お酒は二十歳を過ぎてから
arc3後
のちに『アカデミーの陰謀』と呼ばれる事となる、世界を揺るがす事件が解決してから二ヶ月後――。
これで通算三度目の世界の危機を回避した世界は、何事も無かったかのように至って平和だった。
一度目は、現在の七勇者の影の活躍あって人知れず救われ、
二度目は、精霊の導きの下で集った勇者達の、尊い犠牲の上で辛うじて救われ、
三度目は、黎明を担うに相応しい少年達の奮闘によって救われた。
『大災害』と『アカデミーの陰謀』の真実を知る人物の一人、今や『伝説のハンター』として名を轟かせているハンター・エルクは、かつての仲間の一人に会う為に南スラートにいた。
目指すテスタの街は、エルクが以前立ち寄った時と何等変わっていない。
整然され活気のある明るい街の雰囲気に、エルクはほっとしたような表情で街の通りを歩いた。
「ここは治安が良いな」
そうぽつりと呟いたのは、現在の七勇者の一人であり『伝説の勇者』でもあるアークである。長閑な町並みを眺める彼の蒼い瞳は、降り注ぐ強い陽射し故にか、僅かに細められていた。
「なあアーク、お前さ、帽子でも被ったら?」
「…何だ、いきなり?」
突然のエルクの言葉に、緩やかな歩調でエルクと肩を並べていたアークが、ふと足を止めて顔を向ける。
「いや…何つーか、陽射しがきついのかなって思って」
「ああ、確かに陽射しは強いけれど、別に帽子が必要な程のものではない」
「そうか。それなら良いけど」
「……俺としては、お前のほうが気になるが」
「え?」
エルクがきょとんと視線を合わせると、アークが何かを含んだような薄い笑みでエルクを見詰めた。
「今ここで言っても良いのか?」
「言うのを渋るほど、まずい内容なのかよ」
「そんな事はないが。そうだな、強いて言うなら、お前の可愛い顔を他の奴に見せたくないって気持ちが、今の俺の中にあるって事かな」
「……! ばっ…馬鹿野郎っ、こんな時にふざけた事言うんじゃねえよっ」
アークに飄々と言われて一瞬で顔を赤くさせたエルクが、そう叫び返してくるりと踵(きびす)を返す。
「これでも本気なんだけどな…」
照れている様子が一目瞭然のエルクの背に一言漏らして、アークは微かな苦笑と共に、大股で歩いて行くエルクの後を追い掛けていった。
「おい、待てよエルク」
程なくして、アークがエルクの肩を掴んで立ち止まらせると、エルクがどこか困ったような面持ちでアークを振り返った。
「エルク?」
「…お前さ、その…余り恥ずかしい科白を平気で口走るなよな…」
「恥ずかしい? さっきの事か?」
たったあれだけの事で、とアークが思っていると、エルクがうっすらと頬を染めて眼を逸らした。
「か、可愛いとかって、平然と言うなっていつも言ってるだろ…っ」
「いや、エルクが可愛いのは紛れもない事実だぞ?」
「うっ」
「それに俺は、お前のように魅力的で可愛い存在を、他でついぞ見た事がない」
「…………俺の、男としての威厳はこの際どうでも良いのか」
言葉に詰まって半ば不貞腐れ気味にエルクが横目で睨むと、良い意味で褒めてるんだが、とアークに言い返されてしまった。
「な…何だよ、俺なんかよりお前のほうがよっぽど綺麗だし、恰好良いし、それから…っ」
「そうか。お前に恰好良いって言われるのは、やはり嬉しいな」
「はっ、ち、違ぁうっっ」
「違うのか?」
どう頑張ってもアークに『可愛い』と言う形容詞は当て嵌まらなくて、何とか反撃しようと言葉を探していたエルクだったが、にっこりとアークに微笑まれて敢え無く撃沈する。
「それじゃ、お前が惚れ直すくらいの良い男にならないといけないな。うん、良い目標が出来た」
「そっ、そういう意味じゃねえってばっ」
慌てて言い返すも、それ以上言葉が続かずにエルクは口を噤む。口でアークに勝てないのは今も昔も変わらなくて、大概アークに良いように振り回されてしまう事が多いのだ。
「じゃあ、どういう意味なんだ?」
「え、えっと…」
詰め寄るようにエルクの前に立ったアークの手が、ふわりとその頬に伸びる。優しい蒼の眼差しに見詰められた途端、エルクはどきどきと高鳴る胸に困惑して顔を伏せた。
そのぎくしゃくとした動きに、仕方ないな、とアークがくすりと小さな笑みを口許に象る。
「それじゃこの続きは、また後でしような…?」
「あ…」
往来の場、という文句が頭の中でぐるぐると回っているエルクを見越したように、アークがそう言って適度な空間を空けた。
幸いにも、周囲の視線を集める程には至ってなかったのが唯一の救い、と言った所か。
これで通算三度目の世界の危機を回避した世界は、何事も無かったかのように至って平和だった。
一度目は、現在の七勇者の影の活躍あって人知れず救われ、
二度目は、精霊の導きの下で集った勇者達の、尊い犠牲の上で辛うじて救われ、
三度目は、黎明を担うに相応しい少年達の奮闘によって救われた。
『大災害』と『アカデミーの陰謀』の真実を知る人物の一人、今や『伝説のハンター』として名を轟かせているハンター・エルクは、かつての仲間の一人に会う為に南スラートにいた。
目指すテスタの街は、エルクが以前立ち寄った時と何等変わっていない。
整然され活気のある明るい街の雰囲気に、エルクはほっとしたような表情で街の通りを歩いた。
「ここは治安が良いな」
そうぽつりと呟いたのは、現在の七勇者の一人であり『伝説の勇者』でもあるアークである。長閑な町並みを眺める彼の蒼い瞳は、降り注ぐ強い陽射し故にか、僅かに細められていた。
「なあアーク、お前さ、帽子でも被ったら?」
「…何だ、いきなり?」
突然のエルクの言葉に、緩やかな歩調でエルクと肩を並べていたアークが、ふと足を止めて顔を向ける。
「いや…何つーか、陽射しがきついのかなって思って」
「ああ、確かに陽射しは強いけれど、別に帽子が必要な程のものではない」
「そうか。それなら良いけど」
「……俺としては、お前のほうが気になるが」
「え?」
エルクがきょとんと視線を合わせると、アークが何かを含んだような薄い笑みでエルクを見詰めた。
「今ここで言っても良いのか?」
「言うのを渋るほど、まずい内容なのかよ」
「そんな事はないが。そうだな、強いて言うなら、お前の可愛い顔を他の奴に見せたくないって気持ちが、今の俺の中にあるって事かな」
「……! ばっ…馬鹿野郎っ、こんな時にふざけた事言うんじゃねえよっ」
アークに飄々と言われて一瞬で顔を赤くさせたエルクが、そう叫び返してくるりと踵(きびす)を返す。
「これでも本気なんだけどな…」
照れている様子が一目瞭然のエルクの背に一言漏らして、アークは微かな苦笑と共に、大股で歩いて行くエルクの後を追い掛けていった。
「おい、待てよエルク」
程なくして、アークがエルクの肩を掴んで立ち止まらせると、エルクがどこか困ったような面持ちでアークを振り返った。
「エルク?」
「…お前さ、その…余り恥ずかしい科白を平気で口走るなよな…」
「恥ずかしい? さっきの事か?」
たったあれだけの事で、とアークが思っていると、エルクがうっすらと頬を染めて眼を逸らした。
「か、可愛いとかって、平然と言うなっていつも言ってるだろ…っ」
「いや、エルクが可愛いのは紛れもない事実だぞ?」
「うっ」
「それに俺は、お前のように魅力的で可愛い存在を、他でついぞ見た事がない」
「…………俺の、男としての威厳はこの際どうでも良いのか」
言葉に詰まって半ば不貞腐れ気味にエルクが横目で睨むと、良い意味で褒めてるんだが、とアークに言い返されてしまった。
「な…何だよ、俺なんかよりお前のほうがよっぽど綺麗だし、恰好良いし、それから…っ」
「そうか。お前に恰好良いって言われるのは、やはり嬉しいな」
「はっ、ち、違ぁうっっ」
「違うのか?」
どう頑張ってもアークに『可愛い』と言う形容詞は当て嵌まらなくて、何とか反撃しようと言葉を探していたエルクだったが、にっこりとアークに微笑まれて敢え無く撃沈する。
「それじゃ、お前が惚れ直すくらいの良い男にならないといけないな。うん、良い目標が出来た」
「そっ、そういう意味じゃねえってばっ」
慌てて言い返すも、それ以上言葉が続かずにエルクは口を噤む。口でアークに勝てないのは今も昔も変わらなくて、大概アークに良いように振り回されてしまう事が多いのだ。
「じゃあ、どういう意味なんだ?」
「え、えっと…」
詰め寄るようにエルクの前に立ったアークの手が、ふわりとその頬に伸びる。優しい蒼の眼差しに見詰められた途端、エルクはどきどきと高鳴る胸に困惑して顔を伏せた。
そのぎくしゃくとした動きに、仕方ないな、とアークがくすりと小さな笑みを口許に象る。
「それじゃこの続きは、また後でしような…?」
「あ…」
往来の場、という文句が頭の中でぐるぐると回っているエルクを見越したように、アークがそう言って適度な空間を空けた。
幸いにも、周囲の視線を集める程には至ってなかったのが唯一の救い、と言った所か。