壁
arc3後|2007.02.22
「で、いつも持ち歩いてる楽器の入った鞄を含めて、さぁて一体重量はどのくらいになってるのかねぇ?」
「…………持てません。普通」
「普通はな。ま、隠し持ってる時に重さが感じられねえ仕組みになってるのなら話は別だが、だが戦闘用に出した楽器はそうもいかねえだろ?」
「…あの、トッシュさん?」
「あん?」
「ポコさんって、何者ですか?」
「旅の音楽家だろ」
「いえ、そうじゃなくてですね」
戸惑いを見せるアレクに、トッシュが故意に肩を竦めて見せた。
「俺たちの昔の仲間で、音の精霊の加護を受けた楽士、って所か? そうでなきゃ、楽器を奏でるだけで敵を倒せる訳がねえよな」
「あの…」
「と言う訳で、あいつの力がエルクよりも強いのはもう分かったな?」
更に困惑するアレクを余所に、トッシュは清々しい眼差しで言い切った。それも、にやり、と白い歯を見せて。
「い…、今はどうなんだろう」
「さあな。現役ばりばりなのはどっちも同じだから、気になるなら試しに行って来るか?」
「そ、そうですね。ポコさんに勝てないようなら、エルクさんにもまだ到底…」
いやその逆だろ、と内心で突っ込みを入れて、トッシュが促すようにアレクの肩を叩いた。
「気合い入れて、挑んでこい。な、アレク?」
「はい…」
そう呟いて、アレクはすっくと立ち上がった。目指すはポコの部屋、その最も謎な人物の部屋に向かってアレクが意を決して握り拳を作る。
「トッシュさん、ありがとうございました」
何だか微妙な、はっきり言って困惑するような内容でも、情報提供してくれた事には何等変わりないと。アレクはぺこりと礼儀正しく頭を下げて、くるりと踵を返した。
アレクが立ち去った後。
「…さて。今夜の飯は……そうだな、一丁精のつくもんでも用意してやるかな」
と、そう呟いたトッシュが、心の中で健闘を祈る仕種をしたのはアレクが去ってすぐの事だった。
「ポコさん、一勝負お願いしますっ」
すぱーんと襖を全開させて座敷に入って来たアレクを見て、寛いでお茶していた二人がきょとんと顔を見合わせた。
上品に一口サイズに切り分ける事もなく、寧ろ豪快にぷすっと爪楊枝で刺した羊羹を口に放り込んだ所で時を止めていたポコが、もごもごと咀嚼し、飲み下してから口を開いた。
「うん、いいよ」
「え、そんな簡単にいいのかよ」
余りにもあっさりと承諾したポコに、側にいたエルクがぎょっとなった程だ。
「うん、だってアレクの性格から考えて、一度決めた事を曲げるようには思えないし」
「あ…成程」
ずずっと熱い茶を一服して、その湯飲み茶碗をお盆に戻すや否。ポコが、好感の持てる闘志を瞳に映して近付いたアレクを見上げた。
「それで、僕はどうすればいいの?」
「腕相撲で一勝負をお願いします」
「腕相撲っ!?」
「うん、いいよ。じゃあ手頃な台…あ、あれを使おうか」
何故か顔を引き攣らせるエルクと、脚の短い卓――見た目書几に近い、でも食卓としても使える机――に眼を止めて、ポコが言う。
それほど広くも重くもない手頃な卓を部屋の中央に置いて、その台の向かい側に陣取る選手二人。
「腕相撲なんて、いつ以来だろう」
「…ポコ。お前…いつになく好戦的になってねえか?」
「それはきっと、君の影響の所為だと思うよ。でもまあ、売られた喧嘩は買わないと、後々で面倒そうだし?」
「なあ、アレクも一体何で、ポコに勝負なんかを…」
「それは勿論、ポコさんに喧嘩を売られたからです」
「へ?」
訳が分からなくてアレクに話を振ったエルクだが、ポコと同様に二人しか通じていない遣り取りで互いの眼を見合う。
「それじゃ、エルク。審判お願いね?」
「え? あ、ああ…」
咄嗟に頷き返して、それでも引き受けてしまったものは仕方ないと諦めてエルクが台の横に移動する。
「ポコさん、これは真剣勝負ですからね」
「分かってるよ。だから僕も、全力で君に挑むから」
「はい」
「よし、それじゃ始めるぞ。レディ…」
――べしっ。
ゴーっ、と下されたエルクの合図と共に、一瞬で決した勝敗の行方。不意打ちでも何でもなく、ちょっと間抜けな音と共に沈められた選手が、放心状態で台に伏せられた己が腕を見る。
「わーい、僕の勝ちーっ」
「お前さ、少しは手加減ってものをだな…」
「…………持てません。普通」
「普通はな。ま、隠し持ってる時に重さが感じられねえ仕組みになってるのなら話は別だが、だが戦闘用に出した楽器はそうもいかねえだろ?」
「…あの、トッシュさん?」
「あん?」
「ポコさんって、何者ですか?」
「旅の音楽家だろ」
「いえ、そうじゃなくてですね」
戸惑いを見せるアレクに、トッシュが故意に肩を竦めて見せた。
「俺たちの昔の仲間で、音の精霊の加護を受けた楽士、って所か? そうでなきゃ、楽器を奏でるだけで敵を倒せる訳がねえよな」
「あの…」
「と言う訳で、あいつの力がエルクよりも強いのはもう分かったな?」
更に困惑するアレクを余所に、トッシュは清々しい眼差しで言い切った。それも、にやり、と白い歯を見せて。
「い…、今はどうなんだろう」
「さあな。現役ばりばりなのはどっちも同じだから、気になるなら試しに行って来るか?」
「そ、そうですね。ポコさんに勝てないようなら、エルクさんにもまだ到底…」
いやその逆だろ、と内心で突っ込みを入れて、トッシュが促すようにアレクの肩を叩いた。
「気合い入れて、挑んでこい。な、アレク?」
「はい…」
そう呟いて、アレクはすっくと立ち上がった。目指すはポコの部屋、その最も謎な人物の部屋に向かってアレクが意を決して握り拳を作る。
「トッシュさん、ありがとうございました」
何だか微妙な、はっきり言って困惑するような内容でも、情報提供してくれた事には何等変わりないと。アレクはぺこりと礼儀正しく頭を下げて、くるりと踵を返した。
アレクが立ち去った後。
「…さて。今夜の飯は……そうだな、一丁精のつくもんでも用意してやるかな」
と、そう呟いたトッシュが、心の中で健闘を祈る仕種をしたのはアレクが去ってすぐの事だった。
「ポコさん、一勝負お願いしますっ」
すぱーんと襖を全開させて座敷に入って来たアレクを見て、寛いでお茶していた二人がきょとんと顔を見合わせた。
上品に一口サイズに切り分ける事もなく、寧ろ豪快にぷすっと爪楊枝で刺した羊羹を口に放り込んだ所で時を止めていたポコが、もごもごと咀嚼し、飲み下してから口を開いた。
「うん、いいよ」
「え、そんな簡単にいいのかよ」
余りにもあっさりと承諾したポコに、側にいたエルクがぎょっとなった程だ。
「うん、だってアレクの性格から考えて、一度決めた事を曲げるようには思えないし」
「あ…成程」
ずずっと熱い茶を一服して、その湯飲み茶碗をお盆に戻すや否。ポコが、好感の持てる闘志を瞳に映して近付いたアレクを見上げた。
「それで、僕はどうすればいいの?」
「腕相撲で一勝負をお願いします」
「腕相撲っ!?」
「うん、いいよ。じゃあ手頃な台…あ、あれを使おうか」
何故か顔を引き攣らせるエルクと、脚の短い卓――見た目書几に近い、でも食卓としても使える机――に眼を止めて、ポコが言う。
それほど広くも重くもない手頃な卓を部屋の中央に置いて、その台の向かい側に陣取る選手二人。
「腕相撲なんて、いつ以来だろう」
「…ポコ。お前…いつになく好戦的になってねえか?」
「それはきっと、君の影響の所為だと思うよ。でもまあ、売られた喧嘩は買わないと、後々で面倒そうだし?」
「なあ、アレクも一体何で、ポコに勝負なんかを…」
「それは勿論、ポコさんに喧嘩を売られたからです」
「へ?」
訳が分からなくてアレクに話を振ったエルクだが、ポコと同様に二人しか通じていない遣り取りで互いの眼を見合う。
「それじゃ、エルク。審判お願いね?」
「え? あ、ああ…」
咄嗟に頷き返して、それでも引き受けてしまったものは仕方ないと諦めてエルクが台の横に移動する。
「ポコさん、これは真剣勝負ですからね」
「分かってるよ。だから僕も、全力で君に挑むから」
「はい」
「よし、それじゃ始めるぞ。レディ…」
――べしっ。
ゴーっ、と下されたエルクの合図と共に、一瞬で決した勝敗の行方。不意打ちでも何でもなく、ちょっと間抜けな音と共に沈められた選手が、放心状態で台に伏せられた己が腕を見る。
「わーい、僕の勝ちーっ」
「お前さ、少しは手加減ってものをだな…」