花に添えた想い
arc3後|2006.07.29
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「僕の村、ベルニカ村に古くから伝わる風習なんだけどさ。昔から村の男の人は、ある証を示す為にその花を森の奥まで行って、採って来ていたんだって」
「証って…花の意味と関係しているんですか?」
「え、えっと、だからそれが…」
 俄かに口籠もるクレスの頬が、仄かに赤く染まっている事にアレクは気付いた。
 が、それよりも気になる事がアレクの頭を占めていたので、先刻から気になっていた事をアレクは口に出した。
「クレスさん、確認の為に聞きますけど、クレスさんはその花を見た事があるんですか?」
「ああ、『大災害』前に何度か見てるから、その花を見付けた時はちゃんと言うよ」
 そう言葉を紡ぐクレスに、アレクが一抹の安堵を覚えたような表情を見せた。
 会話しながら更に森の奥を歩いていた二人だが、不意に前方に開けた場所を見付けて足を止める。
 否、その後ろに聳え立つ崖を見て取って、足を止めざるを得なかったと言うべきか。
「凄い崖だな……あっ」
 目前に連なる崖を見上げていたクレスが、突然声を上げて少し上の崖を指差した。
「クレスさん? どうしました?」
「アレク、あそこの崖の上! あの花が僕が探してる花だよ」
 丁度、崖の中腹辺りに突き出た岩の上に咲く花を指差してクレスが叫ぶ。
「あの白っぽい薄紫色の花がそうなのか…」
「うん、間違いない。あの花の色も、花の形も僕が昔見たままだ」
「でも、結構高い位置にありますね。…僕が採って来ましょうか? クレスさん」
「いや、それは駄目だ。僕がこの手で採らないと意味が無いんだ」
 クレスが、僅かに緊張した面差しで登り易そうな崖の箇所に手を掛けたその時――。
「! クレスさん、気を付けて!」
 腰の剣に手を掛けたアレクが、言葉と共にクレスの前に出る。
 開けた場所の所為で、視界が広くなった為だろう。
 森に棲むモンスター達にとって格好の的となったアレクとクレスの二人を取り囲むように、鬱蒼とした茂みからモンスターが次々と姿を現したのだ。
「モ、モンスター…っ」
「クレスさん、こいつらは僕が引き受けます。貴方は、その間に崖の上を目指して下さい!」
「で、でも、それだと君は」
「僕の事は心配いりません。依頼人(貴方)を守る――その為に僕はここに居るんですから」
「――っ」
 背後は崖。目前はじりじりと迫り来るモンスターの群れである。
 流石にこの場所では、人独りを守るのも不利だとアレクは考える。
 ならば、モンスターの手の届かぬ崖の上に依頼人を避難させた方が、まだ攻勢に転じる事ができると瞬時に判断して。
 逃げ場の無い獲物を追い詰めるように、じりじりと迫って来るモンスターを一望したクレスが、力強いアレクの声に意を決して岩壁に齧り付いた。
 そうして足場を確かめながら、なるべく下を見ないようにして崖を攀じ登っていくクレスを守るようにして立ちはだかったアレクが、すらりと剣を抜き放って身構える。
「さあ、来るなら来い! ここから先は、一歩も通すものか!」
 凛とした面差しをきりりと引き締めて、すうと息を吸い込むや否。

「フォースリング!」

 勇ましく叫んだアレクを中心に、青光を纏って広がった衝撃波が無数のモンスターを呑み込んで薙ぎ倒していった。
「させるか!」
 まずは敵の数を減らすのが狙いだった。
 その威力に気圧された一部のモンスターが後退するのを視界の端に捉えて、アレクが襲い掛かる植物系のモンスターを一刀の元に斬り伏せる。
 敵の出端をくじいたのが功を奏したのか、然程の時間を掛けずに、アレクは粗方のモンスターを片付けていった。

 程なくして、
「やった! 採れたぞっ」
 嬉しそうに叫んだクレスの声がアレクの頭上で響いた。
 そうしてアレクが逃げもせずに襲い掛かって来た最後のモンスターを仕留めた頃、登る時よりも幾分軽い足取りでクレスが崖から降りて来た。




 擦り傷だらけの手で掴んだ花を出して、クレスがアレクに笑いかける。
「アレク、ありがとう。君のお陰で花を採る事ができたよ」
「いえ、僕は何もしていませんよ。花を採って来たのは、クレスさん自身の力じゃないですか」
 それに、と言葉を続けて、心の中でアレクは思う。