arc3後|2007.02.22
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「えっ、何言ってんの。真剣勝負で手を抜くほうが相手に失礼だよ。だから僕は、きっちりと全力投球でお返ししたんだよ?」
「…そ、そうか」
 思わず口籠もるエルクが、茫然としているアレクの背を優しく叩いてその顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫か? まあ…その、気にするな、ポコははっきり言って外見を裏切ってるから」
「エルク、それどういう意味?」
「無駄に力を持て余してんだよな。お陰で俺がどれだけ…」
「ふーん…エルクも、僕と一勝負する?」
「いや、いい」
 きっぱりと、即答で答えたエルクに、勝負に負けたアレクが漸く我に返ったらしい。
「さっ…詐欺だ…」
「うーん、それは否定しない」
「と言うかエルクさん、貴方がたの仲間のレベルの基準が全く掴めないんですが」
「いや、まあ、普通…だと思うけど」
「いえ。言わせてもらいますが、エルクさんの強さも半端じゃないですよ」
「え、そうか?」
 名のあるハンターや、人様の迷惑を顧みない指名手配犯とか。一般人では到底太刀打ちできない無法者、及びモンスターを相手に、彼らが苦戦している姿を見た事がない事をアレクは思い出した。
 否、そこまで言うと大仰すぎるだろう。けれども、梃子摺ろうと何だろうと、結果的にはいつだって返り討ちにしているのは揺るがぬ事実だから。
「それなのに…ポコさんにも負けるなんて…」
 そりゃどういう意味だと、エルクが心の中で頭を悩ますと。案の定、ポコがにっこりと笑顔を湛えて言い切った。
「でもさアレク、僕には無理でも、エルクにならもしかしたら万が一にも勝てるかも知れないじゃない?」
「え」
「お、おいポコ」
「まあ、最終的に立ちはだかる人物は今は置いておくとしてさ。それにエルクに勝てないようじゃ、君、アークにも絶対勝てないよ?」
「………」
 鬼ですか、貴方は。一瞬で落ち込んだアレクの肩に手を置くエルクと、のほほんと残りの茶を飲み干すポコ。
 エルクが深い溜息を吐いた所へ、不意にポコが、全開したままの襖へと視線をやった。
「ねえ、久し振りに君も参加してみない? アーク」
「えっ?」
 驚いて振り返るエルクと、アレク。全開した襖の戸口に立って頭を押さえた人物が、単に通りかかっただけなのにな、と一言漏らして部屋の中に入って来た。
「…ポコ」
「何? アーク」
「君も、あれから力を付けたのだろう?」
「まあ自然とそうなっちゃうのかな。何しろ僕、いつもアレを持ち歩いてるし」
「四次元ポケットに入ってる時は、重さを感じないんじゃなかったか?」
「んー、それじゃなくて、鞄のほう」
「ああ、そっちか」
 言いながらも、ふっと笑みを浮かべて台の前に移動するアーク。対するは、先刻勝利したばかりの旅の音楽家。
「手加減…は、無しだよ? アーク」
「そんな事、君相手に出来る訳がないだろう?」
 にこにこと笑っているポコと、不敵とも取れる笑みを浮かべているアークを見て、アレクが一瞬顔面蒼白になってエルクを振り返った。
 笑顔なのに微妙に怖いと感じる、その気配。その周囲の空気だけ唐突に凍り付いた気配を察知した所は鋭いと感心するが、それを表情に出してしまったアレクにエルクは内心で苦笑を覚え。
「アレク、間違っても止めるなよ?」
「止めたら身の危険を感じます」
「まあ、な。それが分かるだけ上出来ってやつだ。何しろ笑顔で黙殺できる連中だからな…」
「エルクさんは、慣れてるみたいですけど…」
「慣らされたっつーか。あ、一応審判は必要か」
 はたと気付いて、エルクが戦闘態勢に入った二人の台に近付く。
「用意、いいか?」
「ああ、いつでもいいよ」
「僕もね」
「よし。それじゃレディ…ゴーっ!」
 がしっと組まれた手に瞬時に込められる互いの力。二人の観客が見守る中、組み合ったまま均衡を保つ腕の向こうに見える相手の顔を見たまま、選手達がふと口を滑らせた。
「確かに…強くなってる」
「そういう君も。ブランクがあったとは到底思えないよ」
「それは、褒め言葉として受け取っておこう。でも」
「わっ!?」
 ダンっ!
 軽快な音と共に、力ずくで相手の力を打ち負かしたのは、涼しげな一笑を湛えたアークの方だった。一方ポコはと言うと、肩凝ったぁ、と小さくぼやいてこきこきと首を鳴らしている。
「少しはいけるかと思ったんだけど。やっぱりアークには勝てないかぁ」
「だが、前よりも強くなってる。前はほら、すぐに…さ」