お酒は二十歳を過ぎてから
arc3後
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 アレクを先頭に三人が部屋に入ると、
「おう、アレクじゃねえか」
 徳利を傍らに、トッシュが朗らかな笑みを見せて言った。
「トッシュさん、お久し振りです。お元気そうで何よりです」
「なに、堅ぇ挨拶は抜きにしようぜ。それで、今日は一体どうしたい?」
「はい。あの、今日は…」
「ん? 後ろの二人は――」
 刹那、トッシュの瞳が驚愕に見開かれるのをアレクは見た。
「よう、久し振り。…んだよ、幽霊でも見たって顔してるぜ?」
「…ある意味そうだろ」
 些か困ったような眼でエルクを見てから、ふっと表情を引き締める。
「トッシュ。ちゃんと足は付いてるから安心してく……」
「ア……アークぅぅぅっっ!?」
 アークの言葉を中途で遮ったトッシュの叫び声は、エルクが期待した通り驚愕と混乱に混じったものだった。


「………ほーう。成程、そういう事かい…」
 トッシュ親分の只事ならぬ声に何事かと駆け付けたオルマーと子分達だったが、そのトッシュ親分に昔の仲間が会いに来たから驚いただけだと簡潔に言われて、部屋から追い出されてしまった次第である。
 親分の言う事は絶対なので、彼がそう言うのならばそうなのだろうと納得しているのは信頼が成せる業なのか。
 ともあれ、事の次第をアークが説明すると、半ば呆れた顔付きでトッシュが頭を押さえた。
「ったく、お前って奴はよぉ」
 く、と眉間に指を当てたかと思うと、トッシュがいきなりアークの首に手荒に片腕を回してきた。
「うわっ」
「この薄情者がぁっ! 生きてるなら生きてるで、とっとと顔を見せに来やがれってんだ!」
「あの、トッシュさん、アークさんが復活したのは少し前なんですけど…」
「何でも良いんだよ、あんな無茶した野郎には、言いてぇ事が山程あるんだっ」
 トッシュの鋭い口調に、アレクが思わずエルクを振り返る。しかし、エルクは口許に笑みを湛えたまま首を横に振った。
「馬鹿野郎が…! 二度とあんな真似すんじゃねえぞ、アーク!」
「ああ…分かってる。トッシュ」
「分かってねえぜ、てめぇはよ。今度同じ事をしてみろ、黄泉の国だろうが何だろうが、お前を追っかけて叩き起こしに行ってやるから覚悟しやがれ!!」
「…そうか。それなら、尚更トッシュより早死にはできないな」
「ああ、そういう事だ。だからもう、二度と、てめぇの大事なもんを置いて行くんじゃねえぜ。アーク」
 低く漏らしたトッシュの声音に含まれた、微かに哀愁を帯びた言葉。首に絡んだ逞しい腕に自身の手を重ねて、アークは自らに言い聞かすかのように頷き返した。
「分かってるさ。俺の命は、俺だけのものじゃない…何より皆の分まで、生き抜くと決めている」
「…よし」
 ぼそりと呟いて、トッシュがアークを解放する。
 昔よりも短くなったとはいえ、それでも後ろに束ねるには充分に長いトッシュの長髪がくすぐるようにアークの鼻筋を掠めたかと思うと、
「そうと決まりゃ今日は飲むぞ。おう、誰かいねえか」
 そう言って、トッシュがすっくと立ち上がった。
 常に部屋の外に控えているのだろう。すぐに襖を開けて顔を出したオルマーに、トッシュは口許に笑みを浮かべて言った。
「酒だ。俺の大事な仲間に、旨い酒と飯を用意して持て成ししろと皆に伝えろ。良いな」
「へい、承知致しやした」
 上機嫌のトッシュを見るのが嬉しいのか、一つ返事で部屋を出たオルマーのてきぱきと指示する声が襖越しに微かに聞こえて遠去かっていった。
「トッシュ、俺たちはまだ未成年だぜ?」
 すかさずエルクが突っ込みを入れると、トッシュがふっと鼻先で一笑した。
「その歳にもなって、まーだ飲んでねえのか? ふっ、相変わらずお子ちゃまだねぇ、お前さんは」
「うるさいっ、未成年に酒を勧めるあんたのほうがどうかしてるぜ」
「安心しな。幾ら何でも、アレクにまで酒を勧めたりしねえよ。飲むのは俺とお前、そしてアークだ」
「祝い酒…って事か」
「おう、お前はよく分かってるじゃねえか。そうよ、今日は特別の日なんだから構わねえのさ」
 ぽつりと零したアークの言葉に相槌を打って、トッシュが言う。
 酒宴を口実に、生死を共にしながら戦ってきた仲間との再会を祝う為に。
 この三年、皆の所に全く姿を見せなかったエルクとは別の意味で、このテスタの街に流れ着いたトッシュもまた、それぞれの道を進むが故にシュウ以外とは全く顔を合わせていないのだから。
「何にせよ、酒を嗜むくらいの余裕が無けりゃ、真の男とは到底言えねえぜ? エルク」
「何が真の男だ。あんたはただ、酒が飲みたいだけだろがっ」