雨空を抜けて
arc2|2008.02.21
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 そうシャンテが言葉通りやれやれと言うから、エルクとポコは引きつった笑みを浮かべる。
 そして、
「あ」
 しまったと慌てる間もなく。
「あつつつつつっ!!!」
「うわっ、い、痛い!むしろ痛いっ」
 うっかりと、とっさに張ったファイアーシールドを解いてしまって、エルクとポコは、シャンテがにんまりほくそ笑んでしまうほどに期待通りのリアクションをとってしまったのだった。

「1800秒」
 ようやく冷えた体が温まってきて、暴力的だったお湯を黙って浴びられるまでになった2人は、きょとんとした顔で歌姫を見る。
 それにシャンテはようやく、表情を和らげた。
「1800秒数えるまで出てこないように」
 ちゃんと温まってきなさいと言いつけて、シャワー室を出ていく。
 その颯爽とした後ろ姿を、呆然と見送ったエルクとポコは、顔を見合わせた。
 部屋の中で言い争っていた時の互いの状態も酷かったが、現在進行形で濡れていく今の方がもっと酷い。重力に逆らう髪は力をなくし、まさに濡れネズミ。同時に吹き出した。
「っくく、なっさけねーの」
「うん、まったくだね」
 前髪をかきあげて、弱ったと情けなく顔を歪めて。妙に愉快な気持ちで、ひとしきり笑った。


「シャンテってさー」
「んー?」
 結局湯船に湯をはって、本格的に入浴しだしたポコに、エルクは服を洗いながら振り返る。
 土なのか埃なのか汗なのか、あるいは血なのか。いつまでたっても、濁っていない水を吐き出さないポンチョに、毎度のこととはいえ眉を寄せる。
「お姉さんみたいだよね」
 ほわっと笑ったポコの言葉に、エルクは一瞬動きを止め、先ほどよりも強く洗い始める。
 そんな些細な、でも確かな変化を、当然ポコが見逃すはずもなくて。
 ただ理由が分からなくて、首をかしげる。
 そんなポコに気付いたのか、エルクは手を止めた。
「……実際、あいつには弟がいたしな」
 ポンチョを睨みつけ、悲しそうに目を細めたエルクに、ポコは息をのんだ。
 過去形でつむがれた言葉の意味は理解できる。けれど、なんでエルクがそんな顔をするのか、一番大切な疑問は解消されない。
「エルク…?」
「…………シャンテ楽しそうだったよな」
「え?う、うん、そりゃあまあ…」
 急にお湯を食らって騒ぐ2人に、にんまり笑っていたシャンテを思い出す。
 楽しんでいた。思いたくないけれど、あれは間違いなく。
 戸惑いながらではあるが、間をおかずだったポコの肯定に、エルクはふわっと笑った。何かをふっきったように、陰りのない笑顔だった。
 だから、ポコは。
 現金でも、いいかと思う。
 その笑顔に偽りがないのなら、それでいいと。そう思えて。
「またいつか話してね」
「なにを?」
「なにかを」
 きょとんと瞬く、濃紫の瞳に、ポコは笑ってみせた。

 ブクブクと、浴槽に浮かんだアヒル(ヤゴス島といい、クレニアといい…世界単位での流行なのだろうか?)を沈めては、浮力で浮き上がらせてみたり、波立たせて動かしてみたりと、楽しそうなポコを横目で見る。