arc3後|2007.02.22
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 どことなく呆れた顔付きになったトッシュが、来い来い、と指先でアレクを手招きして近くの縁側に移動した。遅れて縁側に移動したアレクも、トッシュに倣って暖かな陽射しが降り注ぐ縁側に座り込んだ。
「アレク、お前、ポコが戦ってる所を見た事はあるか?」
「いえ、ありません。まともに見たのはエルクさんと、ギルドで一度一緒に戦う事になったアークさんの剣技の片鱗を垣間見ただけと言うか…」
「ギルド?」
「あ、過去に以前、アークさんとエルクさん、それと僕を含む他のハンターとチームを組んで、モンスター討伐を請けた事があるんです。だからその時に、少しだけアークさんの戦う姿を眼にしました」

 話はアレクが14歳の冬に遡るが――雪が舞い散る季節の中、アレクはジハータで請け負ったギルド仕事を、エルク達と共に果たした事がある。
 しかもその日がバレンタイン当日だった事に気付いていなかったアレクは、後々でその場を離れるんじゃなかったと後悔した苦い思い出を記憶に封じて、要約してトッシュに説明した。
 補足するならば、アカデミー絡みでアレクは、トッシュとシュウに協力してもらって共に戦った事がある。その時に彼ら二人の圧倒的な実力を目の当たりにし、加えて空中城で見せ付けられたエルクとの力の差に、アレクは世界は広いと心底痛感したのだから。

「そうか、アークの力も一応は見たのか。なら話は早い」
 ふう、と溜息を吐いて、トッシュがちらりとアレクを見遣った。
「お前よ、エルクと腕相撲して勝てる自信はあるか?」
「エルクさんにですか? さあ…試した事がないので、それは何とも言えませんけど」
「で、もう一つ言うとだな。当然ながらアークは、エルクよりも力が強い」
「ええ、まあ。そうでしょうね」
「因みにポコも、エルクよりも力は上だ」
「ああ、そうなんですか…――って、えぇっ!? それは本当ですかっ!?」
 さらりと聞き流しかけた文句を慌てて拾い集め、アレクが愕然と衝撃の走った顔でトッシュに食い下がった。
「今はどうか知らん。が、昔エルクとポコが何かの拍子で腕相撲した時、勝ったのはポコだったぜ?」
「そ、そんな…あのエルクさんが弱そうなポコさんに負けただなんて…」
 一言余計である。しかし、がーん、と複雑な衝撃を受けて肩を落としたアレクは、朗らかな音楽家の容姿を脳裏に思い出してふるふると首を振った。
「いやでも、その時にたまたまって事もあるし」
「いや、そりゃねえな」
 すぱっと断ち切るトッシュの容赦ない切り返しに、アレクが恨めしさを込めてトッシュを見た。
「トッシュさん、僕に恨みでもあるんですか?」
「あったら面白いんだがな。まあ、ポコと何があったのかは知らねえが、あいつを負かすつもりなら気合い入れて掛かれよ?」
「き…気合いが必要なんですか」
「アレクは知らないから言ってやろう。あいつの、ポコの得意武器は楽器どもだ」
「………は?」
 楽器って、いつもトランクに入れて持ち歩いている楽器の事だろうか。
 過去、そのトランクを宿屋の主人が別のトランクと間違えて渡してしまって、挙げ句にその忘れ物を届けにアレク達が海を渡って追いかけた事もあるが――音楽を奏でる筈の楽器でどうして戦えるのかと、アレクが怪訝気に頭を捻る。
「待て、今お前が考えてる楽器じゃねえ」
「え」
 アレクの思考を読み取ったのか、トッシュが再び着物の袂に手を差し入れ、陽の光によっては紅く燃える薄茶色の瞳を楽しげに細めて言った。
「そいつは演奏用だ。あいつの戦闘用の楽器は、いつもコートの中に隠し持ってる」
「コートのどこにですか?」
「コートのポケットに決まってるだろ。だが、隠し持ってる楽器は一つじゃねえぜ」
「ポケットの中って…ど、どうやったらあの小さな袋の中に楽器が収納されるんですかっ!?」
 絶対無理だと、アレクは思った。ポケットの大きさからして、どう考えても小物しか入りそうにないとアレクは断言できる。
「俺が今まで眼にしただけでも結構あるぜ? えーっと…大まかに上げても太鼓に喇叭に、竪琴にオカリナ…ベースだろ? あと横笛もあったっけか?」
「うっ…」
 嘘だぁっ!! と顔に書いてあるアレクの表情は、呆気を通り越して実に間抜け面だ。
 記憶の糸を辿って楽器の総称名を上げたトッシュが、お、と殊更神妙な顔付きになる。