ヒトツキ遅れのバースデー
arc2|2006.11.09
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「お、見てみる価値はありそうだな!」
「でしょ?リネン室に置いてあるんだけど、今から行く?」
「とーぜん」
 ガタッと音を立てて、エルクが立ち上がったその時だった。

「何してるの?エルク」
 自分の声は震えていなかったか、いつも通りだったか。それだけがリーザにとって心配なことだった。
 しかし、そのことに気付く精神的余裕を4人は持ち合わせていない。
 名指しされたエルクは元より、机を囲んでいた4人全員が固まったのがその証拠だ。
(ななななんでリーザがここにっっ!!?)
 エルクは驚愕のあまりポコを見た。
(け、気配感じなかったよっっ!!)
 ポコはエルクに劣らないほどの動揺を示しつつ、エルクを見た。
 シャンテとサニアはというと、最初こそ突然のリーザの登場に驚いたが、どうやら自分たちは関係ないようだと察し、エルクがどう対処するのか興味がわいてきて黙って見守る体制に入っていた。エルクにしてみれば、なんてヤツらだ、である。
 その4人の明らかに普段とは違う動揺した様子に、リーザはショックを受けた。
 さすがにもういないだろうと来てみれば、机を囲っている2人と、ポコと、そして何よりシャンテ。頭を殴られた気がした。
 だってエルクは確かに、こう言ったのだから。
『シャンテはたよりになんねーし、リーザは駄目だ』
 なのに、なんでいるの?一緒に、楽しそうに笑って。
 我ながらなんて醜い感情なのだろうと、思うのだけれど。
 一方エルクはというと、驚愕を少し乗り越えて、リーザの質問についてどう答えるべきか悩んでいた。
(こういう場合って、隠したりするもん…だよな?ん?でも待てよ?ここで無理して隠す必要ねーんじゃねーのか?)
 だって、誕生日からヒトツキを経ている。まさか、自分へのプレゼントだと思うまい。
 後になって、オレが作ったってバレるなら問題ない。要は、現時点でバレなければいいのだから。
 元々自分は嘘をつくのが苦手な方だし。
 よし、言ってしまおう。人形を、作っているのだと。
 そう心も軽くなり、口を開きかけて、何か引っかかった。キーワードは人形。
 あわてて口をつぐみ、思考を巡らせれば、そういえば、遠くない昔のことだ。
(人形師ってのが、いなかったっけな…)
 そう、思い出してきた。
 最初にあったのはインディゴス下水道。その時は死体に魂を定着していたネクロマンサー。
 次にあったのは、廃墟の町の廃屋。ネクロマンサーはドールマスターとなり、今度は自身の作った人形に魂を定着させようとして失敗していた、変で愉快な面白い奴が。
 確かにいた。
 人の趣味にケチや文句を言う権利はないが、ただ思ったんだ。
 人形作りが趣味って…正直…気持ち悪いって。
 そこまで思い出して、エルクは愕然とした。
(ちょちょちょ、ちょっと待て!今まで誰もツッコミ入れなかったから気にしてなかったけど!)
 男が、ヤローが人形を作っているって、もしかしなくても。
 エルクは血の気が引いた。
 何が問題ないだ、後でばれても大丈夫だ!
(言えねぇーーーーーーーーーっっ!!!)
 絶対に、自らの沽券の全てをかけて。
 だからエルクは、酷く動揺したままリーザから目をそらしこう答えたのだ。
「その…っ…リーザには、関係ねーよ…」
 今日中にリーザの元に届く人形に、自分は全く関与していないのだと。この人形は、リーザのものになる人形に全く関係ないのだと。
 そうして、おそるおそるリーザへと視線を戻したエルクは、絶句することになる。
 酷く、傷ついたリーザの表情。そして、その若草色の瞳から溢れたもの。
 それは。
 その単語に辿り着く前に、リーザがはっと我に返り、慌てて笑顔を貼り付けた。
「あ、ごめんね!そ、そだ、私食材取りに行かないと!」
「ちょ、リーザ!?」
 エルクの制止の声も虚しく、リーザは振り切るように部屋を飛び出していった。
 伸ばした右手もそのままに、エルクは先程見たものを麻痺した頭で考えようとした。
 が、そうする前に、スキだらけの後頭部に衝撃が走り、慌てて振り返る。
「っ!!!な、なにすんだ、サニア!」
「あんたねー、女の子を泣かすだなんて、いい度胸じゃない!」
 手刀をくらってズキズキする頭を押さえ、エルクは目を見開いた。
 やっぱり自分がみたものは涙だったのだと、もはや全体の1%に満たない冷静を保つ頭の片隅で思う。
「なんであんな言い方したのよ…エルク」
 フォロー入れなかった私たちも悪かったけどね。そうシャンテは頭をかく。
「や…隠す気はなかったんだけど…」
「ストーップ。そこからはボクらじゃなくて、リーザが聞かなきゃ意味がない。そーでしょ?ボクらは、なんとなく分かってるし…ね?早く追いかけてあげてよ、エルク」
 そう言って、いつも通りにっこり笑うポコに、エルクは流されてるとどこかで思いつつじんわりしてきて。
 そういえばそうだと、力強く頷く。
 そうすればポコはふにゃりと笑って、手を振った。
「綿取ってきておくからねー!」
「…おう!」
 エルクはリーザを追いかけるために食堂を駆け出した。

(どうしようどうしようどうしよう…っ)
 リーザは自身の目元を拭いながら混乱していた。
 正面から突きつけられてしまった言葉と、先程の失態でもう、本当に。
(どうしよう…みんな困っちゃったよね)
 ぐちゃぐちゃの感情が溢れてしまった。
 子供っぽい怒りのような憤りのようなものを、ぶつけなかっただけまだマシな部類だけど。