arc3後|2007.02.22
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「君も含めて一言物申すとね、意味もなくエルクを泣かしちゃった人は、相手が君たちでも遠慮なく僕の特別演奏をプレゼントしちゃうからね」
 言葉尻にハートマークを付けてのたまった旅の音楽家の一言は、不穏なくせして随分と軽快な口調だったから。
 訳が分からないまま通告されたアレクは、うっかりと聞き落としそうになった予期せぬ突然の一言を受けて、時を止めてその場に固まってしまった。




『壁』〜30theme 24.うでずもう〜




「ポコさんのあの言葉は、一体どういう事なんだ…?」
 本当に訳が分からないと、アレクは思う。
 否、あれはどう見ても喧嘩を売っている。しかも自分とアークに向かって宣言しているのだから、明らかに宣戦布告だ。
 しかし何故、とアレクが頭を悩ませるそこへ、不覚にも突然伸びた逞しい腕の中にアレクは捕らえられてしまう。
「うわぁっ!?」
「よ、なにシケた面してんだよ。幾ら屋敷の中って言っても、んな隙だらけで良いのか? お前」
「そ、その声はトッシュさん!?」
 息苦しさに、げほっ、と思わず軽く顔を歪めたアレクに気付いたのだろう。すぐに腕の力が緩み、首に巻き付いた逞しい二の腕から解放されたアレクは、着流しの袖口に両手を差し入れている赤毛の男の顔を見て、ほっと息をついた。
「お、お帰りなさい。トッシュさん。もう、組合の集まりは終わったんですか?」
「ああ、ついさっきな。しかし、何故にこんな廊下の真ん中に突っ立ってんだ?」
「そ、それは…ちょっと色々とありまして」
 組合の集会から帰宅したトッシュ組の親分その人に顔を覗き込まれ、アレクが焦ったように言い淀む。はーん、と眼を細めたトッシュがにやりと口許を歪めて自身の顎に指を絡めた。
「そうか、さては恋患いだな? アレク」
「そ、そんなんじゃありません!」
「隠すな隠すな。俺に隠したって今更なんだから、思い切って打ち明けちまいな」
「結構です!」
「まあ待ちなって」
「うっ!?」
 ぴしゃりと言い捨てたアレクが踵を返すや否、トッシュは速攻でアレクの襟首を掴んだ。ぶらーんと宙吊りにされたアレクが、一瞬惚けた顔を瞬時に厳しくさせてトッシュを睨む。
「ト…トッシュさん…僕は荷物じゃありませんよ」
「甘ぇぜ、アレク。こういう時は、すぐに態勢を整えて逃げ出すなり反撃するなりするもんだろ」
 こいつ天然か? と思いながらトッシュが言うと、アレクがはたと思い当たったようにトッシュに掴まれたマントに手を伸ばした。途端に、するりと離れるトッシュの手に、アレクの躰が重力に従って床に落とされる。
「い、いきなり離さないで下さいっ! 危ないじゃないですか」
「それにしちゃ、しっかりと受け身は取ってんのな」
「……失礼します」
「一応言っておくが、今のが戦場だった場合、エルクなら襟首を掴まれた時点で確実に蹴りを噛ましてたぜ」
 すたすたと丈の短い緋色のマントを翻すアレクの背に、トッシュが独り言のようにぽつりと漏らすと。え、と眼を見開かせてアレクが振り返った。
「アークなら、剣が飛んでる。シュウなら拳、下手すりゃ腕を叩き折られても不思議じゃねえかもな」
「トッシュさん、それは僕が、まだ未熟だからと忠告しているんですか?」
「いや。いつものお前なら、俺が近付いた時にその気配くらいは気付くだろ、と言ってんだよ」
「…あの、そんなに僕、ぼーっとしてました?」
「してたぜ。思い切り」
「はあ」
 相槌を打つような気のない返事で、アレクが眼を閉じる。考え込むように眉を寄せていたかと思うと、アレクが意志の強い眼差しをトッシュに向けて口を開いた。
「トッシュさん」
「ん? どうしたい」
「トッシュさんから見て、ポコさんの存在は一体どんな感じなんでしょうか」
「あ?」
「ですから、ポコさんの存在です。あの人は旅の音楽家として、世界中を旅して回ってます。一人旅が出来るくらいですから、ポコさんが凄く強いのだと言う事も分かります。でも…」
「あー、ポコねぇ。あいつは強いな」
 がりがりと頭を掻いて答えたトッシュに、アレクはやっぱりそうなんだと自身の考えに納得した。
「でも…見た目…弱そうなんですよね」
 ぼそりと漏れた、アレクの本音。その言葉に、トッシュが突き立てた指先を額に当てて唸った。
「アレク、人間、見た目で判断しちゃ痛い目見るぜ」
「それは分かります。いえ、分かっている…つもりです」
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