以心伝心 Act1.アレク
arc3後|2007.02.15
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「なあ、アレク。頼みがあるんだけど」
 ちょっといいか? とばかりに間を空けたエルクに、アレクはどきりと、何故かうっすらと走った緊張感を瞬時に気配に溶け込ませてエルクの方を振り返った。
「はい、何ですか? エルクさん」
 僕で出来る事ならば何でも、とアレクが生真面目に言うと、エルクがずいっと間合いを詰めてアレクの前に立った。
「え…あ、あの、エルク…さん?」
 な、何でそんなに近付くんですかとアレクが瞠目する程に近い、二人の距離。小首を傾げて、じっと見詰める綺麗な濃紫の瞳を前に、アレクはどきどきと胸が高鳴るのを自覚した。
 憧れの先輩を前にしているとはいえ、その反応は露骨なくらいに純情だよねえ、とその場にいたら絶対に突っ込んでいただろう某音楽家の科白が飛んできそうだが、生憎とそこには、彼ら二人しかいなかった。
「エルクさん、あの、僕に頼みたい事って…」
「…分からねえか?」
「は?」
 分からないって、何をですか。否、何がですかと、アレクが頭の中でぐるぐると考える。
 そんなアレクをどう受け止めたのか、エルクが溜息一つ零して、ついと不平そうに顔を顰めたのを見てアレクは心臓を鷲掴みされたような気がして内心慌てた。
 な…何でそんな顔をするんですか!? ってその前に僕、エルクさんに何かしましたっけ、とアレクが思考の渦に囚われかけたそこへ。
「アレク…」
「は、はいっ」
「………して?」
「え」
 同じ目線で告げられた余りにも短い単語に、アレクの思考が一瞬真っ白になった。
 して、って、明らかに前置きが足りなくて皆目見当もつかない唐突なエルクの文句。だが、エルクの真意が分からなくてその顔をまじまじと見詰め返したアレクは、自身の頬が訳もなく途端に熱を帯びていくのを意識してしまう。
「あ、あのっ…それは一体どういう…」
「…分からねえの?」
「は…」
 焦れったいなとばかりに、エルクがアレクの肩に両手を置いて、アレクの黒褐色の瞳をひたと見据え。
「だから…してって」
「――!!」
 エルクの濃紫の瞳に映る、間の抜けた自身の顔。否、そんな事はこの際どうでもいいと、アレクの中から全ての思考がぶっ飛んだ。
 ここまで至近距離で互いを見合うなんて、滅多にない事だ。ましてや、自覚があるのか無いのか、少しだけ傾いた頭の所為で、若干エルクがアレクを見上げる形となるこの態勢、及び局面。
 か、可愛い…っ!
 容姿だけじゃなく、その仕種は犯罪的に可愛すぎると内心で唸り、くらくらと覚えた眩暈を踏み止まって、アレクがエルクの顎に手を伸ばした時。
「!?」
 余りにも挑発的な文句に、一瞬で飛び交った妄想がいけなかったのか、それとも罪作りな目の前の人物がいけなかったのか。健全な少年は、大好きな先輩を目の前にして最大の失態を犯しそうになった事にはたと気付いて慌てて飛び退いた。
「ん? アレク、どうし…うわっ!?」
「す、すみませんエルクさんっ! ぼ、僕、ちょっと失礼しますっ!!」
 片手を顔にやって、それでも爽やか笑顔を向ける姿は何とも間抜けだが、本人はそれ所じゃないとばかりにエルクを押し退けて遁走した。
「って…あいつ、一体どうしたんだ?」
 アレクの突然の豹変を全く分かっていないエルクは。きょとんとした顔でアレクが触れた自身の顎に手を添えて考え込む。
「変な奴だな、アレクの奴も」
 と、エルクに変呼ばわりされたアレクは、乱れた息を正そうと肩を落として、危うく吹き出しそうになった鼻血を先に止めにかかった。
 レジェンドハンター三人衆の一人、14歳にしてその伝説のハンターの称号を戴いた少年も、普段は平凡な16歳の少年で。どうやら只今、思春期真っ盛りと言った所だったようだ。
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