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arc2|2007.03.29
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 大陸と大陸を駆ける銀の船。
 その一室。小さなランプだけを灯して、2人の少年がその脇で向き合っていた。
 質素ではあるが、備え付けられている机も椅子も使うことなく地べたへと腰を下ろし、思い思いにクッションを敷いて、あるいは抱えてくつろいでいた。
 彼等の間、距離にして50cmあまりに散らばっているものは、どこかで見たことがある赤と黒の数字を与えられたカードで、よく見なくても、彼等の手にも同様のものがあった。
 そんな静寂の中、蛍光灯の淡い光に照らされてオレンジがかかった、鈍色の瞳がそっと細められて。
 次に見えたのは、不敵の笑み。
「ね、訂正しないんだよね?」
 どこか嬉しそうに問いかける声に、向き合う少年は少し目を見開き、続いて同様に口元をつり上げる。
「もちろん」
「ほんとうに?」
「二言はねーよ」
 負けないし。
 ちらりと持ち札に目を落として少年は呟き、片膝をたてて少々身を乗り出し、カードを床へと滑らせた。
「フォーオブアカインド」
 ポーカーにおいて、3番目に強い役。それがフォーオブアカインド。
 どうだと言わんばかりに少年は、鈍色の瞳へと顔を上げて。
 にっこりと。最強無敵のあの笑顔と目があって、愕然とする。
 平常心を取り戻す間を与えられることなく、優雅なまでに手首を返し、見せつけられたその手札は。


 アーク・エダ・リコルヌは絶句した。そして軽くよろめき、額へと手をやる。
 容姿端麗、頭脳明晰、品行方正、才色兼備。彼を讃える言葉は多い。
 そんな彼が、そんな勇者が、今日は目的地までの移動日で、襲撃でもないかぎり比較的平和に過ごせる飛行船の上だからといって、若干油断していたとはいえ、その反応。
 一味の人間がいればおののき狼狽え、そして彼が見たものを見て、全く同じ反応をとることだろう。
「…なにをやっているんだ、トッシュ」
 談話室に入った彼が目にしたのは、トッシュ親分その人だった。
 ただし、窓に向かって黄昏れているだとか、いやたとえ壁に向かって逆立ちをしていたとしても、我らがリーダーはそんなにも動揺しない。
 つまり、彼がしていたことはというと、突拍子もないことだった。
 そう、トッシュは全身鏡に向かって、誰がどう見てもカメラに向かってするような決めポーズを懸命にとっていたのである。
 顎に沿って親指をそえてみたり、あるいは前髪を掻き上げてみたりと、表情もころころとかえて、だ。
 そしてトッシュはそのポーズを決めたまま、嬉しそうにアークへと目をやった。
「よお、アーク!」
「あ、ああ…なにをしてるんだい、トッシュ?」
 鼻歌すら歌いそうなほどの機嫌のよさをかもし出すトッシュに、アークは内心部屋に入ってきたことを後悔しつつあったが、それでもへこたれるわけにはいかない勇者である。
 平常心平常心と言い聞かせながら、トッシュへと歩み寄り、もう一度尋ねる。
 すると、トッシュはよくぞ聞いてくれたと、アークを指さした。
 先程から芝居がかっている親分に少々引きつつも、アークは先を促すように黙ってトッシュと目を合わせる。
「ふふふ、アーク。やはり時として、俺様のこの隠しようのない渋さ、気品、色気は罪になるようだ」
 アークは意味が把握できず今度は意志とは関係なく沈黙し、そうして素直に顔をしかめた。が、張本人が全く気付かなかったので、その素直さは流されることで終わる。
「ああ、罪深い男だ。あの鈍チンで照れ屋が売りのアイツをも虜にしちまうとは…っ」
 くよくよくよと顔を振って、トッシュは自己陶酔気味である。
 もうなんですか、罪深いって。アークは頭痛がしてきた。
「…ア、イツ…?」
 ひとまず、原因を調査すべく、アークは果敢にも質問を繰り出した。
「おうとも!」
 いや、満面の笑みで頷かれても答えになってないと気付かないのだろうか。そんなことを思う失礼なリーダーである。
「…誰のことだ?」
「ん?とーぜん、エルクじゃないか」
「いつからアイツ=エルクになったのか教えてくれ…ってエルク!?」
 勇者はノリツッコミをした。
 剣士はそれにどこかのおばさんよろしく、手首を上から下におろした。ちょっと聞きました奥さん。あれである。
「おう。まあ、聞いてくれよ。アイツ、唐突にやって来てよー、『……アンタって格好いいよな』って言って走り去っていったんだぜ?」
 俺の顔を直視することが出来なかったらしい。ふふん、可愛げのないヤツだと思ってたらよ!
 そう続いた気がするが、アークにとってはもうそれどころではなく、その優秀な頭脳をもって処理…もっと乱暴に言えば聞き流して考える。
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