足りないもの
arc2|2007.02.12
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 今日だって、苦労してるオレの横で、颯爽とグルガが助けてくれたしなと、エルクは手を伸ばし苦笑する。
 そんな、彼の中であまり話したくないだろう部位すらサラリと何ともないように話されてしまって、ククルはそっと息をついた。
(何がガキよ…)
 そうして小さく頷いて、次に微笑んで、エルクに手を伸ばした。
 なんだろうと身構えつつも、動かないエルクの頭をそっと撫でる。
「っ!な、なにすんだっ!!」
 叫ぶと同時に、エルクは頭を押さえながら文字通り飛び退き、顔を真っ赤に染め上げてククルに向き合う。
「おー、ククル。出血大サービスじゃねーか」
「あら、そうかしら?」
 にっこり笑う聖母に、エルクは口をパクパクしている。完全に混乱状態へと落とされたらしい。今なら自分に攻撃してしまう混乱状態のモンスターの気持ちがよく分かるとどうでもいいことを思ってしまう。
「でも、エルク」
 ひょっこりと、立ち上がった勇者が、崩れ落ちそうなエルクの前にまでやってきた。
「君は、諦めるようなタイプじゃないよな?」
 薬害だから、仕方がないで終わらせるわけないよなと、確かめるようにアークは首を傾ける。
 それにエルクは目をしぱしぱさせて、参ったと言わんばかりに小さく笑った。
「とーぜんだろ。これでもこっそり牛乳とか飲んだりしてるんだぜ?」
「うわ、ベタなことやってんなー」
 成り行きを珍しくも黙ってみていたトッシュが、ついこう口を挟んでしまった。
 アークはつくづく思う。これさえなければと。
 そして、しっかりとその言葉に反応したのは当然エルクだった。
「うっせーなっ!わるいか、こんくらいしか思いつかねぇんだよ、ばーか!」
「っ、じょうとうだコラァ!」
 ご丁寧に腕まくりしながら立ち上がるトッシュに、アークは頭を抱え、ククルは目を丸くする。
「まあまあ、落ち着け、トッシュ」
 売り言葉をとんでもない勢いで買い取るトッシュ親分を宥め、座り直すのを見届けて、エルクに苦笑をおくる。
「でもエルク」
「ん?あんだよ、あんたもちゃっちいことしてるって思うのかよ」
「いやいや、そうじゃなくて。たしか聞いた話によると、カルシウムの取りすぎは逆に骨が硬くなって伸びないとか」
 そのとき、エルクの全ての動きが止まった。
「………え。マジで…?」
「たしか、だけど」
 そう言葉を濁してみる我らがリーダーにして司令塔は、それなりの裏付けがないかぎり、こういった知識をお披露目しないタイプだ。エルクは重々承知していたりする。
 絶句するエルクを見ながら、トッシュが爆笑したのはもはや言うだけ無駄というもの。
「あ、でも、カルシウムとらないと、骨すかすかだから!全然いらないってわけじゃない!」
「…あー…そう」
 さいですかと、アークのフォローは無駄に、むしろ墓穴を掘る勢いで終わった。
 そんな落ち込んでしまったエルクを見ていられなくて、助け船をと勇者はククルを見た。
 苦笑し、ククルは諭すように、意識的にトーンを落としてエルクに告げる。
「エルク。私が聞いた話では、身長を伸ばすために必要な栄養素はタンパク質とマグネシウム。バランスよくとることが必要なんですって」
「マグネシウム…」
「そう。あとは睡眠をとることと聞いたことがあります」
「す、すいみん!!!??」
 がばりとエルクは顔を上げ、顔から血の気を引かす。
「あ、そーいや俺も聞いたことあるぜ」
「トッシュが?それは気になるな」
「あのなぁ、アーク……まあいい。俺が聞いたって話はな」
 アルコールは身長促進に影響が出るらしい。
 ニッと笑いすら添えて、言ってしまった親分に、アークは終わったと正直に思い、エルクの方へとおそるおそる目を向けてみる。
「………ハッ」
 怖い、とても怖い。ククルも思った。
 そして調子に乗ってしまったトッシュは、それはもう大げさに肩をすくめて続ける。
「ま、飲んじまったもんは仕方」
「2度とオレに酒飲ますんじゃねぇ!!!!!!」
 もう寝る、おやすみ、また明日!とエルクは若干涙を浮かべつつ叫びながらトッシュに加減ゼロの蹴りを食らわし、走り去っていった。
 流石は一味随一の瞬発力を持つだけはある。あっという間の出来事であった。