お酒は二十歳を過ぎてから
arc3後
そういう点では、エルクもまあ似たようなものだったが、と内心で思いつつ。
「幾ら何でも、こんな場所で本気で襲う訳ないのになあ」
くっくっ、と喉の奥で笑ってから、アークは寝息を立てて眠っているアレクの方を振り返り見た。
小さな声を上げて寝返りを打ったその様子から、どうやら彼の目覚めが意外に近い事を感じながら。
勢いのまま座敷を飛び出したものの、酔い醒ましには丁度良かったので、ついでとばかりにそのまま夜風に当たりに出た。
途中、何人かの子分達と廊下で擦れ違うたびに頭を下げられたりしながら、庭園に面した縁側まで足を向けた時。
「あれ…? トッシュ?」
エルクはふと、この先の縁側に佇んで、庭園の一点を見詰めている着流し姿の男を見付けた。
「ん? 何だ、エルクじゃねえか。どうしたい」
エルクが側に行くと、気付いたトッシュが着物の袖に両腕を差し入れた格好で振り向いた。
「てっきりもう休んでると思ったが…眠れねえのか?」
「いや、そういう訳じゃねえけど」
「ふぅん。じゃあ、酔い醒ましってやつかい」
さらりと指摘されて思わず返事に詰まるエルクを余所に、トッシュは気にした風もなく言葉を続ける。
「しかしエルク、お前、酒に弱すぎだぞ。たったあれっぽっちで止めるたぁ、まだまだ修行が足りねえな」
「その分アレクに酒を飲ませやがったくせに」
「悪い悪い、お前さんと違って結構行ける口だったから、ついな」
じとっ、とエルクが横目でトッシュを睨むと、やはり全く悪びれた素振りもなくトッシュが言い放った。
「まあ何だ、流石に、ちょいとばかり飲ませ過ぎたとは思ってるよ」
「ちょっとどころじゃねえだろ。あんたのペースに合わせて飲んでたら、誰だってぶっ倒れるに決まってるさ」
「そうか? アークの奴は平気な面して飲んでたぜ?」
俺には負けるがな、と言い足したトッシュに、エルクは疲れたような深い溜息を漏らした。
「今回は見逃せよ。お前たちと一緒に酒を酌み交わせて嬉しかったんだからよ」
「トッシュ…」
「…あの戦いが終わって、もう三年も経っちまったんだな…」
つと漏れたトッシュの言葉。
「他の奴らには、もう会ったのか?」
何で、お前はずっと顔を出さなかった? とは聞かずに、トッシュが赤みを含んだ薄茶の瞳をエルクに向けて問うた。
ややして、エルクが小さく応える。
「ああ、シュウとポコ、チョンガラ以外の奴には全員会ったぜ。皆…元気にしてたよ。アークが復活した事を…素直に喜んでくれたしさ…」
「…そうか」
エルクの言葉を聞くや、着物の袖からおもむろに両手を出したトッシュの腕が、ぽんとエルクの頭を撫でる。
「良かったな、エルク」
「トッシュ…」
その優しい仕種がシュウの癖を思い出させて、エルクは些か照れたように、困ったようにトッシュの顔を見返した。
どんな形であれ、アークの復活を皆が我が事のように喜んでくれたのがエルクには嬉しかった。
大切な人を喪って悲嘆に暮れたのは、何もエルクだけではない。
紋次親分やその子分達を失くしたトッシュのように、リーザは最愛の祖父ヨーゼフを、シャンテは大切な弟アルフレッドを、サニアは愛する両親と祖国を一度に失くしている。
もしも今回のアークのように、同じように自分達の願いが叶うのであれば――と、そう望んだとて可笑しくもない状況下にも関わらず。
ふ、とトッシュが口許に小さな笑みを浮かべて、闇夜に輝く満月を眺め遣る。
親分の趣味でわざわざ庭先に移動させたと言う桜の樹木――時期がずれているので今は咲いていない――を視界に入れて、彼は殊更生真面目な表情を作った。
「――ところでエルク。話は変わるが、お前、アークと再会して躰のほうは平気なのか?」
「……はい?」
脈絡もないトッシュの言葉に、皆目分からないと言った風のエルクの顔。それを見て、にやり、とトッシュが人の悪い笑みを浮かべた。
「ちゃんとやる事はやってんのか、と聞いてんだよ」
「や、やる事って?」
こういう時のトッシュの言い回しには、大抵ろくな文句が含まれていない事をエルクは既に知っている。嫌な予感を感じつつも、それでもつい聞いてしまう己の性格を、エルクは後々で呪う事となった。
「あぁ? んなもん夜のお勤め以外の何があるってんだか」
「ぶっ!」
「冷静そうに見えて、あいつもあれでなかなか熱い性格してるからなぁ。ずーっと離れ離れになってた分、あっちのほうも激しいんじゃねえのかい?」
「なっ、なん……っ!」
余りにも露骨すぎる物言いでトッシュに追い討ちを掛けられ、返す言葉を失ったエルクの顔が物の見事に真っ赤に染まってしまう。
「ば、ばばば…っ!」
「婆ぁ?」
「ち、違うっっ!! お、お前っ、言うに事欠いて……っ!」
「幾ら何でも、こんな場所で本気で襲う訳ないのになあ」
くっくっ、と喉の奥で笑ってから、アークは寝息を立てて眠っているアレクの方を振り返り見た。
小さな声を上げて寝返りを打ったその様子から、どうやら彼の目覚めが意外に近い事を感じながら。
勢いのまま座敷を飛び出したものの、酔い醒ましには丁度良かったので、ついでとばかりにそのまま夜風に当たりに出た。
途中、何人かの子分達と廊下で擦れ違うたびに頭を下げられたりしながら、庭園に面した縁側まで足を向けた時。
「あれ…? トッシュ?」
エルクはふと、この先の縁側に佇んで、庭園の一点を見詰めている着流し姿の男を見付けた。
「ん? 何だ、エルクじゃねえか。どうしたい」
エルクが側に行くと、気付いたトッシュが着物の袖に両腕を差し入れた格好で振り向いた。
「てっきりもう休んでると思ったが…眠れねえのか?」
「いや、そういう訳じゃねえけど」
「ふぅん。じゃあ、酔い醒ましってやつかい」
さらりと指摘されて思わず返事に詰まるエルクを余所に、トッシュは気にした風もなく言葉を続ける。
「しかしエルク、お前、酒に弱すぎだぞ。たったあれっぽっちで止めるたぁ、まだまだ修行が足りねえな」
「その分アレクに酒を飲ませやがったくせに」
「悪い悪い、お前さんと違って結構行ける口だったから、ついな」
じとっ、とエルクが横目でトッシュを睨むと、やはり全く悪びれた素振りもなくトッシュが言い放った。
「まあ何だ、流石に、ちょいとばかり飲ませ過ぎたとは思ってるよ」
「ちょっとどころじゃねえだろ。あんたのペースに合わせて飲んでたら、誰だってぶっ倒れるに決まってるさ」
「そうか? アークの奴は平気な面して飲んでたぜ?」
俺には負けるがな、と言い足したトッシュに、エルクは疲れたような深い溜息を漏らした。
「今回は見逃せよ。お前たちと一緒に酒を酌み交わせて嬉しかったんだからよ」
「トッシュ…」
「…あの戦いが終わって、もう三年も経っちまったんだな…」
つと漏れたトッシュの言葉。
「他の奴らには、もう会ったのか?」
何で、お前はずっと顔を出さなかった? とは聞かずに、トッシュが赤みを含んだ薄茶の瞳をエルクに向けて問うた。
ややして、エルクが小さく応える。
「ああ、シュウとポコ、チョンガラ以外の奴には全員会ったぜ。皆…元気にしてたよ。アークが復活した事を…素直に喜んでくれたしさ…」
「…そうか」
エルクの言葉を聞くや、着物の袖からおもむろに両手を出したトッシュの腕が、ぽんとエルクの頭を撫でる。
「良かったな、エルク」
「トッシュ…」
その優しい仕種がシュウの癖を思い出させて、エルクは些か照れたように、困ったようにトッシュの顔を見返した。
どんな形であれ、アークの復活を皆が我が事のように喜んでくれたのがエルクには嬉しかった。
大切な人を喪って悲嘆に暮れたのは、何もエルクだけではない。
紋次親分やその子分達を失くしたトッシュのように、リーザは最愛の祖父ヨーゼフを、シャンテは大切な弟アルフレッドを、サニアは愛する両親と祖国を一度に失くしている。
もしも今回のアークのように、同じように自分達の願いが叶うのであれば――と、そう望んだとて可笑しくもない状況下にも関わらず。
ふ、とトッシュが口許に小さな笑みを浮かべて、闇夜に輝く満月を眺め遣る。
親分の趣味でわざわざ庭先に移動させたと言う桜の樹木――時期がずれているので今は咲いていない――を視界に入れて、彼は殊更生真面目な表情を作った。
「――ところでエルク。話は変わるが、お前、アークと再会して躰のほうは平気なのか?」
「……はい?」
脈絡もないトッシュの言葉に、皆目分からないと言った風のエルクの顔。それを見て、にやり、とトッシュが人の悪い笑みを浮かべた。
「ちゃんとやる事はやってんのか、と聞いてんだよ」
「や、やる事って?」
こういう時のトッシュの言い回しには、大抵ろくな文句が含まれていない事をエルクは既に知っている。嫌な予感を感じつつも、それでもつい聞いてしまう己の性格を、エルクは後々で呪う事となった。
「あぁ? んなもん夜のお勤め以外の何があるってんだか」
「ぶっ!」
「冷静そうに見えて、あいつもあれでなかなか熱い性格してるからなぁ。ずーっと離れ離れになってた分、あっちのほうも激しいんじゃねえのかい?」
「なっ、なん……っ!」
余りにも露骨すぎる物言いでトッシュに追い討ちを掛けられ、返す言葉を失ったエルクの顔が物の見事に真っ赤に染まってしまう。
「ば、ばばば…っ!」
「婆ぁ?」
「ち、違うっっ!! お、お前っ、言うに事欠いて……っ!」