お酒は二十歳を過ぎてから
arc3後
「トッシュ!」
「トッシュさん!!」
綺麗にハモった二つの声に、意外を露わにトッシュが顔を横向ける。
今頃、とは思うのだが、予想外だったもう一つの声の主を見て、トッシュがあんぐりと口を開けた。
「お前、酔い潰れて即効で寝てたんじゃなかったか?」
思わずそう突っ込みを入れると、エルク同様にマントを纏っていない少年のこめかみが、ぴしり、と効果音付きで引き攣るのをトッシュは見た。
「それとこれとは話が別です。すみませんが、その手を離してもらえませんか? トッシュさん」
「三年経って少しは落ち着いたかと思えば…な。トッシュ、俺のエルクに遊びでちょっかいをかける事がどういう事か、分かっているよな?」
対照的に、どこか笑みすら浮かべているようにも見えるもう一人の少年が、肩に掛かる茶褐色の髪を無造作に後ろに払って歩み寄る。
「なあアーク?」
「何だい、トッシュ」
「お前の場合は分かるんだが、何故にここにアレクまで」
いるんだ? と続く筈のトッシュの問い掛けは、すっと瞳を細めた冷ややかなアークの眼差しを見て故意に止められる。
この場所でこの状況でこの顔触れとくれば、まさか、とトッシュの勘がぴんと働き、やおら唖然としているエルクの顔を見下ろしてぼそりと呟いた。
「…おい」
「何だよ」
「お前、とうとう年下にまで手を出したのか?」
「は!? ひ、人聞きの悪い事を言うなっ」
驚いてエルクがトッシュを見返すと、さもがっかりしたようにトッシュが視線を前に向ける。
しかし、飄然としていたトッシュの表情に僅かに緊張の色が走るのに気付いて、エルクが声を掛けるべきかと迷っていると、
「よし。そうと決まれば逃げるぞエルク!」
「えぇっ!? な、何で俺まで!?」
エルクを横抱きにしたまま、トッシュが不意にひらりと身を翻して廊下を駆け出した。
「待てトッシュっ! 逃げるならばエルクを置いて行け!」
「馬鹿野郎!! んな事したらお前らの標的になっちまうだろがっ!」
「安心しろ。的は外さん!」
「そうですよ! 男らしく迷わず成仏して下さい!!」
「へっ、どっちもお断りさせてもらうぜ!!」
然り気なく恐ろしい文句が出たような気もするのだが、韋駄天さながらに屋敷の中を疾走されては、振り落とされないようにトッシュにしがみつくしかない状況である。
エルクが半ば混乱してトッシュの首に腕を回すと、どこか状況を楽しんでいる風のトッシュの瞳と視線が合わさった。
夜も深けていると言うのに、お騒がしく駆け抜ける長身の影に驚く者もいたが、中には冷静な者もいて、
「お出かけですか? 親分」
と暢気に聞いてくる子分もいた。
「おう! 取り敢えずパンディラまでひとっ走りよ!」
トッシュはトッシュで相変わらずの調子で受け答えるものだから、いってらっしゃいまし、と玄関先でちゃっかり草履を用意していた子分に礼を言って屋敷の外に飛び出す始末で。
尤も、それを追い掛ける二人も素足で出るような落ち度もなく――それでもブーツという履物の所為ですんなりとは出れなかったが――トッシュを追って夜の街へと飛び出す羽目になった。
「……ところで…俺の靴は…」
誰も持って来てねえよなあ、と巻き込まれて屋敷を出された被害者の呟きは、闇夜に輝く満月だけが聞いていた。
「はーっ、昨日は酷ぇ目に遭ったぜ」
翌朝、こきこきと首を鳴らして朝食の席に現れたトッシュに、湯飲み茶碗の茶をずずっと啜ってアークが一言。
「自業自得だ」
「まあ、良い運動にはなったけどな。しかし二人がかりで追い掛けるってのは頂けねえぜ?」
ふっと鼻先で笑って受け流した所を見ると、どうやら全く懲りてないらしい。同じように熱い茶を啜って、親分は一息ついた。
昨夜は結局、行き掛かり上で暫く追いかけっこが続いてしまい、途中でモンスターと遭遇しなければ本当にパンディラまで行きかねない勢いだったのだ。
アークの風の精霊魔法トルネードと、アレクの特殊能力フォースリングで敵を一掃し、仕方なくテスタに引き返した次第だが――。
「ま…意外な発見があったから別に良いけどな」
昨夜の出来事が丁度良い酔い醒ましになったのかは不明だが、幸いにも二日酔いになる事も、筋肉痛に悩まされる事もなかったアレクを見て、トッシュがしれっと言葉を続けた。
「しかし知らなかったぜ。エルクの奴が、アレクとも付き合ってたとはなぁ」
「はっ!?」
鰹節の風味が香る味噌汁を堪能していたエルクが、思わず味噌汁を吹き出しそうになって振り向いた。
普段は子分達と一緒に食事しているトッシュだが、今回は別である。
「トッシュさん!!」
綺麗にハモった二つの声に、意外を露わにトッシュが顔を横向ける。
今頃、とは思うのだが、予想外だったもう一つの声の主を見て、トッシュがあんぐりと口を開けた。
「お前、酔い潰れて即効で寝てたんじゃなかったか?」
思わずそう突っ込みを入れると、エルク同様にマントを纏っていない少年のこめかみが、ぴしり、と効果音付きで引き攣るのをトッシュは見た。
「それとこれとは話が別です。すみませんが、その手を離してもらえませんか? トッシュさん」
「三年経って少しは落ち着いたかと思えば…な。トッシュ、俺のエルクに遊びでちょっかいをかける事がどういう事か、分かっているよな?」
対照的に、どこか笑みすら浮かべているようにも見えるもう一人の少年が、肩に掛かる茶褐色の髪を無造作に後ろに払って歩み寄る。
「なあアーク?」
「何だい、トッシュ」
「お前の場合は分かるんだが、何故にここにアレクまで」
いるんだ? と続く筈のトッシュの問い掛けは、すっと瞳を細めた冷ややかなアークの眼差しを見て故意に止められる。
この場所でこの状況でこの顔触れとくれば、まさか、とトッシュの勘がぴんと働き、やおら唖然としているエルクの顔を見下ろしてぼそりと呟いた。
「…おい」
「何だよ」
「お前、とうとう年下にまで手を出したのか?」
「は!? ひ、人聞きの悪い事を言うなっ」
驚いてエルクがトッシュを見返すと、さもがっかりしたようにトッシュが視線を前に向ける。
しかし、飄然としていたトッシュの表情に僅かに緊張の色が走るのに気付いて、エルクが声を掛けるべきかと迷っていると、
「よし。そうと決まれば逃げるぞエルク!」
「えぇっ!? な、何で俺まで!?」
エルクを横抱きにしたまま、トッシュが不意にひらりと身を翻して廊下を駆け出した。
「待てトッシュっ! 逃げるならばエルクを置いて行け!」
「馬鹿野郎!! んな事したらお前らの標的になっちまうだろがっ!」
「安心しろ。的は外さん!」
「そうですよ! 男らしく迷わず成仏して下さい!!」
「へっ、どっちもお断りさせてもらうぜ!!」
然り気なく恐ろしい文句が出たような気もするのだが、韋駄天さながらに屋敷の中を疾走されては、振り落とされないようにトッシュにしがみつくしかない状況である。
エルクが半ば混乱してトッシュの首に腕を回すと、どこか状況を楽しんでいる風のトッシュの瞳と視線が合わさった。
夜も深けていると言うのに、お騒がしく駆け抜ける長身の影に驚く者もいたが、中には冷静な者もいて、
「お出かけですか? 親分」
と暢気に聞いてくる子分もいた。
「おう! 取り敢えずパンディラまでひとっ走りよ!」
トッシュはトッシュで相変わらずの調子で受け答えるものだから、いってらっしゃいまし、と玄関先でちゃっかり草履を用意していた子分に礼を言って屋敷の外に飛び出す始末で。
尤も、それを追い掛ける二人も素足で出るような落ち度もなく――それでもブーツという履物の所為ですんなりとは出れなかったが――トッシュを追って夜の街へと飛び出す羽目になった。
「……ところで…俺の靴は…」
誰も持って来てねえよなあ、と巻き込まれて屋敷を出された被害者の呟きは、闇夜に輝く満月だけが聞いていた。
「はーっ、昨日は酷ぇ目に遭ったぜ」
翌朝、こきこきと首を鳴らして朝食の席に現れたトッシュに、湯飲み茶碗の茶をずずっと啜ってアークが一言。
「自業自得だ」
「まあ、良い運動にはなったけどな。しかし二人がかりで追い掛けるってのは頂けねえぜ?」
ふっと鼻先で笑って受け流した所を見ると、どうやら全く懲りてないらしい。同じように熱い茶を啜って、親分は一息ついた。
昨夜は結局、行き掛かり上で暫く追いかけっこが続いてしまい、途中でモンスターと遭遇しなければ本当にパンディラまで行きかねない勢いだったのだ。
アークの風の精霊魔法トルネードと、アレクの特殊能力フォースリングで敵を一掃し、仕方なくテスタに引き返した次第だが――。
「ま…意外な発見があったから別に良いけどな」
昨夜の出来事が丁度良い酔い醒ましになったのかは不明だが、幸いにも二日酔いになる事も、筋肉痛に悩まされる事もなかったアレクを見て、トッシュがしれっと言葉を続けた。
「しかし知らなかったぜ。エルクの奴が、アレクとも付き合ってたとはなぁ」
「はっ!?」
鰹節の風味が香る味噌汁を堪能していたエルクが、思わず味噌汁を吹き出しそうになって振り向いた。
普段は子分達と一緒に食事しているトッシュだが、今回は別である。