お酒は二十歳を過ぎてから
arc3後
澄んだ綺麗な瞳を意識して、エルクが火照った自身の顔を押さえた時、通りを行き交う人々の中にふと鮮やかな緋色のマントを見出だしてエルクは声を上げた。
「アレクっ」
記憶に真新しい色彩を見間違う程の時は、まだ経ってはいない。
同じように、見慣れたマントに気付いたアークが振り返ると、エルクが通りに踏み込むようにして今一度呼び掛ける。
「おい、アレクっ」
「えっ?」
思いがけない声を聞いた気がして立ち止まり、声のした方向に顔を向ける。視界の中に飛び込んだ懐かしいカーキ色のマントを見た瞬間、アレクの黒褐色の瞳が驚きの色に染まったのが見えた。
「エ、エルクさん?」
心底吃驚と言う顔付きで、アレクがエルク達の所に駆け寄って来る。
「ど、どうしたんですか? こんな所で」
「それは俺の科白だよ。お前、故郷(サシャ)に帰ったんじゃなかったのか?」
「ええ、帰りましたよ」
エルクが訊くと、アレクが快活な笑みを見せて答えた。
おもむろに、アークが口を挟む。
「君も、じっとしてられない性質なんだな」
「そんな事はないですよ。ちゃんと骨休めもしましたし」
アレクの話によると、ルッツと共にサシャ村に戻った後、一ヶ月程の長期休暇を取って、村の手伝いをしながらのんびりと過ごしていたらしい。
尤もその合間に、エテル島の中で起きた事件を解決する為、ハンターとして時折依頼を請け負っていただろう事は容易に想像ついたが――。
「それで今回、ギルドの仕事でここに来たんです」
「で、その仕事はもう片付いたのか?」
「はい、たった今。依頼内容は所謂『届け物』でしたから。それよりエルクさんたちは、どうしてここに?」
先程から気になっていた疑問を問うと、ああ、とエルクが相槌を打つようにアークを見た。
「俺たちは、トッシュ会いに来たんだ」
「トッシュさんに?」
何か依頼を請けたのだろうかと一瞬考えたが、柔らかく答えたエルクの表情を見て、アレクの中からその考えはすぐに掻き消された。
「今さ、色々な大陸を巡りながら、昔の仲間たちに顔見せしている最中なんだ」
「俺の場合は仕方ないけど、エルクは『大災害』以来一度も仲間の前に姿を見せてないからな」
アークがぼそりと言葉を付け足すと、エルクがうっと返答に詰まった様子で振り返った。
「よ、余計な事言うなよ」
「事実じゃないか」
「そりゃまあ…そうだけど…」
困ったように眉を寄せたエルクを見て、アレクが少し考えたように口を開く。
「それじゃあ、僕はここで退散したほうが良さそうですね。折角の再会だし――」
「君も、一緒に来れば良い」
「え?」
つと、アレクの言葉を遮って言ったアークに、アレクが驚きの声を上げた。
「今更、遠慮するような間柄ではないだろう? 君は、トッシュと共に戦った仲じゃないか」
「え、で、でも」
「君も、そしてトッシュも俺たちの大切な仲間だ。だから何も遠慮する事はないさ」
「そうだぜ。トッシュに関しちゃ、遠慮するほうが失礼ってやつだからな」
尚も躊躇うアレクの背中をエルクが景気付けに軽く叩いてやると、僅かな迷いが消えたアレクの顔に応えるような笑みが浮かんで消えた。
「はい。それじゃ、僕もご一緒させて下さい」
「よし。そうと決まったらトッシュの屋敷に向かおうぜ」
どこか弾むようなエルクの声に、アークは、自分を見た時のトッシュがどんな反応をするのかを、エルクが心密かに楽しみにしている事を感じ取って思わず苦笑してしまう。
驚くのは確実だが、下手をすれば再会の拳が飛んで来るかも知れないな――とそう思いつつ。
スメリアの紋章を戴いたその屋敷を眼にした時、アークがふと立ち止まってその紋章を見上げた。
これまでアレクの水晶を通して『外の世界』を見てきたが、やはり実際眼にするのとでは訳が違う。
感慨深げな眼差しで縁の紋章を見ていたアークの横で、彼とは違う意味で、エルクも懐かしさに溢れた瞳で呟きを漏らした。
「トッシュらしいな…」
「ああ…」
海に沈んだ国の一つとして、今ではその紋章の意味さえ知る者は数少ないけれども。
取り敢えず、この中で唯一トッシュ組の子分達と面識のあるアレクが、屋敷の正面玄関――ぐるりと四方を取り囲んだ木造の外壁門である――の扉を叩いた。
尋ねて来たのが顔馴染みのハンター・アレクだと分かると、子分達はすぐにアレク達を中に通してくれた。
そのまま手入れの行き届いた和風庭園を伝って漸く屋敷の中に入ると、既に子分の一人から取り次ぎを受けていたらしいオルマーが三人を出迎えてくれ、更に奥の間にいるトッシュへと取り次いでくれた。
床の間を背に、高く積み上げた畳の上の座布団に胡座を掻いて座っているトッシュ親分の姿は、アレクにとって既に見慣れたものである。
「アレクっ」
記憶に真新しい色彩を見間違う程の時は、まだ経ってはいない。
同じように、見慣れたマントに気付いたアークが振り返ると、エルクが通りに踏み込むようにして今一度呼び掛ける。
「おい、アレクっ」
「えっ?」
思いがけない声を聞いた気がして立ち止まり、声のした方向に顔を向ける。視界の中に飛び込んだ懐かしいカーキ色のマントを見た瞬間、アレクの黒褐色の瞳が驚きの色に染まったのが見えた。
「エ、エルクさん?」
心底吃驚と言う顔付きで、アレクがエルク達の所に駆け寄って来る。
「ど、どうしたんですか? こんな所で」
「それは俺の科白だよ。お前、故郷(サシャ)に帰ったんじゃなかったのか?」
「ええ、帰りましたよ」
エルクが訊くと、アレクが快活な笑みを見せて答えた。
おもむろに、アークが口を挟む。
「君も、じっとしてられない性質なんだな」
「そんな事はないですよ。ちゃんと骨休めもしましたし」
アレクの話によると、ルッツと共にサシャ村に戻った後、一ヶ月程の長期休暇を取って、村の手伝いをしながらのんびりと過ごしていたらしい。
尤もその合間に、エテル島の中で起きた事件を解決する為、ハンターとして時折依頼を請け負っていただろう事は容易に想像ついたが――。
「それで今回、ギルドの仕事でここに来たんです」
「で、その仕事はもう片付いたのか?」
「はい、たった今。依頼内容は所謂『届け物』でしたから。それよりエルクさんたちは、どうしてここに?」
先程から気になっていた疑問を問うと、ああ、とエルクが相槌を打つようにアークを見た。
「俺たちは、トッシュ会いに来たんだ」
「トッシュさんに?」
何か依頼を請けたのだろうかと一瞬考えたが、柔らかく答えたエルクの表情を見て、アレクの中からその考えはすぐに掻き消された。
「今さ、色々な大陸を巡りながら、昔の仲間たちに顔見せしている最中なんだ」
「俺の場合は仕方ないけど、エルクは『大災害』以来一度も仲間の前に姿を見せてないからな」
アークがぼそりと言葉を付け足すと、エルクがうっと返答に詰まった様子で振り返った。
「よ、余計な事言うなよ」
「事実じゃないか」
「そりゃまあ…そうだけど…」
困ったように眉を寄せたエルクを見て、アレクが少し考えたように口を開く。
「それじゃあ、僕はここで退散したほうが良さそうですね。折角の再会だし――」
「君も、一緒に来れば良い」
「え?」
つと、アレクの言葉を遮って言ったアークに、アレクが驚きの声を上げた。
「今更、遠慮するような間柄ではないだろう? 君は、トッシュと共に戦った仲じゃないか」
「え、で、でも」
「君も、そしてトッシュも俺たちの大切な仲間だ。だから何も遠慮する事はないさ」
「そうだぜ。トッシュに関しちゃ、遠慮するほうが失礼ってやつだからな」
尚も躊躇うアレクの背中をエルクが景気付けに軽く叩いてやると、僅かな迷いが消えたアレクの顔に応えるような笑みが浮かんで消えた。
「はい。それじゃ、僕もご一緒させて下さい」
「よし。そうと決まったらトッシュの屋敷に向かおうぜ」
どこか弾むようなエルクの声に、アークは、自分を見た時のトッシュがどんな反応をするのかを、エルクが心密かに楽しみにしている事を感じ取って思わず苦笑してしまう。
驚くのは確実だが、下手をすれば再会の拳が飛んで来るかも知れないな――とそう思いつつ。
スメリアの紋章を戴いたその屋敷を眼にした時、アークがふと立ち止まってその紋章を見上げた。
これまでアレクの水晶を通して『外の世界』を見てきたが、やはり実際眼にするのとでは訳が違う。
感慨深げな眼差しで縁の紋章を見ていたアークの横で、彼とは違う意味で、エルクも懐かしさに溢れた瞳で呟きを漏らした。
「トッシュらしいな…」
「ああ…」
海に沈んだ国の一つとして、今ではその紋章の意味さえ知る者は数少ないけれども。
取り敢えず、この中で唯一トッシュ組の子分達と面識のあるアレクが、屋敷の正面玄関――ぐるりと四方を取り囲んだ木造の外壁門である――の扉を叩いた。
尋ねて来たのが顔馴染みのハンター・アレクだと分かると、子分達はすぐにアレク達を中に通してくれた。
そのまま手入れの行き届いた和風庭園を伝って漸く屋敷の中に入ると、既に子分の一人から取り次ぎを受けていたらしいオルマーが三人を出迎えてくれ、更に奥の間にいるトッシュへと取り次いでくれた。
床の間を背に、高く積み上げた畳の上の座布団に胡座を掻いて座っているトッシュ親分の姿は、アレクにとって既に見慣れたものである。