以心伝心 Act2.シュウ
arc3後|2007.02.15
「あ、れ?」
訳が分からないままアレクに逃げられたエルクが次に眼にしたのは、彼が最も心許した親愛を抱く人物で、加えて、エルクのハンターの先輩でもあるシュウだった。
「…エルクか?」
「あ、悪い。邪魔したかな」
「いや。そんな事はない」
入れ、と短く告げたシュウの言葉に気を良くし、素足に優しい座敷の中に足を踏み入れる。
トッシュの屋敷は主に畳が多いので、屋敷に居る時はどうしても靴を脱がなければならない。自分達にとって習慣ない事だが、要は慣れだとシュウは言う。
「どうした? トッシュならば今、組合の集まりに行っていて不在だが」
「いや、おっさんに用はねえから」
さらりと、容赦ない文句を噛ましてすたすたとシュウの前に歩み寄る。
高い位置にある窓際に寄りかかって、椅子代わりにしているシュウの前に立つと、おもむろに視線を動かして、シュウがエルクを見遣った。
「私の顔に何か付いているか?」
「いや、そうじゃなくて。なあ、シュウ?」
「何だ?」
「ちょっと…お願いがあるんだけど…」
「…?」
いいかな、と僅かに申し訳ない表情になったエルクに、シュウは彼にだけ見せる優しい眼差しでその先を促した。
「どうした、言ってみろ」
「うん。あの、さ…」
先刻の事があるからか、言い淀むように視線を逸らしていたエルクが、ふと意を決してシュウと視線を重ね合わせて言った。
「……してくれないか?」
先と同じ、何の前置きのない文句を述べると、当然と言えばその通りの反応で、シュウの瞳が訝しげに見開かれる。
「何をだ?」
「え、いやだから、して…って」
「……」
眼を逸らして、ごにょごにょと照れたように口籠もるエルクの顔は、身内の欲目を差し引いても微笑ましさを誘ってしまう。エルクが関わると普段の無関心はどこへやらのシュウが、ふむ、と読んでいた手元の手紙を二の次にした所は流石だ。
因みにその手紙の主が、ギルドマスターその人からの直筆だったりしても関係ないらしい。それをさっと懐に収めて、シュウがエルクの頬に手を滑らせる。
「シュウ?」
「ちゃんと、飯は食っているようだな」
「そりゃあな。食わねえと、いざって時に力出ないし」
「それもあるが…」
端から見れば何かズレていると思う会話だが、どうやら二人にとっては日常茶飯事の事らしい。
「え…わっ!?」
「相変わらず細いな」
何の前触れもなく、ふわっとエルクを横抱きに抱き上げたシュウに、エルクが焦ってシュウを見上げた。
「シュウっ、そ、そんなのどうでもいいから下ろせってばっ」
幾ら相手がシュウであっても、また精霊のご都合に合わせて外見が18のままでも、所謂お姫様だっこは正直こっぱずかしくて仕方ない。かぁっと一気に上がる体温に困惑していると、先と同じくふわっとした、羽のように軽い動作でシュウがエルクを下ろした。
「お前は、もう少し食ったほうがいいぞ」
「く、食ってるぞ。…一応は」
「一応は、か」
「う…」
「まあ、先の話に戻るとしてだが」
うっと言葉に詰まるエルクを余所にシュウは、ぽんぽんとエルクの頭を撫でて小さく微笑んだ。
「この癖は、いつだったか子供扱いだと言って嫌がってなかったか?」
「え、いやそれは、照れ臭くて突っ撥ねたって言うか」
「ほう。だが今は、構わないと」
「う、うん、まあ…」
くるり、と豪快に顔を横向けて答えたエルクを見るシュウの笑みがより深いものに変わったが、そっぽを向いていたエルクがそれに気付く事もなく。
「あ…俺、もう行くからな」
「そうか? まあ、迷子になるなよ」
「ならねえよっ」
この屋敷は広いからなと付け足したシュウを、即答と共に上目使いに睨んで。
「急に来て悪かった、シュウ。それと、あ…ありがとな」
それだけ言って、照れ臭そうにエルクがマントを翻す。淡い茶色――優しい胡桃色だ――のマントが視界から消えた後、
「あの無自覚の仕種は、やはり何とかしたほうが良いかも知れんな」
シュウが、名残惜しげに掌をそっと握り締めて漏らした。
訳が分からないままアレクに逃げられたエルクが次に眼にしたのは、彼が最も心許した親愛を抱く人物で、加えて、エルクのハンターの先輩でもあるシュウだった。
「…エルクか?」
「あ、悪い。邪魔したかな」
「いや。そんな事はない」
入れ、と短く告げたシュウの言葉に気を良くし、素足に優しい座敷の中に足を踏み入れる。
トッシュの屋敷は主に畳が多いので、屋敷に居る時はどうしても靴を脱がなければならない。自分達にとって習慣ない事だが、要は慣れだとシュウは言う。
「どうした? トッシュならば今、組合の集まりに行っていて不在だが」
「いや、おっさんに用はねえから」
さらりと、容赦ない文句を噛ましてすたすたとシュウの前に歩み寄る。
高い位置にある窓際に寄りかかって、椅子代わりにしているシュウの前に立つと、おもむろに視線を動かして、シュウがエルクを見遣った。
「私の顔に何か付いているか?」
「いや、そうじゃなくて。なあ、シュウ?」
「何だ?」
「ちょっと…お願いがあるんだけど…」
「…?」
いいかな、と僅かに申し訳ない表情になったエルクに、シュウは彼にだけ見せる優しい眼差しでその先を促した。
「どうした、言ってみろ」
「うん。あの、さ…」
先刻の事があるからか、言い淀むように視線を逸らしていたエルクが、ふと意を決してシュウと視線を重ね合わせて言った。
「……してくれないか?」
先と同じ、何の前置きのない文句を述べると、当然と言えばその通りの反応で、シュウの瞳が訝しげに見開かれる。
「何をだ?」
「え、いやだから、して…って」
「……」
眼を逸らして、ごにょごにょと照れたように口籠もるエルクの顔は、身内の欲目を差し引いても微笑ましさを誘ってしまう。エルクが関わると普段の無関心はどこへやらのシュウが、ふむ、と読んでいた手元の手紙を二の次にした所は流石だ。
因みにその手紙の主が、ギルドマスターその人からの直筆だったりしても関係ないらしい。それをさっと懐に収めて、シュウがエルクの頬に手を滑らせる。
「シュウ?」
「ちゃんと、飯は食っているようだな」
「そりゃあな。食わねえと、いざって時に力出ないし」
「それもあるが…」
端から見れば何かズレていると思う会話だが、どうやら二人にとっては日常茶飯事の事らしい。
「え…わっ!?」
「相変わらず細いな」
何の前触れもなく、ふわっとエルクを横抱きに抱き上げたシュウに、エルクが焦ってシュウを見上げた。
「シュウっ、そ、そんなのどうでもいいから下ろせってばっ」
幾ら相手がシュウであっても、また精霊のご都合に合わせて外見が18のままでも、所謂お姫様だっこは正直こっぱずかしくて仕方ない。かぁっと一気に上がる体温に困惑していると、先と同じくふわっとした、羽のように軽い動作でシュウがエルクを下ろした。
「お前は、もう少し食ったほうがいいぞ」
「く、食ってるぞ。…一応は」
「一応は、か」
「う…」
「まあ、先の話に戻るとしてだが」
うっと言葉に詰まるエルクを余所にシュウは、ぽんぽんとエルクの頭を撫でて小さく微笑んだ。
「この癖は、いつだったか子供扱いだと言って嫌がってなかったか?」
「え、いやそれは、照れ臭くて突っ撥ねたって言うか」
「ほう。だが今は、構わないと」
「う、うん、まあ…」
くるり、と豪快に顔を横向けて答えたエルクを見るシュウの笑みがより深いものに変わったが、そっぽを向いていたエルクがそれに気付く事もなく。
「あ…俺、もう行くからな」
「そうか? まあ、迷子になるなよ」
「ならねえよっ」
この屋敷は広いからなと付け足したシュウを、即答と共に上目使いに睨んで。
「急に来て悪かった、シュウ。それと、あ…ありがとな」
それだけ言って、照れ臭そうにエルクがマントを翻す。淡い茶色――優しい胡桃色だ――のマントが視界から消えた後、
「あの無自覚の仕種は、やはり何とかしたほうが良いかも知れんな」
シュウが、名残惜しげに掌をそっと握り締めて漏らした。