お酒は二十歳を過ぎてから
arc3後
1 2 3 4 5 6 7 8
「へっ、善し悪しを知らねえお子ちゃまだからそんな事が言えるんだよ。おら、今日はとことん付き合ってもらうから逃げるんじゃねえぞっ」
「げっ、いきなり絡むな、おっさんっ!」
 ぐいっと、強い力でトッシュに引き込まれたエルクが慌てて逃げようと試みるが、三年経っても敵わない力の差に、ちっとエルクが内心で舌打ちする。
 結局その日、トッシュの屋敷で舌鼓を打つ晩飯を馳走になったエルク達だったが、アレクを巻き込んだ酒盛りは夜遅くまで続いたと言う。


「エルク、大丈夫か?」
 覚束無い足取りで部屋を出掛けたエルクの背に掛かる、静かなアークの声。
「ああ。…ったくトッシュの奴、結局アレクまで巻き込みやがって」
 ついと出たエルクの文句に、アークが微かな苦笑を零して、酔い潰れて布団の中で熟睡しているアレクの顔を見遣った。
 始めは、アレクもジュースで乾杯していた。けれどもそのうち、トッシュが何気なく酒を勧めるや、断り切れずに一口だけと飲んだ彼が、意外に行ける口だと知られたのがいけなかった。
 挙句、エルクの代わりにトッシュに付き合わされてしまった結果がこれである。
 気持ち良さそうに寝ているアレクの寝顔を見て、エルクが独り言のように小さく呟く。
「お前って、ほんと酒強いよな…」
「そうかな」
「酔ってるにしちゃ顔には出ねーし、意識もしっかりしてるし」
「それは、エルクが酒に弱いからそう思うだけじゃないのか? コップ一杯で真っ赤になるなんて、らしいと言えばらしいけど」
「し、仕様がないだろっ、酒飲むの……初めてだし、お前みたいに飲み慣れてる訳じゃねえし…」
 呑兵衛と一緒にするな、と言いたい気持ちを抑えてエルクが言うと、歩み寄ったアークがそっとエルクの腰に腕を回して抱き寄せた。
「アーク…?」
「飲み慣れてる程、飲んだ訳じゃない。酒を口にした回数は、これで三度目だ」
 過去、トッシュに付き合わされて二度程飲酒した事のあるアークだが――死んでいた期間は別としても――それ以降は、今の今まで飲酒する機会が巡って来なかったのだ。
「それに…どうせ酔うなら、俺はお前に酔うほうが良い」
「え…っ? よ、酔う…って!?」
 どうやって、と問い掛けた言葉は、薄く微笑したアークの唇によって飲み込まれてしまった。
 逃げようとするエルクの抵抗を深い口付けで封じ、そのまま腕の中に閉じ込める。
「やっ…」
「熱いよ…エルク。アルコールが入ってる所為かな…いつもより余計に感じ易くなってる…」
 ふう、と耳元に息を吹きかけられて、エルクが眼を閉じて身を竦ませた。
「なあエルク、昼間の続き…教えてくれるかい?」
「ひ、昼間って…」
「お前にとっての恰好良い男ってのは、今の俺では程遠い…?」
「な、何でこんな時に聞くんだよっ」
「今だから聞くんだよ。お前が惚れ直すくらいの恰好良い男になるという目標が出来た以上、どんな些細な事でも聞いておこうと思って」
「だ、だからって何も今、そんな声で言わなくても…」
「どんな声?」
 情けないくらいに顔を真っ赤にさせて、エルクが小さく叫ぶ。耳元で甘くアークに囁かれただけで、胸の奥が疼くように熱くなるのがエルクには分かった。
「そんな風に言うなんて…ずるい。だ、第一これ以上恰好良くなられたら、俺が…」
 困る、とエルクが小さく紡ぐと、少しだけ驚いた瞳をしたアークが、次に嬉しそうに微笑んでエルクを見た。
「嬉しいな。そう言ってもらえると、凄く、本当に嬉しいよ。エルク」
「ば、馬鹿っ、耳元で囁くなっ」
 ぎゅうっと強く抱き締められて、その居心地の良さに大人しくしていたエルクだったが、ふと、唐突にある事を思い出した瞬間にげっと顔色を変えてアークの腕から逃げを打った。
 半分忘れかけていたが、案内されたこの客間にいるのが自分達だけではない事を思い出して。
「や、やっぱり酔ってやがるな、お前っ」
「あれだけ飲んで、酔わない奴はいないと思うぞ」
「そそそそうじゃなくてっ、この部屋にはもう一人……っ」
「大丈夫。彼ならぐっすり眠ってる」
「そういう問題じゃねえっっ! 酔っ払いは大人しく寝てやがれっ!」
 一気に捲し立てたエルクの様子を楽しげに見下ろして、穏やかな口調でアークがエルクの顔を覗き込む。
「それを言うならエルクも、だろ? 折角だし一緒に寝ようか?」
「ひ……一人で寝ろっ!!」
「あ」
 そう叫んで、辛うじてアークの腕から抜け出したエルクが、脱兎の如き勢いで客間を飛び出した。
「……逃げられたか」
 残念気に、アークが掴み損なった手を頭にやって漏らした。
 酒精(アルコール)が入っている所為で、いつもよりも少しだけ自分の行動に率直になってしまっただけだと自覚しているだけに、アークは肩を竦めて小さな苦笑を零した。