衛のハンターをギルドに要請したのだった。
 それを偶然請け負ったアレクが、待ち合わせ場所のノアリスの森の入口まで来た時――その依頼人がモンスターに襲われていたのを目撃し、そして無事に助け出して今に至る。
 冒頭、アレクが何を悩んでいたのかは、追い追い分かってくるので今は触れずにおく――が。




「それにしても、ハンターさんは強いな」
「そ、そうですか?」
 森の中を進むうち、再び襲撃してきたモンスターをアレクが追い払うと、感心したようにクレスが口を開いた。
「僕とそんなに歳も変わらないのに、それなのにそんなに強くって…。ハンターになる人は、やっぱり腕っ節が強くないと駄目なのかな?」 「そんな事はないですよ。確かにモンスターと戦えるだけの力が無いと困る時もあるけど、本当に必要なのは力の強さじゃない」
「そうなの?」
「はい。力だけが強くても、それに心が伴わなければ本当のハンターとは言えないと思います」
「…ねえ、ハンターさん?」
「何ですか?」
 きょとんと聞き返したアレクを、クレスが少し困ったように肩を竦めて見せた。
「それでも僕は、やっぱりハンターさんは凄いと思う。だってやっぱり、モンスターと戦えるって事は物凄い事だから」
 しかも僕と同じ年頃の人が、と言葉を付け足してクレスが言うと、アレクも照れのようなものを浮かべてクレスに笑って応えた。
「僕から見れば、そういうクレスさんこそ凄いと思いますよ」
「何が?」
「クレスさん、貴方は冒険者でも探検家でもないし、戦う力を持っている訳でもないでしょう?」
 言いながら、アレクは胸元で光る『ハンターの証』を掌に包み込んだ。
「だから依頼だけを頼んで、本当は安全な場所で待っている事もできたのに、貴方はそれをしない。それ所か、ハンターの僕と一緒に行動を共にしているじゃないですか」
「それは…自分の手で花を採りたかったからで…」
「それも、強さの一つだと思いますよ。どんな理由にしろ、自らが動くと言うのは勇気も必要ですし、その覚悟も必要としますから」
「そ…そうなのかな」
「ハンターの僕が言うのも何ですが、少なくとも、全てを他人任せにして何もしない人よりは、とても好感を持てますよ」
 朗らかな笑みと共にさらっと言ってのけたアレクに、クレスは驚いたように眼を見張り、次に小さく吹き出した。
「ハンターさん、面白いね。今のはハンターさん個人の気持ち?」
 笑い涙を拭ったクレスが、頷き返したアレクが首に掛けている水晶の首飾りを一旦視界に入れて顔を上げる。
 そうして、妙に意気投合した二人は、そのまま更に森の奥へと入って行った。




「ねえアレク、どうして僕が、ハンターを頼んでまでモンスターがうろつく森の中に来てると思う?」
 依頼人とハンターの垣根を越えて、随分と親しく接してくるクレスの問いに、アレクは素直に首を横に振った。
「珍しい花だから、どんな花か見てみようと思ったんですよね?」
「それもあるけどね。でも…本当の理由は、その花の意味にあるんだ」
「え?」
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